十九日目・肆ノ刻『二人』
倒れたサクラノへ、まだ体が痺れているエドガーは地面に体を引きずりながらサクラノへと寄っていた。だがそこへ、また一つ大きな足音が響く。
「また……」
今度はゴリラのような巨大なモンスター。体長は軽々と十メートルを越えるだろう。
そのモンスターを前に、二人はなす術なく拳に潰されかける……が、そこへ剣での一閃がモンスターの腹を貫き、モンスターは呆気なく消失した。
「サクラノ、エドガー、生きているか?」
「リーフィア先生……」
絶望から安堵へと叩き上げられ、エドガーは何がなんだか脳が追い付いていなかった。
「サクラノは気絶しているのか」
と言いつつ、リーフィアは地べたで横たわっているエドガーへと視線を移した。
「なあエドガー。この洞窟に来て、お前は何を学べた?」
「こんなところにまで来て授業ですか」
「ああ。課外授業こそ、今まで知らなかった自分や仲間のことを知ることができるんだよ」
リーフィアはサクラノを背中に抱え、転がるエドガーの隣へとうつ伏せで寝転んだ。
エドガーは何をしているのかと驚嘆の眼差しをリーフィアへと向けるも、リーフィアはそんな視線は気にはとめていない。
「エドガー。君はサクラノについてどう思っている?」
「そんなの……今でも十分嫌いですよ」
「そうか。どんなところが嫌いなんだ?」
「一人で勝手に戦うところとか、一人で何もかもを背負って、それでも投げ出さないところとか、諦めればいいものを、自分一人さえ助かればいいものを、どうしてか助けてしまうところとか……」
エドガーは抹茶のような苦い笑みで、サクラノのことについて語る。
「サクラノは自分のことなんて考えないんだよ。だからあいつはいつまで経っても報われない……」
「君はどうしたい?彼女にどうなってほしいと願っている?」
「俺は……サクラノには今まで苦しみを味わった分、いや、それ以上の幸せを掴んでほしいんだ。サクラノは過去に何があったのか分からないけど、もう彼女を苦しませたくない」
リーフィアの首筋には、溢れだした雫が一滴、溢れ落ちた。
「そうか……。君たちの心は、本当に美しいな」
リーフィアは立ち上がり、エドガーの方を向いた。
「エドガー。勇者の道はこれから険しくなる。とても苦しく、時には振り返りたくなるほどに困難な道が待っている。それでもエドガーはーー」
「先生。俺は弱い自分を変えたかったんですよ。そんな時にこの勇者の場所へ招かれました。最初は授業とか色々嫌だなと思っていたんですが、ここでは皆それぞれの目標を抱えたものが集まっているんです。今さら後には退けませんよ」
「そうか。なら勇者エドガー、君はあらゆる不条理に負けるな。外の世界は、案外楽なものではないのだから」
リーフィアは何か知っているようにそう言い聞かせた。エドガーは拳を握り、弱さを実感した。
(まだ弱い。だからこそ、強くあらねば)
リーフィアはエドガーを両腕で抱えると、目の前にある土の壁へと歩み寄る。
「先生、行き止まりですよ」
「たとえそこが行き止まりであろうと、進まなければ強くなれない。だからこそ、そんな時は乗り越えろ。その壁を」
リーフィアは蹴りで壁を粉砕した。その先には眩しいまでの光が輝いていた。
「エドガー、サクラノ。目に焼き付けておけ。きっとこの景色が、最後の太陽になってしまうかもしれないからな」
昇り始めた太陽を見て、エドガーとサクラノは眩しさに目を覆った。だがそこから見える景色は美しく、だが手の届かないような、そんな景色であった。
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