第57話 頭の良い子の考えることって

★★★(アイア)



 今日は外で遊びたい気分だった。

 あまり友達も多くないし、私はひとりで住処にしている宿を出た。

 無論、鎧姿じゃない。遊びに行くわけだし。


 いつも通り、男物の白いシャツと黒いズボン。そして黒いチョッキ。

 私は持ってる普段着が、男物のデザインのしか無いからね。

 私は身長あるから、どうしてもこっちになる。


 女ものは似合わないから、逆に恥ずかしいんだ。

 少なくとも、私はそう思ってる。


 まぁ、それに?

 男に見せるために服を選んでるわけでも無いし?


 別段、問題になるようなことは何も無い。


 男物の服が普段着で何が悪い、ってなもんだよ。


 ……さて。


 何をしようかな?

 まずは的屋にでも遊びに行くかな?


 弓は一応使えるけど、別段得意ってわけじゃないから。

 挑戦のしがいがある。


 それに。


 賞金付きのゲームがあって。ちょっと割高になるんだけど。

 矢を5本与えられ、1回1000えんのゲーム。


 見事ど真ん中に当てると、賞金贈呈。

 連続だと、その賞金に割り増しが。


 1回で3000えん。3回で1万えん、5回だと10万えんほど。


 ちなみに、知ってる人で「賞金取れた!」って言った人、見たこと無い。

 的に当てたのに賞金くれなかった! って文句言ってる人も見たこと無いけど。


 だからまぁ、賞金をエサにした質の悪い商売、ってわけじゃないと思う。


 ……それにまあ、今まで目に付く範囲で誰も成功して無い、っての。

 納得できないわけじゃ無い程度には「難しさ」は理解できるし……



 カラカラカラ……



 レールの上を、何重丸と赤いど真ん中マークでデザインされた円形の的が、左右にフラフラ動いている。

 左右から、紐で従業員が的を交互に引っ張って動かしてるんだ。


 これが、賞金付きの的当てゲーム。

 赤丸に当てればOKなんだけど……


 ……まぁ、これは素人には難しいよねぇ。というか、多分無理。


 的までの距離、15メートルくらいなんだけど。

 目標の赤丸の大きさ、リンゴ一個の大きさも無いんだから。


 それが左右にフラフラ動くんだよ?

 無理だよと。


 でも、武芸の道を志してる身としては、そそられるものがあるんで。

 たまに思い立ったときに挑戦しているんだけど……。


「はい。かっこいいオネーサン。残念。諦めないでまたの挑戦をお待ちしてまーす」


 ……今日も賞金ゲットならず。

 10万えんどころか、3000えんも。

 悔しい。


 まあ、不機嫌になって暴れたりはしないよ?

 失敗。これもまた、ゲーム。


 また今度、調子が良いと思ったときに、来よう。


 で、店に借りてた弓と胸当てを返して。

 他の客が遊んでる様子を見守っていたら……


 どよめきが起こった。


「あ、当たーりー……」


 店のお姉さんの、驚愕の声。

 馬鹿な! こんなことが起きるはずが無い!


 そんな気持ちが、声に現れていた。


 ……まさか?


 私はさっき自分が挑戦して、見事に玉砕した賞金付き的当てゲーム場を見やった。


 そこには……


 黒と白のメイド服……エプロンドレスって言うんだっけ?……で身を包んだ女性が居た。

 茶色の髪で、長さは肩にかからない程度の長さに切り揃えてる。

 体型は悪くなくて、綺麗な感じ。

 そんな女性が、弓をきりりと構えて引いて、射撃してた。


 ……その狙いの先。


 見て、息を飲んでしまう。


 ……なんと。すでに赤丸に3本の矢が突き刺さっていたのだ。

 この時点で、1万えん確定。


 メイド服の女性を見ると、矢は残り2本……1本はこれから射て、もう1本が傍のテーブルに置いてある。


 ひゅん!


 弓が、鳴った。


 ドスッ!


「あ、当たーりー……!」


 また、命中。

 もちろん、ど真ん中。


 4本の矢が、リンゴ1個の大きさも無さそうな赤い丸にひしめき合っていた。


 ……どうなってるの?


 女性は、さらりと髪をかき上げて、最後の矢を手に取った。


「まずい! 10万えんとられる!」


「プランBだ!」


 従業員の皆さんの叫び声。

 ……本音、出まくりだ。


 そんな従業員をよそに、女性がきりりと弓を引き絞る。


 そこにだ。


 射撃場の的までの空間、そこに。

 盾を持った従業員がウロウロと、射線を阻むようにウロウロし始めたんだ……。


「汚いぞ!」


「そこまでして10万えん払いたくないのか!?」


 ギャラリーの皆さんからのブーイング。

 だよねぇ。


 私も、いざとなったら店側がこんな手段に出てくるとは思わなかった。


「皆さん落ち着いてください」


「ゲームは最終段階に入ると急に難易度が上がるのは別にフツーのことですよ」


「一定の難易度で5回全部撃たせるなんて言った覚えありませんからー!」


 黒服の従業員が、客を宥めに入った。

 苦しい言い訳だ。


 この店、こんな店だったのか……!

 もう二度と来るもんか、って私は思った。


 でも、当の凄腕のメイド女性は全く動じていなくて……


 どこ吹く風、みたいな感じでじっと立っていた。

 弓を構えたまんま。


 そして……


 ひゅんっ!


 ドスッ!


 5回目の弓が鳴り、矢は命中した。

 4本の矢の中央にねじ込むように。

 一瞬の、的までの空間に道筋が開いた瞬間を見逃さなかったんだ。


 ……すごい。


 おおおおお~~~!!!


 ギャラリーからの、拍手。

 私も続いた。


「あ、当たーりー……賞金10万えんです。……この泥棒猫めー」


 店側の呆然とした声。

 ざまあみろってもんだ。


 私は胸がすく思いだった。

 店側から10万えんの賞金を受け取る女性は、とてもクールな感じで。

 瞳が真っ赤なところが、目を引いた。


 どんなもんだ、とドヤ顔で髪をかき上げていた。

 とてもキマっている。


 すごい弓の腕と、その瞳。

 私にその女性が、強く印象付けられた。




 うーむ。良いものを見た。


 あんな汚い店、もう二度と行かないけど、最後にいいもん見たよ。

 上には上が居るって言うか、あんな超人じみた技量って存在するんだね。


 素晴らしいものを見たので、お茶が美味しい。

 クッキーやパフェを出す甘味処に入って、お気に入りのクッキーでお茶しながら余韻に浸る。


 斧と弓だけど、同じ「武術を嗜むもの」として、尊敬に値する人だった。

 あそこまでの技量、磨くの相当大変だったろうなぁ。


 メイド服を着てたけど、メイドしながら磨いたのかな?

 話、してみたかったなぁ。


 女性で武術を嗜む者として、共感できるものがあったかもしれないし。


 ……そんなことを考えていたら、視界の端でイチャコラしているカップルが目についた。

 どうも、自分たちの世界に入ってるようで。


 女性が男性に、所謂「あーん」をしているようだった。


 ……全く。

 そういうのは、あまり外でやるのは良くないんじゃ無いのかな?

 まあ、文句は言わないけど。


 それに、外でブチューとかやられるよりはマシだけどさ。


 一体、どんな奴がそんな恥ずかしくもなく、公衆道徳ギリギリアウトな行為を……


 と、視線を向けたら


 見覚えのある緑色の着物。

 丸眼鏡。


 ……クミさんだった。

 知り合いが、公衆道徳ギリギリアウトな行為に勤しんでいた……。




 で。


 なりゆきで、そのままクミさんのテーブルに案内されてしまう流れになった。

 どうも今日は、夫婦ふたりでお芝居を観に行ったみたい。

 確認をとってはいないけど、絶対そのはずだ。

 さすがにさ、結婚してるのに、夫以外に「あーん」したらもう、マズイでしょ。

 倫理的に。


 だからまず間違いなく、この男性がクミさんの旦那さん……


 正直、予想と違ってた。

 私はさ、勇者と呼ばれるくらいの戦士になるのが夢で、そうなろうと思う関係で。

 男に選ばれやすい女になることは捨てた身だけどさ。


 それは別に、男性に興味が無いとか、性的嗜好がそっちに無いってわけじゃ無いわけで。


 どうしても男か女か、どっちかとカップルになれとか言われたら、そりゃ男を選択するよ。

 女の子とカップルなんて、そんな趣味無いし。


 ……そんな私からすると、だよ?


 こういう人がクミさんの旦那さんだとは思ってなかったなぁ。


 青い作務衣の、普通の男性。

 とりたてて不細工でも無いけど、超カッコイイってわけでもない。

 強いて言えば、穏やかそう、ってところかな。


 頭に白い布を巻いてて、髪型はよく分からない。


 体型は……特にガッチリはしてない気がする。

 ひょっとしたら、私でも異能無しで勝てるかも?

 そんな見立てが出来る程度。


 ……うーん。


 この人が、あのノラウマの「眼力の奇跡」を跳ね除ける伝説の「スーパー既婚者」の再来を実現した男性……


 私はてっきり……


 浮世絵師のテツオ・ハラの浮世絵に出てくるような、身長2メートル越えで、女性を肩に座らせて運べるような、漢の中の漢を想像してたんだけど……


 どうも、違う。

 何が決め手だったのか。クミさんの、結婚の。


 ……いや、この男性を馬鹿にする意図は無いんだけど。

 一目で「ああ、この人ならお嫁さんが超既婚者に覚醒してもおかしくないわ」ってのが分からなかったから。



 ……どうしよう。

 すごく、聞きたかった。


 でも……


 何が良くて結婚したの?

 って。


 すごく失礼だ。

 好きな人が出来たことが無い私ですら、それくらいわかる。


 ……こないだの馬はノーカウント。ノーカウントだから!

 あれは私の歴史から抹消すべき出来事!


 ……話を戻して。

 聞きたいけど、どう聞いたものか……。


 クミさんたちと会話してて、私は頭の片隅でそんなことを考えていた。


 すると、だ。


 クミさんの旦那さんのサトルさんが、トイレで席を立ったんだ。

 チャンス!


 色々と。


 退散するチャンスで、あとは……


 私は自分のクッキーを全部食べて、残った紅茶を飲み干した。

 これで退散準備完了。

 他人のデートを邪魔するのは本意では無いし。


 そして……


 あとは、結婚した理由を聞く。


 これを、してみたかった。

 けど……


 さすがに、これには躊躇いがあった。

 下手するとクミさんを怒らせる可能性あるから、どう聞いたものか。


 いや、そもそも、聞くべきなのか……?


 やるなら早くしないと。

 時間的猶予は、あんまり無い。


 数秒考えて。


「……いっこだけ、聞いていいかな?」


 結局、私は決断した。




「結婚の決め手、ですか……?」


 言われたクミさんは別に怒ってる風には見えなかったけど。

 即答はしなかった。


 腕組んで、しばらく考えていた。


「聞かれると、答えづらいもんですねぇ……」


 と、ポツリ。


 理由、無いわけ無いとは思うんだけど。

 重大な決断なわけだしね。


「まぁ、理由みたいなものは……」


 サトルさんが、私にいきなりプロポーズしてくれたことと。

 サトルさんの家に悪い評判が無かったことと。

 サトルさん本人が真面目で間違いが無さそう、好感持てそう、って思ったこと。


「……ですかねぇ? どれが決め手なんだ? と言われると自分でもよく分かりません」


 強いて言えば、OK出しても問題なさそうな人で最初の人だった、ってことでしょうか?


 ……だって。


「えっと、それだけ?」


「それだけです」


「何か、情熱的に口説かれたとか、危ないところを助けてもらったとか、辛いところを慰めてもらったとか、そういうの無いの?」


「無いですね」


「え~……」


 思わず、声が洩れてしまう。

 いや、馬鹿にする意図は無かったんだけど、思わず。


 いや、クミさんの基準、おかしいでしょ!?

 いきなりプロポーズってのも理解不能だし。

 そう思うんだけど……


「……思うんですけど、甘い言葉で結婚して、後で「こんなはずじゃなかった」とか後悔するの、あまり賢いとは思えないんですよ」


「言葉なんてタダですよ? リスクも何も払わなくて良いものに重きを置いてどうするんですか」


「そんなことより、一緒に生活していって、問題ない人間かどうかを冷静に見極めるのが重要だと思うんで」


 だから、サトルさんのプロポーズを受ける前に、色々な人から評判聞いて、彼の人となりを見極めて、プロポーズを受ける前にすでに返事は決めてましたし。

 付き合う前に結婚を決めるのも、付き合うことで相手男性に欲しいものを軒並み奪われてから捨てられるのを避ける意味合いと、フラットな目で人格を見極めるために必要な事で……


 矢継ぎ早にクミさんの口から自分の行動に関しての理由が飛び出してきた。

 それに圧倒されて、どうも自分の方が間違ってるんじゃ無いかという気にすらなってきた……


 目がぐるぐる回ってくる。


 ……あ、頭の良い子の考えることって、よく分かんない!

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