第54話 私はトミ

★★★(引き続き、どっかの街の盗賊ギルドマスター)



「アンタが、いや、あなたが自由王フリーダなのか……」


「そうだよ」


 ワシはこの男が言ってることが嘘ではないと判断した。

 異能を駆使した凄まじい戦い方。


 振る舞い方。


 余裕ぶり。


 ……常軌を逸した態度。


 それらに、説得力を感じたのだ。


「……あなたはサイファーの混沌神官なのだろう?」


「神官、ね」


 ……言い直された。

 そういえば、混沌神官は自分の事を混沌神官とは呼ばない。

 何故なら、自分たちこそ真の神に愛されている神官であると自負しているから。

 そういう話をどこかで聞いた。


 ……ますます、説得力を感じる。


 と、それどころではない。

 機嫌を損ねるのは得策ではない。


「申し訳ない」


 ワシは詫びる。


 ……言うまでもないが、ワシは別にこいつに敬意を払っているわけではない。

 単に、事態をこれ以上悪化させないため。


 そのためだけに、こうしている。


「サイファーは法を否定する神と聞いた」


「うん、そうだね」


 男は……フリーダは、まるで少年のような素直な声で返答する。

 とても「これからお前を殺す」と宣言した男とは思えない。


「だったら、何故阿片を売ることがいかんのだ?」


 ……正直、無駄だとは思うが、一縷の望みを賭けてワシは訊く。


 すると


「何故って、僕が気に入らないからだよ。僕、阿片を売って儲けるなんてやらないし」


 しれっと、そう答えて来た。

 それを聞き、ワシはこう言った。


「……分かった」


 フリーダの考えが分かった。

 だから、ワシは食い下がるのをやめた。


 食い下がれば、より酷い事態になる。


 フリーダはこう言いたいのだ。

 お前の稼ぎ方が不愉快だから、殺そうと思った。

 それ以外に理由が必要か?


 サイファーが法を否定している?

 知るか。

 それはお前を殺さない理由にはならない。


 ……こうに違いない。


 話にならん。

 話にならん以上、諦めるしかない。


 今のワシらには、このフリーダの行動を阻めるものは何も無いのだから。

 ……だから、ワシはこう言った。


「……殺すのはワシだけにしてくれ」


「うん。責任はトップが取るものだしね」


 ……この狂人め。

 ワシは心でそう毒を吐く。

 それくらいしか、反抗の意思を通せない我が身が情けないが。


 フリーダの声音はにこやかで。

 この場では、酷く不気味に響いた。

 

 ……妻よ……娘よ……息子よ……


 スマンが、後は頼むぞ……


 そのときだった。


「親父を殺さないでくれ!」


 ……馬鹿! 止めろ!


 ワシは、嬉しかった。

 嬉しかったが……


 恐怖した。


 いきなりテーブルの席を立ち、フリーダに向かってワシの助命嘆願を始めた息子に。




「親父は優しいんだ! だから殺さないでくれ!」


 息子は、顔色真っ青で、震えていた。

 震えていたが、声に震えは無かった。


 ……見上げた度胸だ。

 こいつとて、分かってるはずなのに。


 この男が、その気になったら躊躇なくこの場の人間を皆殺しにしてくる危険人物であると。


 だが、息子は続けたのだ。

 ワシの助命嘆願を。


「親父は、なんてことない売春婦が産んだ俺を、息子として扱ってこの家に連れてきてくれた! それだけじゃない! 母さんは「あの人の血が入っているなら私の息子よ」と言って、売春婦が産んだのに俺を息子として扱ってくれた!」


「それで……?」


 それを聞かされるフリーダの声は、変化が無かった。

 それでも、息子は続ける。


「それだけじゃない! 姉ちゃんだって俺を弟扱いしてくれたし、素晴らしい家族なんだ! お願いだ! 俺から家族を奪わないでくれ!」


「えっと」


 フリーダは困ったような声をあげる。


「その要求を僕が呑む理由が分かんないんだけど。キミ、ひょっとして頭弱い?」


 そして頭の上で指をくるくる回して見せる。

 なんという屈辱。


 ワシなら、そんな真似をされればその屈辱は忘れない。

 この商売、メンツが一番大切だ。

 メンツを守らねば、組織は舐められ、構成員も低く見られる。

 だから許してはいけないのだ。


 些細な事だと思うヤツもいるかもしれないが、血の報復をしない選択肢は無い。


 けれど。


 この場ではそんなことはワシらに言う資格は与えられていない。

 何故なら、生殺与奪の権は向こうにあるのだから。


「アンタそんな親父の命を奪おうって言うのか!?」


「そんなの僕は知らないし、興味ないし……って。トミ、どうしたんだい?」


 トミ。


 フリーダはそう、隣に控えていた小柄な人影が一歩前に踏み出したのを見て、そう声を掛けた。


 トミというのは、こいつの名前だろうか?

 目深にフードを被っているので、顔は分からん。


 だが、体格からして華奢な感じに見え、おそらくだが、年若い女なのだろうと見て取った。

 年齢は、ワシの娘と同じくらいか?


 トミと呼ばれた人物は、フリーダに手をかざして彼を制した。


 フリーダにそんな真似をして、許される人物……!


 こいつは、フリーダの直属の部下か何かか?

 相当な信頼関係を築いているのが分かる。


 そいつは、スッ、スッっと、静かに息子の方に歩を進め。


 息子の前に立ち、そこでフードを取った。


 ……予想通り、そいつは女だった。

 年齢の予想も当たっていた。


 四角い眼鏡を掛けた、髪を首のあたりでパッツリ切ったヘアスタイルの若い娘。

 顔立ちはわりと整っていて、頬に少しだけそばかすがあった。


 全体的に、知的な印象を感じる風貌。


「……な、何だアンタ……」


 息子は、戸惑っていた。

 この娘が何故こういう行動をとったのか、理解できていないのだろう。


 ワシも測りかねている。


 フリーダに従う眼鏡の娘・トミは何の表情も浮かべておらず、何も言葉を発しなかったから。


 ただ、黙って息子を見つめていた。


「……あなたの父親は、犯罪者よね?」


 すると。

 トミはそう、ようやく口を開いた。


 トミの言葉。


 それに息子は……


「そ、そうだ!」


 怯えが隠せない。

 けれど、ハッキリそう言った。


「そんな父親を助けてと? ……阿片をバラ撒いて、他の人間の生き血を啜ってるようなあなたの父親を?」


「それでも親父だから!」


「……ふーん」


 息子の返答に、トミの眼鏡の奥の目が細くなった。

 そのとき。


 ワシの頭に、猛烈な危険信号が鳴り響く。


 やめろ……!


「……あなたね」


 スッ、とトミは息子の頬に手を当てて


 こう、言い放ったのだ。


「クズの父親を庇うな」


 ……並の人間は平伏してしまうような、凄みのある声だった。

 と、同時。


 ウギャアアアアアアア………!!


 息子が悲鳴をあげた。

 目から、口から、鼻から。

 激しく血を噴き出し、それら全てを、トミの頬に当てた手のひらから吸い取られていったからだ。


 みるみる、息子が干乾びていく……!


「ムスコスー!!」


 ワシは、息子の名を呼び、悲鳴をあげていた。




「ふん」


 そして。

 息絶えて完全にミイラになった息子を、トミは突き飛ばした。

 その表情は不愉快そうで。

 その不愉快さを幾分か晴らしたような昏い喜びの感情が混じっている。


 トスン、とすっかり軽くなった息子の死体は、あまり重みのない音を立てて床に転がった。


「……どうして?」


 ワシは泣いていた。

 妻も、娘も泣いていた。


 ワシらは、大切な家族を目の前で奪われたのだ。


 どうせワシは殺される。

 だったら、少しくらいは聞かせろ。


 何故、息子は警告も無しにいきなり命を奪われたのか?


 すると、だ。


「え? あなたが原因だけど? あなたを庇ったのに腹が立ったので、処断したの。それだけ」


 小首を傾げながら、何を当たり前のことを聞いているの? といいたげな顔でそう答えてくる。


「ワシを庇ったのが原因だと……!」


「そうよ? そういうの、許せないから」


 ワシの涙混じりの声に、トミは全く動揺していないようだった。

 むしろ「何を泣いてるの? 馬鹿なの?」と言いたげな様子だった。


 トミは、全く淡々と、こう続けて来た。


「あなたはね、存在自体が罪なの。居てはいけない人間もどきなの」


 そう言い放つ。

 自分の言葉に全く何の疑問も持っていない。


「だから本来、あなたは家族を持ってはいけなかったのよ。いつこうなってもおかしくない、いやむしろ、それが当然の人種だったんだから」


 そこで、床に転がされている息子の死骸を見やって


「……それを庇うなんて。同罪ね。死刑で当然よね。だから殺したの。文句ある?」


 そう言い放つトミの顔は、真顔だった。


 ……ワシに関しては、親子の情も認めない。

 完全に、ゴキブリか、それ以下の認識……!


 まさか……!


 ワシは、最悪の想像をした。

 この、トミという悪魔のような娘が次にとる行動を。


「……む、娘と、妻には手を出さんでくれ!」


「出さないわよ。あなたを庇わなければね」


 トミは即答した。

 予想していたのだろうか?


 ……そして。


 そのまま、語りだした。


「……私の血縁上の祖父も、あなたと同じ人間もどきでね」


 自分の身の上を。


 語るトミの顔は、憎悪で歪んでいた。


「おばあちゃんは、そんな人間もどきに騙されて、パパを産んだわ。そして、それが原因で、私たち家族は破滅した」


 トミがワシを見る目は、呪いに満ちていた。


 ……おそらく、この娘は、ワシを通して、その「血縁上の祖父」というものを見ているのだ。


 それが、ワシには分かってしまった。

 

「パパは、何もしていなかったのに。そんな、血縁上の実父を否定すらしていたのに……」


 だんっ、だんっ!


 突然トミは、床を踏み鳴らした。

 怒りが抑えられないのだろうか?


 呼吸も乱れているようだった。


「だからっ!」


 キッと、顔を上げて、トミは続ける。


「あなたの妻、あなたの子供だという理由だけでは、処断しない。けれど、あなたを庇ったら、その時点で死刑決定よ!」


 分かったか!? と、トミはワシら家族を睥睨した。

 妻と娘が、息を飲むのが分かった。


「わ、分かった……だから早く、ワシを処刑して、帰ってくれんか?」


 早く……早く帰ってくれ。

 こいつらに長く居られると、それだけ娘と妻の命が危うくなる……。


 ワシは一切抵抗しなかった。

 反論もしなかった。


 首を刎ねやすいように、跪き、首を差し出した。


 恐ろしい。

 身体が震える。


 悲しい。

 娘の嫁に行く姿が見れないのか。


 悔しい。

 息子を、殺されたのに。


 溢れる涙が止まらない。

 ワシは悪党だ。

 捕まって、最後は殺される覚悟はしとった。


 だが、こんなにも惨めな終わり方は予想しとらんかったよ。


「……いい心掛けね」


 シュルル、という音がした。

 視線を上げると、赤い液体……おそらく血液だろう……それをトミが手のひらから溢れ出させ、そのままそれを材料に、真っ赤な薙刀を創り出して行く。

 手のひらから溢れ出した血液が、勝手に薙刀の形にまとまり、それがそのまま圧縮するように凝固して、赤い薙刀に成る。


「……折角だから、あなたの息子の血で創ってあげたわ。感謝してね」


 そう言ったトミの顔には、薄ら笑いが浮かび上がっていた。

 残酷な感情、加虐心に満ち溢れた。


 そして薙刀を両手で構えながら、スタスタとワシの方に歩み寄ってくる。


 息子の血……!


 悔しくて、血液が逆流しそうだった。


 ……だが、何もできなかった。

 何かをすれば、娘と妻が危うくなるから。


 娘と妻だけは、守りたかったから。


「最期に言い残すことがあるなら、今のうちにすることね」


 ワシの傍に立ち、薙刀を振り上げるトミの言葉。


 だから、ワシは言った。

 娘と妻に顔を向けて。


「……今までありがとうな。それとお前たち、絶対に逆らうな。……いいな?」


 こんな、涙に濡れた、情けない顔で娘と妻に最期の言葉を残すのは嫌だったが。

 しないわけにはいかなかった。


 娘と妻は、泣きながらコクコクと頷いてくれた。


 ……それでいい。


 ワシは、安心した。

 どういうわけか、笑みが零れた気がした。


「……約束は守ってくれよ?」


 心残りを解消したので、ワシは言う。

 早くしてくれ。


 娘と妻に、無様な最期だけは見せたくない。


 こんな男の娘なのか。こんな男の子供を産んだのか。

 そう、絶望し、後悔するような最期だけは……


 俺の覚悟が決まっているうちに……!


「……いい心掛けね。次に生まれるときは、真人間になれるように努力なさい」


 トミが薙刀を振り上げたのが、気配で分かった。


 いよいよ、終わる。


 ……ワシの人生が、脳裏で駆け巡っていく。

 これが、走馬灯というやつか……


 ひゅん、という風切り音がした。


 どんっ。


 ワシの首に衝撃があり。

 ワシの視界が無秩序に動く。


 首を刎ねられた。

 それを自覚したとき。


 ワシの意識は閉じた。


 ……最期に、泣きながら見守る妻子の顔を視界に収めながら……。

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