第35話 魔法を習得した方がいいのかな?

「オモイカネ、この者の傷を癒してください」


 オータムさんのお屋敷の庭で繰り広げられた、今日の稽古が終わった。

 オータムさんの治癒の奇跡で、今日の稽古で受けた打撲、擦り傷のダメージが回復していく。

 私の傍で手を翳しながら呪文を唱え、治癒の奇跡を発動させるオータムさん。


「ありがとうございます……」


 稽古の終わりにこんなことまでしてもらえるなんて。

 ありがたやありがたや。


 私は自分の腕に負った打撲の跡、破れて血が滲んでいた肌の個所を確認しつつ、お礼を言った。

 疲労はしてたけど、立てないほどじゃない。

 効果があるのかどうか分からないけど、しんどさもだいぶ楽になった気がする。


「アナタを痣だらけで帰したら、アナタの旦那さんに恨まれるからね。それは避けたいのよ」


 そう言って、オータムさんは笑った。

 私が痣だらけかどうかなんて、服を脱がなきゃ分からないよね?


 ……だからつまり、そのあたりを踏まえて言ってるんだろうなぁ……。

 恥ずかしがることじゃないのかもしれないけど、なんだか恥ずかしいなぁ……。

 いや、何も恥じることも悪いこともしてないんだけどさ。

 別に遊びでも何でもない、普通の事、いや尊い事のはずなんだし。


 ……と、心で言いつつ。

 私はサトルさんとの夫婦の営みにゃんにゃんについて頭の中で考えてしまい、さらに恥ずかしくなった。


「魔法の習得って、した方が良いんでしょうか?」


 それを誤魔化す気持ちがちょっとあったかもしれない。

 私は、私の治療をしてくれたオータムさんに、いきなりその話を切り出した。


「魔法?」


 気が早いわね、とオータムさん。

 ちなみに何を覚えたいの? と続けてくるので。


「精霊魔法です」


 ……まぁ、順当な答えのはず。

 神の奇跡を覚えたい、って言えば「アナタ神様の愛舐めてない?」って言われるの必至だし。


「精霊魔法の何?」


 さらに突っ込んだ質問。

 確か、オータムさんは「水」「土」「風」「光」「雷」の精霊と契約してるんだっけ。

 だったら……

 オータムさんが契約していない「火」「木」「闇」「氷」

 この4つの精霊のうち、どれかがいいのかな?


「火か木か闇か氷の精霊……」


 あまり的外れでもなかろうと思ったんで、そのまま口にする。

 すると……


「火と木の精霊はあまり冒険者にはお勧めできないわね……」


 腕を組んだオータムさんが難しい顔をする。

 ええっ? 何でですか?

 助手なんだから、オータムさんが出来ないことをやった方がいいのでは……?


「どうしてですか?」


 疑問に思ったから即聞いた。

 すると。


「火の精霊は水と氷の精霊と折り合いが悪く、木の精霊は土の精霊に嫌われているわ」


 だから、火と水と氷、木と土は同時には契約できないの。

 そして、契約は一生もの。

 火と契約するということは、水と氷の精霊と。

 木と契約するということは、土の精霊と一生契約しないってことと同義なのね。


 ……と、流れるように話して教えてくれる。


「……でね」


 話はさらに続く。


 火の精霊は、主に大量破壊の精霊魔法を与えてくれるけど、冒険者の身の上で、そこまでの文字通り「火力」は必要ないし。

 木の精霊は、農作物の成長を早めたり、森を迷宮化するとか。

 あまり冒険者の仕事に関わらない精霊魔法が多いの。


 火の精霊と契約するのは主に軍関係者か、火消しの人たち。

 木の精霊に関しては、やっぱり軍関係か、あとは農家ね。


 ……う~ん。なるほど。

 確かに「契約」なんて概念が通じる存在なんだから、火と水と氷が折り合い悪いって話は当然かも。木が土に嫌われているってのは、勝手に自分の上に生えて、養分を吸い取る存在だからだろうね……。

 で、多分「闇」と「光」も折り合い悪いんだろうな……。


 だとしたら……


「私の場合は氷の精霊が狙い目なんでしょうか?」


 精霊魔法は、声が届く範囲に本物の「それ」が無いと使えない。

 火の精霊魔法は本物の火が、土の精霊魔法は本物の土が声の届く範囲に必要。

 なので、氷の精霊魔法は、好きに氷を生み出せる私の異能と相性がいいはず。


 ……どうでしょ?


「そうね。クミちゃんの場合、奥の手でそれで範囲攻撃にすることもできそうだし」


 どうも、氷の精霊魔法には「吹雪の術」なる、効果範囲内に凍結の嵐を起こす魔法があるらしい。

 おお! なんか強そう!


 私がすっかり習得した気になって、わくわくしていると。


「ただね……」


 オータムさんの顔がさらに難しくなる。

 こう続けた。


「精霊との契約って、わりに危険なのよね。今までの人生で5回それをやってる私が言うのもなんだけど」


 だから、普通の人は1~2回がせいぜいなの。

 覚悟を固めて、1~2回。それが普通というか、限界ね。


 どう危険なのか?


 当然そこが気になるから即聞いた。

 すると……


「それはね……」


 なんでも、精霊との契約って。

 目当ての精霊が傍に居る状況を作って、そこで座禅とか正座とか、まあ、瞑想みたいなことをして。

 所謂トランス状態? 意識が無になるというか。

 雑念が飛んだ状態になると、精霊の声が聞こえるようになるんだって。


 で、そこで契約する。


 ただ、契約だから。

 代償を求められる。


 それが……


「今の身体の活力を、倒れるほど寄越して、だったらまだ良い方」


 酷いのになると……


 寿命を半分寄越して。

 右腕の自由を頂戴。

 あなたの光を頂戴。(多分、視力を寄越せってことなんだろうなぁ……)


 そんなことを言われることがあるとか。

 そんなのが来たら、即拒否しなきゃいけないんだけど……


「ものが雑念が飛んだ状態だからね。そんな条件が来ても、あまりに魔法が欲しいと思っていたら「捧げる」って言ってしまうことがあるのよ」


 だから危険なのよ、とオータムさん。

 ……それは確かに……。


 魔法が使えるようになっても、腕が片方不自由になったり、眼が見えなくなるのは困る……!


「どういう場合に酷い条件が来るかは、あまり分かってないんだけど」


 その筋の研究者によれば「その人の本来の適性が悪いと、条件が酷くなる」って言う人もいるわ。

 ……まぁ、証明はされてないんだけどね。ひょっとしたら単なる精霊の気分かもしれないってのもありえるんだけど。


 ……だって!


 魔法の習得……目指してみたい気が一瞬高まったけど……。

 そこまで危険なら、よくよく考えないとね……。




「サトルさんの知り合いに、魔法を使える人ってどのくらい居るんですか?」


 また例によって寝る前に、私はサトルさんに相談した。

 寝る前の夫婦の会話。

 今はこれが一番の幸せ。

 昼間の稽古はとても辛かったけど。

 この生活を守るためなら、頑張れる。


「……うーん」


 夫婦の布団の中で、私の隣で寝ているサトルさん、私に言われてちょっと思案顔。

 腕を組んで記憶を探り。


「……幼馴染の男の爺さんが、確か火の精霊と契約してたはずだったかな……」


 ……やっぱり、ちょっと考えないと出てこないくらい、数自体は少ないのか。

 決していないわけじゃなくても。

 異能使いよりは多いとはいえ、誰でも持ってる力じゃ無いんだね。


 そのお爺さん、鍛冶屋で。

 仕事のレベルを上げるために火の精霊との契約を決行したんだそうで。

 その代償に、片目の視力を捧げたとか。


「その爺さんは「視力が落ちただけじゃ」「炎の色はまだ見れる」「仕事にはちょうどいい」って笑ってたらしいけど、すごい職人魂だと思うよ」


 ……確かに。

 いい仕事をするために魔法を求めて、代償に片目の視力を炎の色の確認くらいしかできないレベルまで奪われて、それでも後悔しないで笑っていられるなんて。

 凄過ぎだ。


 そしたらサトルさんに、こう言われた。


「……まさか、精霊と契約するとか言い出さないよね?」


 うっ。

 見抜かれてる……。


 隣で寝ているサトルさんが私の方を向いて、眼を見てそう言ってきた。

 サトルさんの声には非難めいた響きが混じっている。

 一緒にこうして生活して、色々共にしてきたからかな?

 だいぶ私の行動パターン、把握してきたみたい……。


 嬉しい反面、ちょっと困っちゃう。

 だって、私の行動をこんな感じで見抜かれて、先回りされるってことだもの。


「……ダメですか?」


「……とんでもない代償を求められたらどうするの?」


 サトルさんの眼は真剣だった。

 言っておくけど、と続けて


「クミさんが代償で奪われたものと同じものを、俺も捧げるからね?」


 指を求められて、もし捧げたら俺も指を切るし。

 足を求められて、もし捧げたら俺も足を切る。


 どうしても、契約が避けられない。

 絶対にしなければならないっていうなら、それを覚悟して臨んでね。

 いいね? 絶対だよ?


 ……ああ、サトルさん本気で言ってる。嘘言ってない。

 本気でやる気だ……。


 ……それぐらい、私に精霊との契約をさせたくないのか。

 うう、気持ちは嬉しいけど……。


 魔法って大きな力だから、もしもう1人の私が何かしら魔法が使えたら。

 それがネックになって、私は勝てないかもしれない。

 それが、頭の片隅から拭えなくて……


 そのせいなのか、私はその晩こんな夢を見た。


―――――――――――――――――――――――


 薄暗く、霧に包まれた空間。

 私は、私そっくりの別の誰かと対峙していた。


 顔も、髪型も、服装もそっくり。

 背丈も、体型も。


 緑色のブレザー姿で、私と一緒。

 ただ、掛けている眼鏡だけが違う。


「アンタに預けている力を返してもらうわ」


「チカラの半分が無いのは気持ちが悪いのよ」


 私そっくりの顔でそいつはそう言ってきた。

 酷く残酷に笑いながら。


「冗談じゃない! そんなことさせないから!」


 私は杖を構えて、そいつに立ち向かう。

 そいつと私。

 睨み合う。


 私は足を使って、死角に回り込もうとする。

 それをさせじと動き回るそいつ。


 膠着状態? そういう状態だったが。

 そいつが異能を発動させ、男女の姿をした人間の様なものを出現させて状況が変わった。

 手から血液の様な赤いものを発射し、作ったんだ。


 その男女は中年の男女の姿で。

 両手がナタになっていて。

 立派なスーツを着ていた。

 顔は見えなかった。何故か。

 でも、微笑んでいる気がした。


「行って!」


 そいつが言う。

 突っ込んできた。


 2体の斬撃を杖で防御する。

 必死だった。


 まずい! こいつらを相手している限り、あいつに対処できない!

 すぐに倒さないと!


 こちらも異能を駆使して、杖による打撃を当てた際に襲ってきた人間の様なものを凍結させて、倒す。


 しかし。


 2人を倒した瞬間に、激しい波動が来た。

 ……もう一人の私が「波動の奇跡」を使用したのだ。


「あ……あ……!」


 まともに喰らい、吹っ飛ばされて動けなくなる私。

 そんな私に、もう1人の私が笑顔で歩み寄ってくる。


「……魔法の習得の有無が差をつけたみたいね」


 アンタも何か身に付けていたら、こうはならなかったかもしれないねぇ。

 残念だったねぇ?


 ……そいつは、とても嬉しそうだった。


 そして、腰の鞘からナイフを抜いてきて。


「じゃあね。バイバイ。チカラは返してもらうよ」


 言って、私の胸に両手でナイフを突き立て―――


―――――――――――――――――――――――


 そこで、私は目覚める。

 汗をかいていた。


「……うなされてたから、起こそうと思ったけど」


 悪い夢を見てたのかな?

 隣で寝ていたサトルさんがそう言ってくれた。


 ……どうも、彼を起こしてしまったみたい。

 ごめんね。


 彼の言葉に私は。

 ううん、何でもない。

 そう、言いたかったけど。


「ごめんなさい……」


 大切な人だし。

 私の心配は絶対に共有したいから。


「精霊との契約、私、どうしてもやっておきたい」


 私は、サトルさんにそう言ったのだった。

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