宝物・前編
※ほうふしなこ様から頂いた作品の三作目になります。
今回はイリスの兄・ルーシュがメインのお話です。
偶に、思う。
真っ赤なその瞳は、一体何を見詰めているのだろうか―と。
夜が朝、朝が夜であるここは、人ならざる者の城。
だが、不思議と不気味に思えないのは、彼らに人が仕えているからだろう。
いつの頃からか、ここに住む彼らと人は、主従関係にある。
フォルトも、そんな人ならざる者に仕える一人だった。
今日も、幼い主の為に、首筋を差し出す。
「いただきまぁす」
フォルトの長く美しい金髪を命綱とし、よいしょ、と背をよじ登ってくる主の体重が、段々と重たくなってきているのは、恐らく気のせいではない。
重さに比例して、主の食事量は増えていた。
「ちょ、ちょっと…イリス様、もういいでしょう?」
「むぅ…まだぁ」
「そろそろ…立ち眩みが……」
「ふえ?」
「『ふえ?』じゃなくて…あ……」
この城の当主の娘イリスは今、初めての食べ盛りを迎えているらしく、世話係であるフォルトは、彼女の朝食後、大概貧血に陥った。
成長していることは喜ばしいが、比例して自分の血を大量に吸われてしまうことは、正直困ってしまう。
これじゃあ…また仕事が……
だが、いくら貧血になろうとも、仕事が捗らなくても、イリスを拒むことは出来ない。
主であるということも勿論だが、これは彼女にとって、大事な食事なのだ。
人が肉や魚や野菜を食べなければ痩せてしまうように、イリスは血がなければ、生きていけない。
この城には、フォルトの他に、仕えている人間が沢山いる。
しかし、イリスが他の人間から血をもらうことはないに等しい。
フォルトがイリスの世話係ということもあるのだろうが、唯単に、彼女が世話係に一番懐いているからだろう。
フォルト以外の血を、吸いたがることはなかった。
「ふぃ…おなかいっぱい。ごちそうさま」
「はい、よく出来ました……っ」
きちんと『いただきます』と『ごちそうさま』が言えたことを褒めてあげようと、フォルトがおんぶ状態になっているイリスを下ろそうとした時だった。
「うわっ」
「ふえ?」
重心が大きく傾いてしまい、イリスを背に乗っけたまま、フォルトは倒れそうになった。
血が足りないのか、踏ん張ることも出来ない―。
や、やばいっ…
イリス様が…!
そう思っても、体が言う事を聞かない。
景色が弧を描くように流れ―
そして、傾いたまま止まった。
誰かが、支えてくれたようだ。
安堵感から、息を吐く。
「た、助かった…ありがと……げっ!」
しかし、それは長く続かなかった。
蛙が潰れたような声を出したフォルトを、支えていた人物は口をへの字に曲げて見遣る。
「イリスに怪我させるつもりか?フォルト」
「お兄ちゃんっ」
「ルーシュ……ッ!」
嬉々としたイリスがぴょんとフォルトの背から降りた途端、この城の次期当主ルーシュは、妹の世話係を支えていた腕をパッと放した。
重力に反することなく、フォルトは尻餅をつく形で床に落ちる。
「ぃつぅ……」
差ほど床との距離がなかったから痛いだけで済んだが、いきなり手を放されたことには腹が立ち、次期当主でもあるルーシュを、フォルトは遠慮なく睨んだ。
だが、従者である自分に睨まれたぐらいで、目の前の人物が堪えことなどないことも重々承知していたから、溜息混じりに言う。
「帰ってたのか?」
「いたら悪いかよ?」
「い、いや…別に」
どうやら、主の兄上は機嫌が悪いようだ。
普段から赤い宝石のような瞳が、更に輝きを増しているように思えた。
先に、イリスを危ない目に合わせてしまったからだろうか、とフォルトは身を硬くする。
ルーシュとは主従関係にありながらも、いつもは遠慮も容赦もない物言いを互いにし合う間柄でもある。
それは、フォルトが幼い頃からずっとこの城で過ごし、今この歳になるまで、ルーシュから嫌がらせとも取れることをされてきたからだった。
反撃せねば、我が身が危ない―これが、主に仕える為の諸々の事柄と共に、フォルトが培った教訓でもあった。
しかし、どうも今日は分が悪い。
フォルトの本能がそう告げていた。
触らぬ神に何とやら…だな。
まあ、神とは縁のない奴だけど……
不機嫌さを隠そうともせず、ルーシュは従者を見下ろしている。
フォルトは睨み返すことしか出来ずにいた。
従者の精一杯な強がりをさらりと無視して、ルーシュは面倒臭そうにフォルトの腕を掴んだ。
「いつまでそうしているつもりだ?とっとと出てけ」
「は? 何言ってんだ? イリス様を放って、出て行けるわけ……」
「今日は俺がイリスの傍にいる。お前は邪魔なんだよ」
「え…何をいきなりっ…」
反論しようとしたフォルトを力任せに立たせたルーシュは、すぐ従者に興味をなくし、妹に向き直った。
その表情は、優しさに満ちていた。
「イリス、今日はずっと、俺が遊んでやるからな」
「わぁい!」
イリスが無邪気に喜ぶ。
フォルトのことなど、兄妹の赤い瞳には入っていないようだった。
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