第15話:敗者の宴
「ちょ、ちょっと待って!? 何この登録者数――」
料理対決の放送が終わった後、僕が食べ終えた皿を洗っていると、色々とパソコンを弄っていた瑠璃香が大声を上げてくる。
「な、何があったの!? 問題が起こったの?」
「どうしてお気に入り登録者の数が倍近くに増えてるの!?」
どうやら瑠璃香は自分のお気に入り登録者数が増えすぎたことに驚いているようだった。
「あー……。うん、よくあるよね、そのバグ……」
「ユキのはバグでも何でもないわよ!? これもユキの力? とんでもないわね……」
「……僕は特に何もしてないよ。瑠璃香さんには色々と助けてもらったからその恩返しができたら、ってコラボをしただけだよ?」
「それでもよ! 何か困ったことがあったら言いなさい! 私にできることなら手を貸すわ」
「それなら、一つ相談に乗ってもらっても良いかな?」
僕は先ほど、
「なるほどね。もうユキは収益化の許可が下りたんだ……」
「うん、それでどうしたらいいのかなって――」
「そういったことはまず担当さんに相談すると良いわよ」
「あっ、そっか。うん、わかったよ。ありがとう、瑠璃香さん」
「べ、別に大したことはしてないわよ。それに私の方こそありがとうね」
「僕の方こそ何もしてないよ。一緒にコラボできて楽しかったよ」
「……私もよ」
瑠璃香は小声で呟いて、すぐにパソコンの方へと振り向いてしまった。
それを見た後、僕は担当さんに連絡を入れようとスマホを見る。
すると、既に担当さんからの連絡が来ていた。
マネ :[おめでとうございます]
ユキ :[まだ何も言ってませんよ?]
マネ :[ユキくんのことならわかります。収益化の話をしていたときに明らかに食いついてましたからね]
ユキ :[うぅぅぅ……、なるべく平常心を保とうとしたんだけど……]
マネ :[そうですね。多分数人しか気づいていないと思いますよ]
ユキ :[気づいている人はいたのですね……]
マネ :[えぇ、ココネさんやユイさんはもちろん、カグラさんも気づいていましたよね?]
カグラ:[ユキの様子がおかしかったからね]
ユキ :[そ、それじゃあ、すぐにでも収益化の設定を――]
マネ :[いえ、それは記念放送にしてしまいましょう。ただ、ユキくんの予定を考えますと……少しココネさんと相談しますね]
ユキ :[わ、わかりました。では、僕はいつも通りにしておきますね]
マネ :[はい、いつも通りに配信してくださいね]
ユキ :[それは僕のいつも通りじゃないのですけど……。あっ、あと、温泉旅行の件ですけど――]
マネ :[もう予定に入れちゃってますよ? なしにはできないですからね]
ユキ :[わ、わかりました。旅行には行ってきます。その……十年後とかに――]
マネ :[日もこちらでとっておきます。来月の休日に]
ユキ :[うぅ……、早すぎますよ……]
マネ :[ユキくんが嫌がることは分かっていますからね]
ユキ :[えっと、当日はその……法事が――]
マネ :[会長に来月は特に何もないことは確認済みですよ]
ユキ :[か、母さんーーーー!!]
やっぱり僕はまだ担当さんを上回ることはできないようだった。
スマホを片手にその場でうな垂れていた。
◇◇◇
担当さんとの連絡を終えると瑠璃香が聞いてくる。
「お風呂を入れるけど、ユキは先に入る? それともあとから?」
「ぼ、僕はそろそろ帰――」
「この後も配信するんでしょ!? 逃がさないからね」
にっこりと微笑んでくる瑠璃香。
顔は笑顔なのだが、何故か有無を言わさないような迫力があった。
「そ、そんな、無理にたくさん配信しなくても……」
「むしろ、今がチャンスでしょ? せっかくのお泊まりオフなんだから寝るまで雑談配信は基本でしょ?」
「うぅぅ……、瑠璃香さんはすごいね。僕はいかに放送回数を少なくしようかって考えてるし……」
「もちろんよ。私はVtuberが好きだからね。何度も私自身励まされてきたの。だから、私もそうなれたらな、ってシロルームに応募したの」
瑠璃香が語ってくれたシロルームに応募した理由。それは奇しくも僕自身も思っていたことだった。
「あれっ、瑠璃香さんって『自分を見せないのは損失だ』とか『友達を作りたい』とか言ってなかった?」
「それはもちろんキャラ作りよ! 私のアバターは姫キャラなんだから、それなりに姫らしい姿を見せないと! あと友達を作りたいっていうのは私が言ったんじゃないから!」
「キャラ……か。瑠璃香さんももっと素直に自分を出してもいいんじゃないかな? ほらっ、たまに僕相手に出てるやつとか」
「で、出てないわよ!? でも、まさかユキに説得される日が来るなんてね……」
「か、カグラさんも僕のことをどう思ってるの!?」
「えっ? 人見知りで臆病なポンコツ犬?」
「うぅ……、当たってるから言い返せない……」
「でも……、そうね。わかったわ、次から思いっきり私を出していくから覚悟してね、ユキ!」
「えとえと、それじゃあ僕はそろそろ帰るよ」
「だから、何で逃げようとするのよ!? 逃がさないに決まってるでしょ!」
「だってだって……」
「ふふっ、この私を引き出したのはユキなんだからとことん付き合ってもらうわよ!」
――あれっ? もしかして、僕、余計なこと言っちゃった?
ヤル気になっている瑠璃香を不安に思いながら逃げる機会を失った僕は、結局彼女の家に泊まることになってしまった。
◇◇◇
結局風呂には瑠璃香が先に入り、僕が後から入ることになった。
瑠璃香のお風呂は意外と短めですぐに上がってきたのだが、少し濡れた髪と白のシャツと短パンというラフな格好に僕は直視できず、すぐに顔を背けていた。
「ユキ? どうしたの?」
瑠璃香は僕の態度が面白かったのか、少しからかってくる。
「べ、別に何でもないよ。そ、それよりも僕もお風呂に入ってくるね」
「えぇ、いいわよ。あっ、配信の準備をしておくからお風呂から上がってきたら、カグラって呼んでね。念のために」
「そっか……、万が一に音声が入るとまずいもんね。わかったよ。それじゃあ、行ってくるね」
僕は瑠璃香と別れて浴室へと向かっていった。
奇しくもそれが瑠璃香の罠だとは気づかずに。
◇◆◇
『《♯姫のご乱心 ♯敗者の宴》寝るまで雑談 《神宮寺カグラ/雪城ユキ/シロルーム三期生》』
2.2万人が視聴中 ライブ配信中
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【コメント】
:敗者たちの宴www
:草しかない
:段ボールが二つwww
:『敗者』って書いてあるねw
:片方は『入浴中』になってるな
:……がたっ
:どっちだ!?
:ユキくんかカグラ様か
カグラ:『みんな、さっきぶりね。シロルーム三期生、神宮寺カグラ、来てあげたわよ』
カグラは姿を表すとどこか自信ありげなその言葉遣いにリスナーたちが不思議そうにする。
【コメント】
羊沢ユイ🔧:うみゅ? カグラ、何かいいことあった?
:カグラ様が楽しそうだw
:敗者なのにw
:負けたことが嬉しい?w
猫ノ瀬タマキ🔧:カグラちゃん、虐められたいにゃ?
:やばい人がいたw
:いや、やばい猫だw
カグラ:『別に虐められたいわけじゃないわよ!? そ、それよりもこの段ボール、見えるかしら?』
カグラはにっこりと微笑む。
その隣には『入浴中』と書かれた段ボールが置かれていた。
そして、コラボ相手であるはずのユキは声すら聞こえない。
そこから導き出される答えは一つだけだった。
【コメント】
:ま、まさか
:ユキくん入浴中!?
:映像を! 映像をくれ!!
:ユキくんはぁはぁ
カグラ:『もうすぐ、お風呂上がりのユキが来るわよ。ユキからも寝るまで雑談の配信許可はもらってるからね。みんなで思う存分堪能しましょう』
カグラはすごく悪い笑みを浮かべていた。
【コメント】
:あれっ、今日のカグラ様、何だか黒いw
:みんながカグヤ様、カグヤ様って虐めるから
:あれっ、カグヤ様だった?
カグラ:『誰がカグヤよ!? 私は神宮寺カグラよ!』
ある意味持ちネタになりつつある名前弄り。
慣れてくれば逆に美味しいかもしれない。
リスナーからネタを提供してくれるので、こちらとしてはそれを正すだけで笑いが取れるのだから――。
カグラ:『それよりもそろそろかしらね』
カグラのその言葉とともに彼女の後ろから声が聞こえてくる。
◇◆◇
お風呂から上がって、服を着替えようとした僕。
しかし、つい先ほどまで、洗面所に置いていた僕の服はなくなっており、代わりにユキくんが着てるような白のワンピースが置かれていた。
それ以外に服はない。
これを着なければ、全裸で女性の前に立つ変態ということになる。
着たら女装をしている変態。
どっちがマシか……。
いや、何も着ないで全裸のまま瑠璃香の前に立つのはどう考えてもマズい。
まだ服を着てる方が犯罪的ではないか。
でも、女装……。
いや、とりあえず元の服を取り戻すまでだから……。
覚悟を決めた僕は置かれていた服を着ると、そのまま急いで瑠璃香のいる部屋へと向かっていった。
――そういえば、瑠璃香は配信準備をしているから、名前では言わないで欲しいって言ってたね。
瑠璃香はさっきのラフな格好のままパソコンを触っていた。
そして、喋る練習でもしているのか、画面に向かって話していた。
この辺りが瑠璃香のVtuberとしてのプロ意識、というものだろう。
僕にはないものなので、これは学ばないといけない。
カグラ:『それよりもそろそろかしらね』
練習の途中で申し訳ないとは思ったけど、瑠璃香に話しかける。
『えと、る……、か、カグラさん、その……僕の服は? 何故かワンピースに変わってたんだけど?』
【コメント】
:ユキくんきたァァァァァァ!!
:お風呂上がりユキくんはぁはぁ
:よし、俺もワンピースを着てくる
:俺も着てくる
:なんで持ってる?w
目の前にあるモニターが配信画面になっており、コメントが流れていることに気づくと僕の動きは固まっていた。
『えっ? ど、どういうこと??』
カグラ:『もちろん先に配信を始めただけよ?』
『えっ? えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?』
勝手に配信されていたことに驚いて、僕は思わず大声を上げてしまった。
◇◇◇
『も、もう、驚かさないでよ……。すごくびっくりしたんだから……』
カグラ:『こういったハプニングも必要でしょ? みんなに喜んでもらうには』
『うん、それはわかるけど……。あと、僕の服は?』
カグラ:『料理で汚れていたから洗濯中よ。明日には乾くと思うから、それまでは私の服で我慢してね』
『でも、流石にこの格好は恥ずかしいし、そのちょっとサイズは大きいかな……』
カグラ:『さすがに小柄なユキの体型に合う服がなかったのよ。後は寝るだけだから大きい分には問題ないわよ』
『そ、それもそうかな??』
【コメント】
羊沢ユイ🔧:ゆいも行く!!
真心ココネ🔧:わ、私も行きます!
猫ノ瀬タマキ🔧:私も行くのにゃ
美空アカネ🔧:なら私は一升瓶を持っていこう
:一升瓶wwwww
:ユキくんたちに飲ませたらダメだろw
美空アカネ🔧:ココママは飲めるでしょ?
:幼女に飲ませる鬼畜w
海星コウ🔧:アカネは回収してゴミ箱に詰めておきます
美空アカネ🔧:ひ、酷い
:ワンピースのユキくん、はぁはぁ
カグラ:『それにしても、本当に似合うのね。なんだか悔しいわね』
『に、似合わなくて良いよ!? ぼ、僕は――』
思わず男って言いかけたけど、なんとか言い留まった。
『僕は……、こ、子供じゃないからね!?』
なんとかおかしくない言い訳をできた気がする。
すると、カグラもそれを察してくれる。
カグラ:『そんなことないわよ。子供みたいに可愛らしいし小柄だし、同じ女として悔しいわね。なんでこんなに可愛いのよ』
カグラに髪をわしゃわしゃと触られる。
『わふっ……、さ、触らないで……』
【コメント】
:ユキくん可愛い
:ユキくんは小柄
羊沢ユイ🔧:うみゅ、ユキくんはゆいより小さいの
:アホ毛の分だけw
:ユイっちwww
カグラ:『さて、それじゃあ前置きが長くなってしまったけど、コラボ相手のユキくんよ。シロルーム、みんなの妹ね』
『ちょ、ちょっと待って!? いつの間にそんなこと決まったの!?』
カグラ:『今私が決めたのよ。でも、反対意見はないと思うわ』
【コメント】
羊沢ユイ🔧:うにゅ、ユキくんはゆいの妹
真心ココネ🔧:わ、私は飼い主ですよ?
猫ノ瀬タマキ🔧:犬は敵にゃ
美空アカネ🔧:おっ、妹か? パン買ってこーい!
海星コウ🔧:ちょっと、アカネ! それは違うでしょ? ユキくんが妹なのは私も賛成よ
:ばらけるwww
:みんな暴走するからなwww
カグラ:『多数決でユキくんはみんなの妹に決定ー! はいっ、拍手』
カグラが拍手をするとそれに呼応するようにコメント欄でも祝福の言葉が投げられる。
【コメント】
:888888
:888888
:888888
羊沢ユイ🔧:888888
真心ココネ🔧:888888
猫ノ瀬タマキ🔧:888888
美空アカネ🔧:ユージ888888
海星コウ🔧:888888
野草ユージ🔧:ちょっ!? 今来たら俺燃やされてないか!?
:ユージ草
:ユージ草
:ユージ草
『ちょっと、勝手に決めないでよ……。わふぅ……、ということで、知らないうちに妹にさせようと暗躍されているシロルーム三期生、雪城ユキです。段ボールハウスの中に籠もりますので探さないでください……。ふぁぁぁ……』
流石に立て続けの配信疲れが出てきたのか、小さくあくびをしてしまう。
そのあと、カグラのパソコンを少し弄って、ユキくんを段ボールハウスの中へ入れておく。
段ボールの茶色と屋根の赤色が目印の小さな家。寝転がってようやく入れるサイズ。
結構前からもらっていたのだが、今回が初お披露目だった。
そして、僕自身もカグラが先に準備してくれていた布団へと移動する。
【コメント】
:あくび助かるw
:ユキくん、隠れちゃった……
:怖くないよー、出ておいでー
:通報しました。犬のおまわりさんに
:あくび助かる
美空アカネ🔧:その家は冷暖房完備、防犯機能付きの最新段ボールハウスだよ
:とんでもない設定来ましたwww
:ユキくん、おねむ?
:頑張ってたもんね
『ぬくぬくするよ……。ふぁぁぁぁ……』
布団にくるまっただけのつもりだったが、急に眠気が襲ってきて、再びあくびをしてしまい、目もトロンと垂れてくる。
カグラ:『ユキ、もう眠い?』
『うーん、流石に今日は少し頑張りすぎたかな……。料理対決は結構長時間だったし、その前に記念配信もしたから……』
カグラ:『私のために無理させてしまったわね』
『そんなことないよ。僕がしたかったからしたことだからね……』
【コメント】
:まだ日が変わる前なんだけど……
真心ココネ🔧:ユキくん、おやすみ
羊沢ユイ🔧:うみゅー、もう寝る時間なのー
:おつー
:おやすみー
:登場五分で退場するユキくんw
:今日ユキくん頑張ったもんね
『わふ……、ご、ごめんね、みんな。僕は先に休むからカグラさん、あとはよろしく……』
カグラ:『仕方ないわね。なら後はユキくんの寝顔を存分に観察させてもらうわね』
『うん……』
そこで僕の意識は落ちていた――。
最後のカグラの言葉は耳に入らずに――。
そして、カグラの配信はいつしか僕の寝息を聞く配信になっていた。
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