眠りの王女物語
十五日目『眠りの王女物語』
「ねえパパ。私、大きくなったら皆が憧れる英雄になりたいんだ。皆が背中を託せるような、そんな英雄に」
ーーいつから忘れていたのだろうか?
私が魔法を求めたのは、私が強さを求めたのは、なりたかったからなのだ。世界一かっこいい、英雄に。
まぶたを開くと、そこに広がっていたのは果てしなく広い白銀の世界。その世界はとても美しく、そして眩しいものでもあった。その世界の中心で、私は静かに湖を眺めていた。
「ここで一生暮らせたら良いのに」
私は心の底からそう思った。
ここなら誰かが死ぬこともないし、私だけが苦しく必要もない。そうだ。もう苦しいのは嫌なんだ。
「だから君は、逃げるのかい?」
そう、私が私に問いかけてきた。
「仕方ないだろ。死んで初めて解ったんだ。あの時死んだ痛みよりも、今までの苦しみのようがよっぽど痛かった。つまり、死を望んでいたんだよ。私はずっと死にたかったんだよ」
「では、今まで死んでいった勇者はどうなる?これから死んでいく勇者はどうなる?」
「そんなもの知らない。私の知らないところで死んでいけばいいんじゃないの」
私だけが苦しむのはもう嫌なんだ。あの苦しみを味わうのはもう嫌なんだ。
「逃げるのか」
「逃げて何が悪い?誰だってこんな痛みはしたくないって、そう思っているはずだろ。なのに、どうして生きなければいけない?どうしてこんなに痛いまま、無意味に生きないといけない」
私は叫んでいた。問いかけてくるもう一人の私に、私は全力で抗っていた。
「だが、君はいつか救ってくれる者が現れるのだと信じている」
「違う。私は……」
「私は君の心の奥底に眠る感情や思いを知っている。理解している」
「私を理解できるのは私だけだ。そんな私を軽々しく理解できるはずがない」
「私は救われたいと思っている。たとえ目の前で何人死のうとも、たった一人の英雄を望んでいる」
「違う」
私は自ずと耳を抑える。
「私は誰よりも女の子だ。悲劇のヒロインになんてなるつもりはなかった。もっと童話のような、優しい世界に生きていたかった」
「やめろ。私はそんなんじゃない。私は……私は…………」
「良いじゃないか。ありのままの自分でいれば」
その言葉を投げ掛けられた瞬間、私の心の何かが動き出していた。
「ムーンアイ。今の私は、思っていた以上に
「私は…………」
「素直になりなよ。正直に生きようぜ。この世界はな、生きたいように生きている奴が、最強に自由なんだぜ。だからさ、そうめそめそするな」
私の涙を指で拭い、彼女は微笑んだ。
「やっぱ私は、笑っている時の顔が一番かわいいよ。ムーンアイ」
「だな。やっぱ私、生きてみるよ。またあの世界で、頑張って生きる」
「私ならできるぞ。誰よりも強く、そして誰よりも気高い私ならば、きっと……いつか救われるその時まで、まだ大空へ羽ばたけると」
ーー彼女はようやく目を覚ます。
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