第18話 あいつら……?

 次の日。

 また仕事に向かう前。


 サトルさんちをまた私は訪ねた。

 昨日も来た家。昨日も見た表札。


「クミちゃん」


 ……サトルさんと、サトルさんのお父さんと一緒に……。


 無理を言って、工房の方を急遽お休みにしてもらって。

 どうしても、ついてきて欲しかったから。


「では、打ち合わせ通りお願いします」


 私は後ろの二人にお願いした。

 二人は頷いてくれた。


 それを確認した私は、声を張り上げる。


「お爺さん、また来ました。いらっしゃいますよね!?クミです!」


「お時間大丈夫なら、昨日みたいにサトルさんのお話を聞かせて欲しいんですけど!」


 ……本人前にしてこういうこと言うと、なんか照れちゃうなぁ。

 今、サトルさんの顔、どんななんだろう?

 ドキマキしてたら、可愛くて惚れちゃうかも~?

 サトルさん、男性で当然だけど、私より大きいし。

 そんな人が、私の行動でドキマキなんて、可愛すぎる。


 ……などと、ちょっと関係ないことを考えてしまった。


 これから、それどころじゃないのに。


「おお、よく来てくれた」


 ドタドタ。

 足音が接近してくる。


 さあ、どうなる……?

 緊張。


 何パターンか考えてたけど、どれかはハマってて欲しい……!


 ガチャ。

 玄関ドアが開いて。


 嬉しそうなお爺さんの顔が、背後にサトルさんと、そのお父さんが居ることに気づくと、途端に険しくなった。


「お前らなんじゃ!?仕事を放り出してワシに恨み言か!?」


「それか追い出しの宣告でもしに来たか!?女を引っ張り込むにはワシは邪魔じゃもんなぁ!?」


 お爺さん、私を憎々しげに見ながら、そう言葉を吐き出した。


 ……うわ。

 これは間違いない。

 

 昨日の様子からは、とても考えられない反応。

 何かが憑りついているとしか思えないよ……!


 見てられない……!

 昨日のお爺さんを知ってるだけに、あまりにも辛いよ。これは……!


 サトルさん!サトルさんのお父さん!

 お願いします!!


 私は心で叫ぶ。

 私の口からは言えなかったから。


 私のそんな心の叫びを汲んでくれたのか。

 サトルさんのお父さんが、行動を起こす。


「親父!すまなかった!全面的に親父が正しかったんだ!」


「俺が嘘をついていたんだ!悪かった!!」


 ……お爺さんの前で、土下座して。




 お爺さんの態度が呪い由来だった場合。

 それはどんな呪いなのか?何を目的にしているのか?


 私はそれを第一に考えた。


 そしてしばらく考えて、出た結論は……


「被害者の家族関係を破壊しようとしている」


 これなんじゃないのかと思ったんだよね。

 だってさ、お金を毟り取って、その事実の発覚を阻むのが目的なら


「この事は決して口にしてはいけない」


 これで十分事足りるはず。

 何で口汚く、家族であっても見限りたくなるような罵詈雑言を吐かせる必要があるの?


 罵詈雑言、必要に迫られて出たもんじゃ無いはずだし。

 話を聞く限りは。

 だって、お父さんが「お金どうした?」って聞く前までは普通だったんだよね?


 トリガーが「お金どうした?」「そんなの知らないぞ!」多分この2点。

 だからおそらくだけど「金を渡した事について、自分の言い分を否定されたら否定した相手を憎悪しろ」って呪いの文言なんじゃ無いのかな?


 で、ここからが問題。


 セイレスさんから教えられた「呪いの解き方」だけど。


 それは呪いの内容を克服するような内容で無いといけない、と教えられた。


 例えば美しさを損なう呪いを掛けられたら、それでも誰かに「美しい」と言ってもらうとか。

 食べても食べても満たされず、常に飢えを感じ続ける呪いを掛けられたなら、自ら一度死ぬ寸前まで食を断つとか。


 そういう感じのものらしい。


 そうすると仮説の上に仮説を立てることになってしまうけど。


「金を渡した事について、自分の言い分を否定されたら否定した相手を憎悪しろ」


 これの克服?

 どんなだろう?


 色々考えた。


 そもそも渡したものに価値は無いと「全財産を放り出す」?

 呪いによる強制された憎悪ではなく、本心から相手を憎め?


 一口に克服といっても、そういう可能性は無限にあるはず。

 これだ、っていうものはそうそうあるはずがない。


 と、すると……


 思いついたものを片っ端から試していくしか無いのでは?


 そこに思い当たると、頭を抱えたくなっちゃったよ……。




 で。


 今、試してもらっているのは、序の口。

 これで済めばいいんだけど……。


「爺ちゃん!信じられなくてゴメン!!俺が完全に間違ってた!!」


 サトルさんのお父さんに続いて、サトルさん自身もお爺さんに土下座した。


 とりあえず「お爺さんの言い分が完全に正しい。こちらが全面的に間違っている。と認める」これだ。

 呪い解除のために支払うコストが安く済むし。違っていてもダメージが少ないからね。


 とはいえ。

 

 ……実のところ。可能性はかなり高い、とも思ってるんだけどね。


 こんな薄汚れた呪いを掛ける人間の側に立って、考えてみればさ


 家族が言ってることがどんなに信じられなくても、まず全面的に信じるべきなんじゃない?

 大事な家族なんだろ?

 あれれ~?

 なんでその程度のことができないのかなぁ?


 ……こんなことを思いながら、呪いで崩れていく家族をほくそ笑んで見てそうなんだよね。


 だからこれが正解、って可能性。

 結構高いと思う。


 ……お願い、当たって……!


 私は、神様に祈った。




 このことをサトルさん親子に説明したとき。

 事態の深刻さに気付いてもらえたのか、二人とも青くなっていた。

 自分たちの家族が、魔法で正気を失うように仕向けられてるって分かったから。

 つまり、このままでは永久にお爺さんがあのまんま。

 それを理解してもらえた。


 そしてその解除方法について説明したとき。


「難しいな、それ」


 って言われたけど「できない」「やりたくない」とは言われなかった。


 やっぱ、お爺さん、サトルさんたちに愛されてる。


 ……助けてあげたい。


 お願いします……この世界の神様……!


 救ってください……!


「……なんじゃと?」


 すると。

 お爺さんが怒り始めた。


 わなわなと震えて、絞り出すような声で。


「……吐いていい嘘と悪い嘘があると、そのトシになっても分からんのかお前は!? 呆れたわ!」


「それに、サトルまで巻き込みおって! 恥を知れ!!」


「嘘を吐いてまで金を必要とした理由は何じゃ!? 言うてみい!?」


 ……あれ?

 怒りのポイントが、変わってる……?


 と、いうことは?


「サトルさん。サトルさんのお父さん、多分、大丈夫です」


 黙って土下座している二人にそう、呼び掛ける。


 二人は顔を上げた。

 泣き笑いになっていた。


「……クミさん、これは一体……?」


 急展開する場。

 サトルさんのお爺さんは、キッチリ置いてけぼりをくらっていたのだった。




 お爺さんの呪い、解除されたみたい。

 その証拠に、キチンとした受け答え。

 家族間で出来るようになっていた。


 そこで、私は説明をした。


 サトルさんと、サトルさんのお父さんにした話を。


「お爺さん、あなた、混沌神官の呪いに掛かっていたんですよ」


「なんと!」


 その驚きよう。

 まぁ、無理も無いよね。


 泥棒や詐欺に遭うことは想定してても。

 呪われることを想定して生きてる人ってあまり居なさそうだし。


 前の世界だと、鉄砲で撃たれることを想定して生きるようなもんかな?

(アメリカなんかじゃ、また違ってくるんだろうけど……)


「だから急にカーッとなって、自分が抑えられんようになったのか」


「そうです」


 だから、気づいたんだけどね。私。


 そう、私が微笑みを交えつつ同意したら。


 サトルさんのお爺さん、感激した顔で


「ありがとう!クミさんはなんとすごい女性なんじゃ!」


 頭を下げまくって来た。


 ちょ、ちょっと……!


「厚かましいの重々承知でお願いする!孫と結婚してくれんか!?」


「当然孫には今まで以上に頑張らせて、より上の位階の職人になれるように尽力させる!」


「一生食うには困らんようにさせるから!何卒!」


 ……私、今メチャクチャ女性として評価されてる気がする。

 それは嬉しい。嬉しいんだけど……。


 こういうの、勢いで決めるの良くない気がするんだよねぇ。

 私の方は別にサトルさんに気になる重大欠陥を発見して無いし。

 絶対嫌、って言うような状況じゃ無いんだけどさ。


「と、とりあえず、落ち着いてください」


 お爺さんの肩に手を置いて、私は言った。


「まだ問題は解決してませんし!」


 別にこの場を誤魔化すためじゃなくて、これも本当。

 だって、誰がお爺さんに呪いを掛けたのか?

 そこの問題が解決して無いじゃない?


 こんな悪質な呪いを掛けてくるような混沌神官。

 放置しているとマズイよねぇ?




 まず私が聞いたのは。

 最初にお金を出せと要求してきた存在が、お爺さんに触れたのか?ってことで。

 まぁ、可能性としては低いとは思ったけど、一応。


「いんや。あいつはワシの身体を触ったりはせんかったな」


 腕を組んで自分の記憶を丹念に探りながら、お爺さん。


 だよねぇ。

 直接呪うのは効率悪いし危険だもん。

 呪文、口にしないといけないし。


 だとしたら、セオリー通り「呪物」を使ったんだろうね。


 ならば。


「だったら、お爺さんがそいつに対して行ったことって何ですか?」


 すると。


「金をやると同意したことと……」


「後は、金を渡したこと」


「それくらいじゃな」


 そこで物品が関わることって……


「同意するときにサインさせられたとか」


「それは無かった」


「じゃあお金は……」


「あいつが持ってきた布袋に直接入れた。……そういえば、手渡しで金を受け取りたがっておらなんだな」


 どうもそいつ、お爺さんがお金の入った貯金袋を差し出しても受け取らず、こっちの袋に移し替えてくれ、って態度だったらしい。

 ……それかな?




 次に、私はサトルさんのお父さんに話を聞いた。


「サトルさんのお父さん」


「何でも聞いてくれ。僕もこの件は許せないから」


 厳しい表情で私の言葉を受け止めてくれる。


 非常に協力的で助かるなぁ。


 私の予想だと、カオナシの特殊能力で変身した、って考えてるんだけどね。

 お爺さんの前に現れた、サトルさんのお父さんもどき。


 お爺さんの話だと、サトルさんご一家、つまりヤマモト家の生業について知っていた口ぶりだったよね。


 僕らの仕事は、家の有り金が一時的に全部消えても成り立つ仕事だ、って。

 それ、サトルさんちが研ぎ師で、研ぎの道具さえあれば、明日の仕事が仕事にならないことは無いって知ってたってことだ。


 ということは、サトルさんご一家について面識が出来る程度には知り合ってた可能性が高い。

 カオナシに命令した奴が。


「お爺さんの話だと、どうもお父さんのご一家が、工房やってて、工房さえあれば食べるに困らないって知ってたみたいなんですよ。犯人」


 心当たりありますか?という風に聞いてみた。


 すると、お父さん、腕を組んで考え込んだ。

 ……お爺さんとリアクション似てるなぁ、と見てて思ってしまう。


「……対象者が多過ぎて、絞り切れないよ。それは」


 苦々しい顔でお父さん。

 多分、真剣に考えているハズ。

 自分たちを苦しめた犯人を割り出すためのことだもんね。

 適当にするはずがない。


「……やっぱり、そうですよねぇ」


 お父さんの言葉を聞いて、半ば「そうだよねぇ」と思ってしまう。


 あの工房、腕がいいってことなのか。

 すごく繁盛しているみたいだったし。


 お客さん、多そうだよ。


 そしてお客さんが多いってことは、それだけサトルさんご一家のことを良く知ってる人が多いってことに繋がるわけで。


 容疑者が多過ぎる……


 でも、だからといって「そっちの線で絞るのはやめよう」っていうわけにはいかない。

 食い下がらないと。


「……お客さんってどういう人が多いんでしょうか?」


「そりゃあ……」


 比較的裕福なご家庭の奥さん方、料理人……


 次々、代表的なお客さんの種類をあげていくサトルさんのお父さん。


「あと、冒険者かな? 武具関係で」


 最後の種類が私の中で引っかかる。


 イメージとして、結びついたんだ。


 サトルさんとの縁が本格的に始まった、あの酒場での出来事。


 冒険者稼業を追い出されたのに、何故か豪遊してた不自然な奴ら、居たなぁ……って。


 別にさ、冒険者を差別する気は無いんだけど。

 一般的に冒険者になる人って、腕っぷしに自信があるというか、戦うことしか生業に出来ない人が、一発逆転を狙って身を投じるパターンが多いって。

 ムジードさんや、オータムさんが言ってた。

 

 ムジードさんは戦いの神オロチの神官で僧侶だから、修行の一環で冒険者になったらしいけど。(オータムさんは自分の能力を存分に生かせるのが冒険者、って理由らしい)


 あの二人は特殊な例で、普通は冒険者をやってる人は、いきなり冒険者やめろと言われたら、路頭に迷う人が多いはずなんだよね。

 なのに、豪遊……


 ……おかしくない?

 あいつらが冒険者やってられなくなったの、ついこの間だよ?

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