第55話 今までクソお世話になりました!

★★★(盗賊ギルドマスターの娘)



 弟のムスコスが目の前で殺されて。

 今、父さんが殺された。


 目の前に転がる、父さんの生首。

 弟の干乾びた死体。


 父さんはかなり太ってたけど、目つきは鋭くて。

 そこだけはかっこいいと思ってた。


 その鋭かった目に、もう、光は宿ってない。

 それを見ると、涙が止まらなくなる。


 頭の中で、二人の思い出が行き過ぎて行く。


「姉ちゃん、俺がギルドマスターになれば、結婚相手はある程度自由に選べるようになるよな? 俺、頑張るよ!」


 ……母さんが、先代のギルドマスターの娘で。

 ギルドマスターの座に就いた父さんと、当然の責務として結婚したことを話してて。


「あぁ、生理的に無理な人がギルドマスターになったら困るよねぇ。だって、私、その人と結婚しなきゃいけないし」


「そうなったら、お互い不幸よ」


 そんなことを零したら、弟はそう言ってくれたんだ。

 自分がギルドマスターになれば、姉ちゃんの結婚相手はある程度は自由に選べるようになるよな、って。


 優しい弟だったよ。


 それが、仇になった……。


 あの女に、あの女の機嫌を損ねたせいで……!


 弟を殺したあの女は、今また父さんの首を薙刀で刎ね、せいせいしたという風な、スッキリした顔をしていた。


 ……許せない!


 けれど。


 私たちには、何も出来ない。

 何かすれば、父さんの遺志を無視することになってしまう。

 私たちのために、黙って殺された父さんの……


 父さんを殺したあの女、顔を見せて来た。


 それの意味するところを考えると、怒りで死にそうになる。


 あの女は、分かっているのだ。

 顔を出したところで、お前たちには何も出来ないだろう、って。


 私たちは、無法者。

 その家の人間だ。


 だから……


 相手の顔を知っても、役人には頼れない。

 それをすれば、メンツが完全に潰れてしまうから。


 父さんは生前言ってた。


「俺たちは、悪党で無法者だ。だから、死んでも役人には頼るな。メンツを投げ捨てた悪党は、もうこの世界で生きる場所が無くなる」


 そりゃそうだろう。

 役人に楯突いて生きてるくせに、苦しい時は役人の力に擦り寄る。

 クズ以外の何者でも無い。

 そんな奴らに一体誰が一目置くのか。


 そこらの三下の集まりならそれでもいいかもしれないけど、私たちは悪党のエリート。

 盗賊ギルドなんだ。


 そんなこと、許されるわけがない。絶対にするもんか。


 そう、父さんの話を聞いていたときは思っていたけど。


 ……こいつら相手には、それ以外の報復手段が無い。

 それを今、私は自覚していた。


 自力報復を企てても、今日のように「ちょっと気に入らなかったから、軽い気持ちで殺しに来た」と私の家に乗り込んでくるような奴らだ。

 しかもそれを容易に成し遂げてしまうような連中だ。


 自力報復を企てたところで、返り討ちに遭い、より酷い目に遭わされるだけ。

 それが目に見えている。


 そして、自力報復が無理である以上、私たちに選べる選択肢は無いんだ。


 父さんと弟の死は、急病扱いにするか、犯人不明にするしかない。

 情けないけど。


 でも、そうしないとこのギルドが潰れてしまう……!


 畜生……!


「ねえ、フリーダ」


 私が悔し涙を流し、身を寄せ合って母さんと一緒に泣いていると。

 あの女が、あの化け物男に呼び掛けていた。

 もう、さっき命を奪った2人の人間の事を忘却したような声で。


「何だい?」


「この人、まだ生きてるみたいだよ。息してるから」


 ……壁の傍で倒れ伏しているセイリアに歩み寄り、しゃがみ、観察するように見つめながら、あの女は化け物男を手招きした。


「へぇ」


 化け物男は興味を覚えたのか、セイリアに近づいて、その手を取って脈を診た。

 そして頷く。


「確かに、まだ脈はあるね。しかも、浅いけど呼吸もまだちゃんとあるし」


「……助けてあげられないかな?」


 あの2人は、頭を突き合わせて、そんな事を言っていた。

 自分たちでやっておいて、気まぐれにその命を救おうとする。


 ……生かすも殺すも自由自在、ってことなのね。

 私の人生で、これほどまでに屈辱を感じた侮辱は無かった気がする。


 私の口元に、笑みが洩れた。

 怒る気持ち、呪う気持ちが限界突破すると、こうなってしまうのね……。

 はじめて、知ったよ……!


「助けるの?」


「うん。多分だけど、この人は根っからの犯罪者じゃない。そんな気がするから」


 セイリアは犯罪者じゃない……。

 うん。そうかもね。


 あの女の言葉は正しいのかもしれない。


 彼女、言われたことしかしないから。

 自発的に犯罪は犯さない。


 けどま、逆に言えば「言われれば何でもする」子だけど。


「……まぁ、この子が暴れても黙らせるのは余裕かな……さっき戦ったときの感覚だけどさ……分かった」


 化け物男はしょうがないな、という風にため息をついて。

 虫の息になっているセイリアに、手を翳した。

 そして。


「……サイファーよ。この者の肉体を元のように直してください」


 化け物男の祈りの言葉。

 すると。


 パァァァッ、とセイリアの身体が光り。

 同時に、ムクリ、とセイリアが身を起こす。


「治癒の奇跡、ありがとうフリーダ」


「いや、これは『再生の奇跡』……こっちの方が間違いが無いからね」


「あ、そこまで考えてくれたんだ? ……倒す過程で、治癒の奇跡じゃ回復不能の怪我させてた場合を考慮して?」


 2人の会話の内容はよく分からなかったが、おそらく魔法に関する高レベルの話をしている。

 それだけは何となくわかった。


 そんな2人をよそに。


 起き上がったセイリアは、周囲をキョロキョロ見回していた。

 そして、自分の主人……つまり父さんがすでに殺害されていることに気づいたとき。


「ご主人様はお亡くなりに。……お役に立てず申し訳ございませんでした」


 特に何も悲しそうな表情を浮かべずに、ペコリ、と父さんの生首に頭を下げた。


 アンタ……!


 私はまた、怒りに我を忘れそうになったが。


「セイリアは、調教でまともな感情を失っている」


「俺の言うことには絶対服従だが、逆に言えば、言われたことしか、しない」


「だから多少気が利かないと感じても、大目に見てやれ。いいな?」


 ……セイリアが家に来た時に言われた、生前の父さんの言葉を思い出した。

 本当に、本当の事だったんだ。


 主人を殺されても、仇を討とうって気持ちが起こらないなんて……!


「……何か、変じゃない?」


「そうだね。多分、彼女は精神的に異常になるように、何らかの処置が施されているんだろうね。「悔しい」とか「憎い」とか「嫌だ」とか、そういうことが頭に浮かばなくなるような感じで」


「……洗脳されてるってこと?」


「まぁ、簡単に言えばそうかな」


「酷いね……」


 酷い……?

 お前が私たちにやったことだって酷いでしょうがッ……!!


 怒りが噴き出す。

 だけど、私は必死で耐えた。


「……どうにかなんないの?」


「それはね……難しいかな。魔法による呪いの効果で洗脳されているなら、『解呪の奇跡』を使用すればなんとかなるけど、彼女のこれは、薬物や条件反射等による、技術的な洗脳だろうしね」


 そういうのは魔法では回復できないんだ、と化け物男。


 それを聞いて、あの女は腕を組んで思案した。


 そして。


「……呪言の奇跡でどうにかなんないかな?」


「ほぉ」


 化け物男は、あの女の言葉に感心したようだった。


「なるほど。彼女が処置によって自ら感じることを封じられた『真の心の声』を、呪いによって外に出せるようにしてあげるんだな? トミ、キミは本当に頭が良い」


「いやいやいや。褒めても何も出ないよ? フリーダ?」


 あの女は、笑顔になって手をパタパタ振る。

 謙遜しているようだった。


「発想の転換だよ♪」


 くるくる、と両手を広げて回転しながら


「人間もどきを苦しめるためにだけ使うのが呪言の奇跡じゃない、って」


 あの女は、とても楽しそうだった。


「呪言の奇跡って魔法の本質は『命に別条のない命令をひとつ、強制できる』なんだから」


 そしてパッと両手を差し出して


「洗脳を忘れろ、みたいな呪いを掛けて、解呪の条件は『本当に洗脳を忘れた』にすればいいのよ! 誰も傷つかない! 最高でしょ!?」


「……ナイスアイディア。それで行こう」


 化け物男は、口元に優し気な笑みを浮かべて、頷く。

 私は、その振る舞いひとつひとつに怒りを覚える。


「ちょっと失礼。お嬢さん」


 そして化け物男はセイリアの肩に手を置いて、言ったんだ。


「サイファーよ。この者の心の枷を取り払い、心の赴くままに行動できる自由を」


 ……魔法は、すぐに効果を発揮したようだった。

 だって……みるみる、変わったもの。


 セイリアの顔が。


 魔法を掛けられたセイリアは、はじめて感情のようなものを顔に浮かべた。

 最初は、戸惑い。


 次に来たのは……残虐な笑いだった。


 私たちを見て、だ。


 セイリアは立ち上がった。

 すぐ傍に転がっていた、自分の愛刀を拾い上げて。


「……よくも10年もこき使ってくれましたよね。お嬢様? 奥様……?」


「セ、セイリア……アンタまさか……」


「大丈夫。一瞬です。首を刎ねるだけですから。安心してください」


 コツ、コツ、コツ……


 セイリアのヒールが立てる固い音が、私たちへの死刑への階段の音だった。

 私たちは身を寄せ合う。


 ……父さんは、最後まで悪党の親玉としてのプライドを守って死んでいった。

 だったら、私もそうしなきゃ……!


「私から先に殺しなさい。親なのに子供より長生きするのは恥辱だから」


 ……母さんも震えていたけど。

 立派だと思った。


 私もこうなりたかった……!


「見上げた心掛けですねぇ。奥様……」


 セイリアが目の前に立ち。

 刀を振り上げる。


 ……ゴメン。父さん。

 父さんが救ってくれたのに、無駄になったよ……。


 でも、叱らないでね。しょうがなかったんだ……!


 私は輝く刃を見つめて、自分たちに振り下ろされるのを待つ。


 だけど。


「……ちょっと待ってくれるかしら?」


 シュルルッ、とセイリアに巻き付いたんだ。


 後ろから。真っ赤な大蛇が。


 ……背後には、あの女が居た。

 あの女が操っているようだった。




「その親子は、逆らわなければ命は助けるって約束したの。それは守りたいのよ。悪いけど、堪えてくれる?」


 有無を言わせぬその口調。

 セイリアは突然の拘束に驚き、怒り、反発を向けたけど。


 ……やがて、諦めたのか。


「……分かった。まぁ、10年間タダ働きさせられただけで、良く考えると別段酷い目には遭わされてなかったような気もするし」


 刀を下ろして、そう言った。

 それを聞くと、あの女は


「賢明よ。助かるわ。……あなたの心を解き放った身としては、勝手なことをされると困るから」


 セイリアを拘束していた大蛇は、セイリアから離れると、あの女の下に戻り、翳した手のひらの中に赤い液体になって吸い込まれていった。

 ……どうやら、血液で作られた生き物だったようだ。


 拘束が解かれると同時に、また襲ってくるんじゃないかと思ったけど。


 それをすると、折角助かったのにあいつらに結局処刑される可能性を考慮に入れたのか。

 襲っては来なかった。


「行きましょ。もうここには用は無いし」


 あの女は、化け物男と連れ立って、この部屋を出て行った。

 そこに、セイリアも加わる。


「あなたはこれからどうするの?」


「……私と同様に、奴隷として売りに出された妹が居ます。探し出して、助けてやりたいです」


「そう、頑張ってね」


 そんな会話を交わしながら。


 セイリアは、部屋を出て行く前に、こちらを見て、微笑んだ。


「……それではお嬢様、奥様。私は今日からここを辞めさせていただきます。今までお世話になりました」


 満面の笑みだった。

 何故だろう。


 ……今日の出来事で、一番の屈辱のような気がした。


 バタン、と扉が閉じた。


 後に残される、私と母さん。


 私たち2人は、身を寄せ合って泣くしか無かった。

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