第14話 サトルさんち
「あの、ひとついいですか?」
セイレスさんのお話を聞いて、ひとつ、疑問が出てきた。
私はすかさず質問した。好奇心で。
「なんでしょう?クミ様」
「魔法って、一日数度使うのが限界なんですよね?」
確か、そう聞いてる。
「そうですね」
セイレスさんの同意。
ですよねぇ。
だったら。
「……セイレスさんのお話で出てきた村とか、身近な人を軒並み「呪い」で服従させた混沌神官、どうやったんでしょうか?」
そこが疑問だったんで、ハッキリさせたかったんだよね。
……後から、このときの質問が役に立つなんて。
このときは思わなかったよ。
「……そこに気づくとは、さすがですね」
そしたらセイレスさんに感心された。
感服口調で言われてしまった。
ん~、それほどでも、ありますか?
わりと普通に気になるところだと思うんですけども。
(まぁ、だいぶお世辞入ってるんだろうなぁ)
だっておかしいよね?
日に数度しか使えない奇跡を呪いで消費してたら、全員縛るのに何日かかるか分からないし。
呪いで回数を消費する分、魔法的にも隙になる。
大変だし、危ない。
「いい機会ですので、それについてもお教えします」
セイレスさん曰く。
混沌神官の使う「呪い」つまり「呪言の奇跡」というものは、2種類の使い方があり。
ひとつは個人を直接呪う方法。
この場合は、呪いたい相手に直接触れながら、呪いの内容を口にして掛けるとのこと。
この「呪い」は、具体的で命に別条のない内容であれば特に制限は無いらしい。
(逆に言うと、これは「死んだ方がマシだ」と思える内容であっても「本人の命に別条が無いなら」通る、ってことだけど……)
ただしこのとき、必ず解呪の方法について脳内で設定してイメージせねばならない。
そしてそれは、呪いの内容を「ある意味克服する」内容で無ければいけないらしい。
例えば、容貌が醜くなる、という内容の呪いであった場合。
誰かに心から「美しい」と言われること。
そんな感じらしい。
そしてもうひとつが「呪物」というものを作成する方法。
主に、多数の人間を断続的に呪っていく場合はこの方法が用いられるとのこと。
関わると呪われる「呪われたアイテム」を作る、って方法だ。
使うプロセスは個人を呪うときと一緒らしいんだけど
制約が、さらにひとつ。
呪物というものは、その物品に一定の条件で接触すると呪われる、というもので。
その一定の条件が、呪いの内容と比較して違和感がないものでないといけないらしい。
例えば、相手を自分に服従させる、という呪いの場合は「あなたに服従します」と宣言させた後に呪われた指輪に口づけをさせる。
そういう感じで。
そして呪物の効力は永続で、一度作れば壊されるまでずっと使えるらしい。
ただし。
個人を呪う場合と違い、この「呪物」による呪いは、呪物を破壊すると解ける。そんな欠点がある。
(ちなみに個人で呪った場合、術者を殺害しても呪いは解けないらしい。高位神官の「解呪の奇跡」を使うか、解呪の条件を満たすかするしかないんだって)
なので、混沌神官による事件が起きた場合、「呪物」の所在が大きな問題になるんだそうだ。
自分の目的のため、複数人に呪いを掛けている場合、ほぼ確実に「呪物」を作っているはずだからだ。
勉強になりました。
そしていつものように、平日午後はお仕事タイムなので。
甘味処でウエイトレスをして働いていた。
「ご注文のぜんざいお待ちどうさまです」
テーブルの間を歩き回って。
注文を取って、注文の品を届ける。
お盆に乗せたぜんざいと、セットのお茶をテーブルに運び。
笑顔で接客。
この仕事、それなりに長いんで、だいぶ板についてきた。
そろそろまたお給料上がるかな?
「ありがとう」
「今日も可愛いねクミちゃん。ウエイトレスのお着物、よく似合ってるよ」
常連のお客さんのおじさん2人が、私の事をそう褒めてくれる。
まぁ、お世辞なんだろうけど、悪い気はしないね。
「ありがとうございます。嬉しいです」
頭を下げた。
まぁ、将来的には可愛いって言われてもあまり喜ばないような大人の女性にはなりたいけどさ。
私はまだ子供だしね。
少なくとも、前の世界では成人してなかったわけだし。
今ぐらい、いいよね?
ここのお仕事は、まぁ大体快適だった。
胸を触られるとか、お尻を触られるとか、そういうセクハラは特に経験したことないし。
こういう世界だと、普通にあるかな、と思ったんだけど。
特になかった。
そういうことはやるべきじゃないって意識が、とても高いのかな?
この世界?
……いや、無いか。
この世界に来て間もない頃に、騙されて売り飛ばされそうになったしね。
……じゃあ、単に私に触る価値が無いだけかなぁ?
それはそれで不満が……!
いや、触られたいわけじゃないんだけど!
「クミちゃん良い人は居るの?」
そして仕事してたら。
最近常連になったお兄さんが団子を運んだときにそんなことを言って来た。
テーブルに注文の品を並べながら
「あー、ちょっと居ないです」
そう、答えた。
別に見栄を張る気も無いし。
正直、結婚してから旦那さん相手に初恋でいいや、とか思ってるクチなので。私。
「じゃあ、俺なんかどう?」
そんなことを言われちゃったけど、当然本気になんてしないよ。
だって、同じ失敗するのはオバカだし。
「お客さん、そういう冗談は止めてくださいよ。嬉しいですけどね」
笑顔でそう一言。
まあ、お客さんを犯罪者扱いするわけじゃ無いけどね。
2回も、売り飛ばされそうになったらさすがにオータムさんとセイレスさんに呆れられちゃうし。
それはなるべく避けたいかなー?
「マジか?」
「おう、マジマジ」
そしていつもの通り、甘味処で忙しくしてたら。
ある日のこと。
常連のおじさん2人が、かなり真面目な顔で話し込んでいた。
いつも笑いながら楽しそうに話し込んでるのしか見たことが無かった私は、おじさんたちの話に少し興味を持ってしまった。
で、あまり褒められたことじゃ無いんだけど。
つい、無意識で聞き耳を立ててしまったのだ。
「あの爺さん、狂ったのか」
「狂ったっていうか、暴れてるらしい」
「いい爺さんだったのにな。これが、老いぼれるってことなのかね?」
二人は真面目な顔で話してて。
何だか、悲しそうにも見えた。
……何があったんだろう?
すごーく、気になった。
どうしようか迷ったんだけど……
「……何かあったんですか?」
常連の人だし、少し事情を伺うくらいなら……
そう思って、聞いてみた。
怒られそうなら即座に諦めよう。
そんな感じで。
「あ、クミちゃんを心配させてしまったかなオジサンたち」
「ごめんね。甘味処でする話じゃ無かったかもな」
飲み屋でするべきだったかも。
そう、すまなそうに笑う2人。
そして、ん~、と悩んだ後。
話せる範囲で、って言った感じで。
断片的に教えてくれた。
なんでも、どこかのお爺さんが、家のお金をどこかにやってしまったらしい。
そういう話だった。
なんでも、お爺さん1人を家に残して、家人が残らず用事で外出していたら。
家に帰ると、家の中に置いてあったもしものときの蓄えとしてのお金がスッカラカンになってたそうな。
で、お爺さんに息子さんが「お金はどうした!?」って聞いたら、お爺さん
「お前が出せといったんじゃろうが!?」
と息子さんに激怒。
息子さん、訳が分からなくて
「俺、そんなこと言って無いんだけど!」
と言うと
「噓つけ!絶対に言ったわ!ワシを疑うとはお前人間として大丈夫なのか!?」
「育ててもらった恩を忘れおって!このクズが!」
とお爺さん激怒し、息子さんを酷く詰ったそうな。
で。
結果として、そこのおうち、昔は仲良し一家だったのに。
酷くぎすぎすして、怒りに満ち溢れた酷い状態になってるらしい。
お金が無くなったのも痛いけど。
家族の絆が完全に失われてしまったって。
悲惨。その一言。
酷い話だ……
「そのお金、見つかってないんですよね?」
「だよ。行方不明らしい」
多分、無くなったのは本当なんだろう。
とすると、誰かが盗んだのかな?
でも、お爺さんは「お前が出せと言ったんじゃろうが!?」って言ったんだよね?
それ、どういうことだろう……?
……考えたくないことだけど。
お爺さんが、自分で家のお金を使いこんで、それを忘れているとか……?
で、それを認められない……?
確か認知症って、他人に対する配慮のようなものが脳機能の減退で衰えてしまって、結果として「非常に頑固」な状態に陥ってしまう。
そういう事例があるって、元の世界で聞いたことがある。
それが起きちゃったのかなぁ?
だとしたら、悲しいよね。
そうすると、さっきおじさんたちが言ってた「これが老いぼれるってことなのか」って言葉。
言い方は悪いけど、本質を突いているのかも。
そのお爺さん、元々どんな立派な人だったのかわかんないけどさ。
多分、そんなことを言うような人じゃ無かったんだろうね。
でなきゃおじさんたちがあんなに悲しそうに話したりはしないだろうし。
……なんとも、やりきれない気持ちになっちゃった。
「ごめんね、暗くしちゃって」
おじさんたちは私の表情を見て、心情を察してくれたのか、気をつかってくれた。
気遣いが染み入ってしまった。
やっぱり、このおじさんたちは大人なんだなぁ。
その日、店が終わった後の事だ。
居候先であるオータムさんちに帰っていると。
夕方に差し掛かる、暗くなりつつある街で、明かり。
どんちゃん騒ぎ、陽気な声。
飲み屋さんの前を通りかかり、そこで。
相当酔っぱらっている男の人を見掛けた。
知ってる人だった。
……名前は覚えて無いんだけど、甘味処の常連さんだ。
あの、若い男の人。
今日は青白い作務衣みたいな服を着ていた。
「俺なんかどう?」って言って来た人。
知ってるもんだから、つい見ちゃって。
そして、目が合ってしまった。
「あ……」
「こんばんは……」
……すごく、気まずい。
私の方は、見ちゃいけないものを見てしまった気分だし。
向こうは「みっともないところを見られた!」って気分だろう。
……どうしよう?
少し、考えた。
私の見た感じ、だけど。
この常連さん、あまり気分良く飲んで無いな。
それがまず分かってしまった。
所謂やけ酒って感じに見えた。これ、多分間違ってない。
だったらさ……
「えっと」
私は話しかけた。
「……何か辛いことでもあったんですか?」
言い訳ぐらいはさせてあげた方が良いよね?
今度から、お店の方に来づらくなって、お客さんが一人減るのも困るし。
常連さん、名前をサトルさんといった。
店で応対してたときはあまりしっかり容姿を見てなかったんだけど、見た目はそんなに悪くない男の人だ。
髪の毛はあまり短くなくて、かといって長髪でもない普通の髪型。
中肉中背。穏やかな感じの雰囲気が印象的。
仕事は刃物の研ぎ師をやってるらしい。
というか、それが先祖代々の仕事らしく。
「今は俺、親父の下で修行中の身なんだけどさ」
飲み屋の方に引っ込んで、私は果汁を絞った水を、サトルさんはただの水を注文して飲みながら。
二人で、テーブル挟んで座っていた。
行きかう飲み屋の給仕のオネーサンの姿が視界の端に。
そんな状態で彼の話を聞く。
……そういや、男性とサシでこういう風にお話しするの、初めてかも。
頭の片隅でふと、そんなことを思う。
いや、別にドキドキしたりはしないんだけどね?
「親父は先代の爺ちゃんから工房の長の座を引き継いで、俺はその下で働いて」
「爺ちゃんは家で隠居して、余生を送って」
「イイ感じだったんだよ」
水を飲んで落ち着いたのか。
話しぶりはしっかりしていた。
「……何かあったんですか?」
そうに違いない。その確信はあったんだけど。
あえて、そう聞いて促した。
サトルさんは辛そうに頷いて。
「……ある日、工房から親父と一緒に帰ってきたらさぁ……」
昨日まであったはずの家の蓄えがスッカラカンになってて。
爺ちゃんに聞いたら「お前の親父が「家の有り金が必要になったから出してくれ」と頼みこむから出しただろう」って。
そんなのあるわけ無いんだ。
俺、親父と一緒に仕事してたし。その日。
そしてその日の昨日までは家の蓄えあったんだから。
だから俺も親父も「そんなはずない!」って否定した。
そしたら爺ちゃん
「ワシが嘘をついているとでもいうのかあ!!」
ってブチ切れて。
俺たちをボロクソに言って来たんだ。
ホントにもう、話にならないくらい。
あんな怒り方してくる爺ちゃん、初めて見た。
俺さ、すげぇショックでさ。
いや、怒ったことがショックじゃ無いんだ。
あんな風に、一方的で、話ができない爺ちゃんを見るのが辛くて……
それからはもう、酷いの一言。
俺の家、母さんはちょっと前に死んじゃったけど。
男三人、それなりに幸せに楽しくやっていけてたのに。
親父は爺ちゃんを見限ったみたいな態度取るし。
爺ちゃんは俺たちを憎んでいる目で見てくるし。
針の筵だ。
「……俺、今、あの家に帰るのが嫌なんだよ……」
そう、最後にサトルさんは言った。
本当に辛そうだった。
……ひょっとしたら昼間、常連のおじさんたちが話してた家って、サトルさんの家だったのかな?
私は、頭の片隅でそんなことを思い。
サトルさんに、同情してしまった。
弱ってる男の人って、見てられないよ……。
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