第3話 耐えられないことがひとつだけ

 私は、昨日、寝間着代わりに貸してもらった着流しに着替える際。

 元々着ていたブレザーを、綺麗に畳んで、その際。

 自分の持ち物をね、ちょっとポケットから全出ししていたんだけど。


 私の持ち物。

 というか、異世界に持ち込んだ地球アイテム。


 それを並べて見比べて、腕を組んで考える。


 私の所持する地球アイテム~


 コンパクトミラー、財布(がま口。中には折り畳んだ野口英世が4人。あと小銭)、ボールペン、ハンカチ、ティッシュ


 いじょ。


 ……スマホが無い。

 私、スマホを持ってない子だったのかな?


 それとも、私をここに送り込んだ誰かが居て、その人に取り上げられた?

 私が余計なことを知らないように。


 スマホがあれば、メール履歴見たり、写真を見たりして、元の私の情報をだいぶ取れたんだけど……

 録音なんかもあるかもだし。

 ネットが使えなくてもさ、やれることだいぶあるよ。

 残念。


 まぁ、無いものはしょうがないし。

 幸いだけど、この世界だとスマホのメイン機能は使えないし、悪用もされないんだから、完全に気持ちだけの問題だ。

 うん。諦めよう。


 ……あ、しまった。

 この話の筋はそれじゃないんだよね。

 申し訳ない。


 私が地球アイテムを全出ししたのは、これらをお金に代えられないか?と思ったからで。

 この中で候補になりそうなのは……鏡と、ボールペンかなぁ?


 鏡ってこの世界でどのくらいの価値なのかな?

 江戸っぽいから、鏡という存在は庶民の手の届くものじゃないってこと、無いと思うんだけど……

 江戸時代だと、銅鏡だったっけ。

 だったらガラスの鏡……価値は高いんじゃないかなぁ?

 自分の鏡は銅鏡に買い直して持てばいいわけで。

 売り払う際のダメージ、そんなに無いよね?



 で、ボールペン。

 ちゃんとノックしてペン先を出し入れするやつ。

 色は黒。


 これは絶対無いでしょ。

 だけど……


 需要がね、あるかどうか怪しいよね。

 インクが切れたらもう役に立たないし。


 誰も買わないよ。

 いくら未来アイテムでも。


 ……職人さんだったら興味を覚えて買ってくれる人、いるかもしれないけど、商売人に持って行っても絶対分かってもらえない。


 だったら、自分用にこれは持っておくべきかな。

 やりたいこと、あるし。



 じゃあ、鏡だ。売り払うなら。

 これだね。


 ムジードさんにちょっと聞いてみよう。

 忙しくなさそうだったら。


 これ、ガラスで出来た鏡なんですけど、どのくらい価値があると思います?って。


 ……他の人には聞けないよ。

 ムジードさんだから聞けるんだ。


 他の人だと騙されるか、奪われるかするかもしれないし。

 ムジードさんはそんなことはしないはず。

 もしそんな人だったら、おそらく私、ここに居ないし。



 で。



「ムジードさん、ちょっといいですか?」


「なんでござろう?」


 隣の部屋に行くと、ムジードさんが二人分のお膳を出して、山盛りの白ご飯とめざしと梅干を出していた。


 あ、時代劇でよく見る朝食。


「あ、手伝います」


 コンパクトを帯の間にしまって、ご飯をよそうのを手伝った。

 良かったー。

 ご飯も江戸だった!



 昨日は干し肉をちょっと齧らせてもらうくらいで、ちゃんと食べてなかったので。

 あと、銭湯帰りに外で串焼きを晩御飯代わりに食べてて。


 こんな感じで、ようやく腰を落ち着けて食事できた。


 気分の問題もあるかもしれないけど、美味しく感じた。


 もそもそ、もそもそ。


「ごちそうさまでした」


 手を合わせて、お膳を上げる。


 ……汚れ物、どうすればいいのかな?


 江戸時代だと、へちまで洗ってたそうだけど。

 確か、基本水洗いだったっけ。

 洗剤の代わりに、灰を使うんだったかな?

 汚れが落ちにくいときは。


 へちま、あるかな……?部屋の中を見回す。


 へちま、へちま……


 すると


「あ、クミ殿。よろしいですぞ。そこに置いておいてくだされば」


「え、でも、そんなの悪いです!」


 ムジードさんにそんなことを言われたので、即座に反応。

 ある意味、悲鳴に近かった。


 ……食器洗いもやらないなんて、ただのお荷物、無駄飯喰らいじゃん!

 耐えられないよ!


 ご飯を炊いたのもムジードさんだし。

 めざしを焼いたのもムジードさん。

 梅干を漬けたのもムジードさん。


 私、何もやってない!!


「お願いですやらせてください!」


 土下座せんばかりに頼んだ。


 で。

 無理矢理食器洗いをやらせてもらった。




 汚れ食器を全て桶に入れて運びながら、外に出る。


 スポンジ代わりは、やっぱりへちま。

 白っぽいそれを片手に持ちながら、外に出ると。


 近所のご家庭のお母さんズが、井戸の周りに集まってる。

 多分、あれだよね。


 じっとやり方を見て、洗い方、排水の仕方を観察する。

 同じようにやんないと、ムジードさんに迷惑掛かるものね。


 無理矢理やらせてもらってるんだし。


 そして、大体把握したと思ったのと、空いて来たので私もそこに混ざった。


「失礼します」


「あら~、昨日からムジードさんのところにやって来た子ね?」


 親切なおばさんに話しかけられた。

 井戸水を汲んで、桶に入れて、水を入れた桶を移動させて場所を空け、そこに食器を浸ける。

 その作業をしつつ、慎重に答える。


 ここでやっぱり変なことを言うと、ムジードさんにご迷惑が掛かってしまう。


「あ、はい。よろしくお願いします」


 私は頭を下げた。




 ……食器洗い、無事終わった。

 多分、大丈夫だと思う。


 何も壊して無いし、多分、おばさんたちにも失礼なことは言ってない。


 しかし、疲れた……


 ただの女子高生に、大人の社会生活に挑めっていうのが大変な事なのか、それとも私が単にコミュ能力低いだけなのか。

 どっちなんだろう……


 洗い終えた食器の水切りをして、事前に教えられていた布巾で水気を拭きとった後。

 清潔なところに食器を並べて置いておいた。


 どこに仕舞うのかわかんないからね。

 こういうの、勝手にやられる方が腹立つと思うし。


 私は割り当ててもらった部屋で大の字で横になって、ぼんやりとそんなことを考えていた。


 ……今、ムジードさんは外出していて、家に居ない。

 家を空けるわけにもいかないし、外に行っても何が出来るでも無いし。

 家に居るしかない状況。


 ……暇だ。


 しょうがないので、もう何回も読み返し続けている、ムジードさんの蔵書の、この世界の創世神話が書かれている聖典?みたいなものを開いた。

 ムジードさんから借りたのだ。

 借りられる本をありったけ。

 それを何回も読み直してる。

 だって、とてもおねだりなんて出来ないから。


 ……この世界、本がすごく高いんだよね……。

 フツーに一冊、5000えんくらいするみたいだし。

 日本じゃ5000円の本なんて、なかなか無いのにさ。

 まぁ、印刷技術と製本技術の関係なんだろう。多分。


 ……話を戻して。


 聖典の1ページ目にはこう書かれている。


『まず、せかいがそんざいした』


 無論、全部ひらがなと、カタカナ。

 聖典とされる本がこうなんだから、多分やっぱり、漢字、無いんだよね。

 この世界。


 読みづらいなぁ。


 漢字かな交じり文で書き直したい衝動に駆られる。


 ……借り物の本だから、やんないけど。


 内容は、こんな感じだ。


 ――――――――――――――――


 まず、世界が存在して、後から二柱の神が成った。

 すなわち、法神である秩序の神メシアと、混沌神である無法神サイファー。


 二柱の神は、ただ在るだけだった世界という空間に、命が住まうべき大地を創り、海を創り、空を創った。

 そして様々な動植物を創造し、最後にこの世界の主人となるべき生物「人間」を創造した。


 そこで、その二柱の神の間に対立が起きた。


 メシアは「人は平等であるがゆえ、人がとるべき正しい道は事前にその創り手たる我らが決めてやらねば、平等であるがゆえ誰も決められず、混乱が起き、果ては滅亡に向かってしまう」と言い


 サイファーは「そうなったとしてもそれは我らの創り方が悪かっただけのこと。自由にやらせよ。それが人の行くべき真の道だ」と言った。


 ……人がやってはならないこと、つまり「罪」を設定することで、その二柱の神は対立したのだ。

 そしてそれは最終的に闘争に発展した。


 それぞれ、メシアは戦いの神オロチ、知恵の神オモイカネを生み出し、サイファーは姦淫の神マーラと、嫉妬の神タイラーを生み出し。

 争い合った。


 その間、オロチは人々に大切な人々を守るための術、つまり武術を教え。

 オモイカネは様々な生き抜く知恵を人々に伝授した。


 反対にマーラは様々な堕落を人々に教え、堕落を加速させるため、ノライヌをはじめとした様々なおぞましい魔物を創造。

 タイラーは世界を破滅に追いやる邪悪な思想を教え込み、人の世を乱した。


 神々同士の闘争は続き。

 最終的に、メシアはサイファーと。オロチはマーラと。オモイカネはタイラーと。

 それぞれ相撃ちになり、亡くなられ、魂だけの存在となられた。

 後の世界は我々人間のみが残された。我々は、メシアの目指したものを作り上げなければならない。


 ――――――――――――――――


 ……最初から世界があった、ってのが日本の創世神話と似てるな~って思って。

 わりと印象としては好きな話だった。

 やっぱ、神話を読むのは楽しいな。


 ……多分、元々私は読書好きの人間なんだろう。

 結構分厚い聖典なんだけど、もう、だいぶ覚えてしまうくらい読み返している。


 ひょっとしたら、この世界の一般的な人よりも詳しいかもしれない。


 特にノラ関係の項目については、完璧だと思う。

 ……襲われかけたこともあり、かなりじっくり、念入りに読み返したんだよ。

 だって、この世界では女の子は知ってて当然なんだよね?

 こんな感じだった。


 ――――――――――――――――


 ノライヌは、様々な種類がいる。

 それらをひっくるめて「ノライヌ」と呼んでいる。

 姿形は一般的な狼と酷似。


 ノライヌ:雑兵。知能は獣並み。

 ホブノライヌ:倍ほどの体躯を持ったノライヌ。知能はノライヌとどっこい。

 ノライヌシャーマン:マーラの奇跡を扱うことが可能なノライヌ。知能は人間並み。人語を話す。

 ノライヌロード:ノライヌを統率する最上位種。知能は高い。人語を話す。



 ノラウシは、牛の頭と屈強な成人男性の身体を持った魔物。

 人肉を好み、洞窟に住み着く。知能はあまり高くないが、その怪力は人間単独で太刀打ちするのは難しいレベル。

 言語は持たない。



 ノラウマは、二本足で直立歩行した馬と表現するのが一番近い姿をした魔物。マーラの奇跡を高いレベルで使いこなし、高い知能を有する。人語を話す。

 恐ろしく危険で、パーティで挑んでも危ない。


 ――――――――――――――――


 ノラウシって、ミノタウロスのことだよね……?

 そりゃ強そうだ。ギリシャ神話の怪物だし。


 ノラウマは……私はちょっと分かんないかな。

 これも神話由来だったりするのかな?

 私の元々の世界の。

 違うかもしれないけどさ。


 ノライヌはちょっと覚えがある。

 もちろん、イヌって言葉以外で。

 特に「ホブノライヌ」「ノライヌロード」って言葉に覚えが。

 出自は、ちょっと分からないんだけど。

 ……どこで聞いたのかな?


 で、「マーラの奇跡」って……

 魔法的なものが、この世界にはあるってことなの……?



 そんなことを、床で寝転がりながらぼんやりを考えていて。


 ふと、衝動に襲われてしまう。


 ……この知識を、漢字かな交じり文で清書してみたいと。

 私がボールペンを手放す選択肢を早々に消したのは、このためが大きい。

 売っても大した額にならないから、だけじゃなく


 この書きやすいペンで、重要なことを漢字かな交じり文で書き留めておきたいなぁ。


 そういう思いだ。

 というか、書きたい!

 書いて!読みたい!!


 漢字かな交じり文!


 ああああああああああああ!!!


 ……なにか、禁断症状が出てきてる。

 頭を抱えてゴロゴロしてしまう。


 ……ひらがなとカタカナばかりの文章読んでると、脳みそがトロケちゃいそうだよ!!

 漢字かな交じり文がこの世界に無いなら、自分で書くしかないじゃんか!!


 他の事は耐えられても、これだけは多分無理!!!

 これはきっと、私の譲れない事なんだ!!


 この世界、紙の値段ってどのくらいかな!?

 朝方にトイレに行ったとき、チリ紙を持たせてもらったから、そんなに高くは無いと思うんだけど!?


 あとペン!

 ボールペンはあるけど、できれば使いたくないし!

 この世界のペンが特に問題無いなら、そっちを使いたいよ!


 そのためには、まずお金!!

 ムジードさんや、お世話になった人に恩をお返しするためにも大事だけどさ、自分の望みを叶えるのにも必要だよね!?


 ムジードさんが戻ってきたら即仕事を探しに行こう!

 色んな意味でも、今やらなきゃならないことってそれだよね!?

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