第56話 結婚の決め手って何だったの?
「お芝居、とーっても面白かったですね!」
今日はサトルさんとデート。
まあ、いつも一緒に生活しているわけだけど、たまにはこういうことをしないと、色々油断してしまうので。
そういうわけで、かねてより観ようと思っていたお芝居を一緒に観に行ったのだった。
お芝居のタイトルは「聖王デンカムイ伝」
ゴール王国第5代国王に即位する、デンカムイの人生を描いたお話。
第4代国王オウンの第1王子として生まれ、王太子に選定されたデンカムイが、邪悪な女ダッキの策謀で、母を殺され、父を奪われ、仕えてくれた家臣たちも殺されて行き、そして自身も殺されそうになるも。
初代聖女王ベルフェの霊の導きで、後の5大公家(この国の重大ポストを占めている大貴族らしい)の祖になる家臣たちに巡り合い、王国を取り戻す。
そんな内容。
ベルフェが登場するシーンは、役者さんの声が通ってて迫力あったし。
悪女ダッキの舞い踊るシーン、身体のキレが最高だった。
やっぱ、お芝居、いいなぁ。
歴史をモチーフにした物語も面白かったけどね。
お芝居だと「ダッキは実は邪竜ユピタが、初代である建国王ベルフェに滅ぼされた恨みを晴らすため、その邪悪な思念を人の形にして送り込んできた化け物」って扱いになってて。
狂王になってしまったオウンを、息子であるデンカムイが一騎打ちで倒した後、正体を現してラスボスとして登場してくるんだけど。
で、負けそうになるも、諦めないデンカムイの想いが天に通じ、神剣が降りてきて、それを手にしたデンカムイが一撃でユピタの力を振るうダッキを討ち取って結末、という流れ。
……多分、脚色入ってるんだろうなぁ。
前の世界でも、忠臣蔵の映画で、吉良上野介が妖術師飼ってたり、赤穂浪士が吉良に対抗するために、天狗から「くろっくあっぷの法」を伝授されるというトンデモ映画あったし。
あのお芝居をそのまま、実際の歴史と受け取るのは危険だよね。
「デンカムイ王はまぁ、男は誰でも一度は憧れる英雄中の英雄だからね。この国では」
お芝居の後に、洋菓子を出す甘味処に入り、一緒にお芝居の感想を言い合っていた。
私の前の席に座りながら、コーヒーを飲んでいるサトルさんは嬉しそうにそう言う。
ちなみにブラック。甘いのは無し。
……男性って、そういうの、したがるよね。
甘いのを拒否するっていうか。
生物学的には、男性の方が太りにくいはずなんだけど。
だって、基礎代謝のエネルギー、男性の方が多いじゃん。
だったら、男性こそ甘いものを沢山とるべきなんじゃないの?
理に適って無いよね~、と思うんだけど……
「サトルさんは、甘いものは食べないんですか?」
私は紅茶とパフェを頼んだのに、サトルさんはコーヒーのみ。
付け合わせでクッキーくらい注文しても良いのでは? と思ったんだけど。
「……男の間では、甘いものが好きなのは、幼児性が抜けきってない証拠だ、って言葉があってさ」
だからどうも抵抗がある、らしい。
「気にすること、無くないです? サトルさんのどこが、幼児性が抜けきってないっていうのか、わけわかりませんし」
お世辞でも何でもなく、ホントにそう思う。
ちゃんと仕事してるし。私に対して誠実に接してくれてるし。
これで幼児性が抜けきっていないっていうなら、世の中の男性ほとんどがそうなんじゃないの? って思うよ。
「……まあ、寺子屋時代の劣等感を未だに引き摺ってるだけなのかもしれなけど、今更、って感じなんだよ」
アリガト、って私に一言礼を言って、サトルさんはそう続ける。
劣等感、って。
まぁ、考えられるのは、恋人が出来なかったこと、くらいだよね……。
サトルさん、男の友達は普通に居るし。
でも。
寺子屋時代に恋人が出来なかったことが負い目になってるかも、なんて。
私からすると、くだらないこと、だと思うけど、世間一般だと違うのかなぁ……?
私からすると、結婚に至らない人と付き合うのは無駄、の一言なんだけど。
サトルさんだって、そこに同意してくれたから、いきなりプロポーズをしてくれたわけじゃないんですか?
「……こんなこと言っても今となってはサトルさんを傷つけることは無いと思い込んで言いますけど」
ずい、と身を乗り出して、私はサトルさんに顔を近づけた。
「思い込んで?」
私の突然の行動に、少々たじろいじゃうサトルさん。
思わず私の言葉を復唱してしまう。
「劣等感って、恋人が出来なかったことですか? ……私と結婚するまで」
「う……」
サトルさん、こたえづらそう。つまり、図星か。
……よし。
私は、方向性を見定めた。
「私と結婚するまで、他の女と付き合えなかったことがそんなに残念ですか?」
ちょっと悲し気な口調で、そう言ってあげる。
「いや、そんなわけないだろ!」
すると、慌てて否定するサトルさん。
そうだよね。言ったもんね。
「私と出会うまで女の子が好きって感情がよく分からなかった」って。
私は知ってて言っていた。
望む方向に誘導するために。
「……だったら、もうちょっと早くにサトルさんに出会っていれば良かったですね」
ニコッ、と微笑みながら。
「そうすれば、私が傍に居てあげられるから、周りとの比較で劣等感なんて抱く余地も無くて、サトルさんも大手を振って甘いものを食べられていたのに」
そう言ってあげたら、突っ込まれた。
「いや、クミさんは自分と結婚した男としか付き合わないって言ってただろ。寺子屋に通ってる子供は結婚できないから、どのみち恋人無しは変わらないだろ」
……って。
それを聞いた私は、笑顔のまま
「そうでしたね」
ウフフ、と笑うと、サトルさんもつられたように笑ってくれた。
ああ……幸せ……。
そして、ここでさらなる一手を私は指す。
「だったら、ちょっと食べてみてくださいよ」
パフェの生クリームをひとさじ掬って、サトルさんに差し出したのだ。
当然、私が使っていたスプーンで。
普段、自宅でにゃんにゃんするときに散々レロレロしあってるんで、今更別にすごいことをしてるわけではないんだけど。
今が衆人環視の中である、ってのがポイント。
……精神的には、夫であるサトルさんに、私が他人に見られながら口移しで生クリームを食べさせている……!
そんな光景が頭に浮かび、なんだかすごく興奮する!
どうしよう? 言っちゃおうかな?
言ったら、この興奮を共有してもらえるかもしれないけど。
……引かれる可能性あるから、止めといた方が良いかな?
私のそんな心中の葛藤を他所に、サトルさんは差し出されたスプーンの生クリームを見つめて。
ああ、サトルさんの口が近づいていく……。
脳内で口移しを外でやってるイメージが沸き上がり、私もドキドキしてくる。
そして。
パクッ、ってしてもらえたそのとき。
……私は、視線を感じてしまった。
自分がやり出したことなんだけど。
私は、確認せずには居られなかった。
その方向を確認すると。
その相手が問題だった。
……長い黒髪に、ワンポイントの赤い前髪。
長身の男装美女。
アイアさんに、見られていた。
アイアさんは、サトルさんにあーんしている私を、驚きの表情で見つめていたんだ。
ちょっと離れたテーブルで、紅茶とクッキーでお茶してたアイアさんが。
視線の主がアイアさんだと分かった瞬間。
私とアイアさんは、視線が合ってしまった……!
「聖王デンカムイのお芝居を観に行ってたんだ」
……会話に、アイアさんが加わっていた。
どうしてこうなったのか。
視線が合ってしまったときに、どうしようかと思って固まっていたら。
それをサトルさんにも気づかれて「お知り合い?」って言われてしまった。
そうなってしまうと、知らないふりをするわけにもいかず、紹介せざるを得ない流れになり。
アイアさんをサトルさんに紹介した。
アイアさんは愛想良くしてくれて
「アイア・ムジードです。クミさんとは、仕事でご一緒させていただいてます」
すごく丁寧に、サトルさんに挨拶してくれた。
それは嬉しかったんだけど……
アイアさん、困ってるなぁ。
私も困ってるけど……。
去るポイントが掴めないのかな。
いきなり帰るって言ったら、嫌がってるみたいに取られるし。
それ、私も同様なんだけどね……。
「デンカムイ王の伝説は、よくお芝居の題材にされてるから、定番の演目ではありますよね」
サトルさんもなんとか会話に合わせようとしてくれてるけど、正直申し訳ない。
アカン。これはアカン。
これはなんとかせねばぁ……でも、どうすれば?
「史実だと、父王オウンと内戦状態になって、危うく国が滅びかけたとか。でも、その後の国の立て直しが見事で」
曰く、数年間税の取り立てを免除、もしくは軽減し。
オウン王の圧政で苦しんだ民の生活を向上させたらしい。
ダッキが考案した残虐な刑罰を全て廃止し、ダッキがオウン王に民から収奪させて作り上げた不当な財産を全て売り払ったとか。
王に即位したのに、デンカムイ王はなかなか立派な宮殿にも住めず、その衣装も戦時のまんまでみすぼらしかったらしいけど。
「そもそも、聖女ベルフェが国を建てろとメシアに命じられたのは民のため。民をないがしろにして何が王か」と言って、方針転換はしなかったらしい。
最後は、生活の質が向上してきた国民に「いい加減にしてくれないと私たちが恥ずかしいんですが」と言われて、しぶしぶ税の取り立てを開始し、相応しい宮殿に住めるようになった、って話だそう。
アイアさんは、この王の代で王妃が廃止されたことを不満に思ってたみたいだったけど。
このくだりは、素直に「すごい」って思ってるみたいだった。
「……崩御後に『聖王』の
……その笑顔に裏を感じなかったから。
しかし……
やっぱり、何か空気が重いっていうか……
スッキリしないよね。
当然だけど。
そんなとき、ベストタイミングが訪れた。
「……失礼。ちょっとトイレに」
サトルさんが、トイレに立ったのだった。
席からサトルさんが離れたので
「……デートの邪魔してごめんね。すぐ帰るから。……あの人、旦那さんでしょ?」
アイアさんが残りのクッキーを口に入れて飲み込んで、紅茶を流し込んで、私にそう言ってくれた。
やっぱ気にしてくれてたのか。
私はアイアさんの質問に「はい」って答えると、こちらのことも詫びた。
「こちらこそスミマセン。巻き込んじゃって」
「いやいやいや、しょうがないよ。あの状況で知らないふりは出来ないと思うし」
良かった。
気を悪くしてない。
アイアさんとの仲は大事にしたいもんね。
アイアさんは良い人だし。頼れる人でもあるしね。
人の繋がり、大事だよ。
「それじゃ、ごゆっくり。また仕事で一緒になった時はよろしくね」
一礼し、去ろうとしたんだけど。
その寸前に、ピタリと足を止めて
「……いっこだけ、聞いていいかな?」
「何です?」
……この状況で、退散するより優先する質問?
一体、何なんだろう……?
私は少し身構えた。
アイアさんは、ちょっといいづらそうに
「……結婚の決め手って、何だったの?」
そう、聞いてきたんだ。
かなり、真剣な顔で。
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