第6話 打ち捨てられた屋敷
回り道を余儀なくされた俺達は、複雑に入り組んだ路地を攻略中だった。
この町では塀を高く作る習慣があるのか、たまたまそういう場所なのか、とにかく景色が一向に開けない。
「あー、こっちか?」
それでもなんとか方向を見失わずに進むことが出来たのは、普段従事している特殊な職場環境のせいだろう。
「なんだか、思い出しますね」
「そうだな」
サスファが言い、自分も同意する。
そもそも、住むところが既に迷路のようなものなのだ。同じような塔の群、似たような階段に部屋。迷いに迷って自室に帰れず愕然とすることもある。
誰もが一度はする経験のため、迷子を見付けたら道を教えるのは暗黙の
「俺なんか昔……。いや、やめとこう」
「え~、何ですか? 言いかけておいて、やめないで下さいよ」
うっかり口を滑らせかけ、慌ててつぐんだ。
「聞かなかったことにしてくれ。お互いの身のために」
「はぁ……?」
「身のため」とまで言われては追求するわけにもいかないようで、サスファは要領を得ないままに気の抜けた返事をした。
それに、会話を曖昧のうちに打ち切ったのには別の理由もあった。
「やっと出た」
ようやく迷路から解放されたのだ。家と家との間をすり抜けるような狭い通路から、大き目の通りへと出た。馬車でも走ることが出来る、ゆとりのある広さに安堵する。
ここはいわゆる居住区なのだろう。
ちらほら見かける人影も着の身着のままといった服装だ。表通りとは随分違っていて、まるで別の町に来たかのようだった。
「行こう」
「は、はい」
方向から推理するまでもなく、右へ折れる。視界が開けてみれば、すぐそばに目的の建物が確認できた。
居住区の中ではその屋敷もまた異質だ。
他の民家の三つ分ほどはある敷地に、無雑作に生い茂る木々。落ち葉や常緑樹が建物から日なたを奪い、巻きついた蔓が隙間を埋めている。
「廃屋っぽいのに……。これは誰かが出入りしてるな?」
鉄柵状の門に手をかけると、南京錠は外されていた。きしきしと音を立てて門が奥へと弧を描き、錆の匂いが鼻につく。相当古い屋敷のようだ。
「長い間、放りっぱなしになってるんでしょうか」
手入れが行き届いた城に住んでいる俺達にしてみれば、入りたいなどと決して思わない場所である。
それでも、イリスが居る可能性がある以上、回れ右は許されない。頷き合い、入り口を求めて進んだ。
赤い屋敷は、黒ずんだカーテンが締め切られていた。これでは中に一切の光が入らないばかりか、視線も遮断されてしまう。
「本当にこんなところにイリス様がいらっしゃるんでしょうか」
「入ってみないことにはな」
断定して欲しいような、それでいて否定を望むような口振りだ。未知の領域を前にして足が竦んでしまったらしいサスファに曖昧な受け答えをして、玄関の段を上がった。
靴の裏に感じていたものが、ふわふわと葉を踏みしめる感触から石の硬さに変わる。
扉に彫られた花の彫刻に手で触れてみた。ざらっとした粉っぽさは、吹き込んだ砂だろう。それから扉の鉄輪を掴み、違和感に気付いた。
「ん?」
「どうかしました?」
「扉は汚れているのに、取っ手は綺麗だな」
つるりとした金色の輪。長年の月日に、中身の素材が露わになってはいるものの、砂の不快感はなかった。誰かが近いうちに触れた証拠だ。
「入るぞ」
鍵がかかっていないことは予想済みである。開けると、ふわっと埃が舞い上がり、吸い込まないように上着の袖で口元を覆った。
思った以上に射光がない。暗さには慣れているはずの二人の目にも闇一色だった。
「うぅ、怖いです……。きゃっ」
扉が閉まる音に驚いたのか、サスファが悲鳴を上げて腕にしがみついてくる。
「あのな。俺達が暗いところを怖がってたら仕事にならないだろ?」
「ち、違います。暗いのが嫌なのではなくて、……だ」
「だ?」
呆れ顔で見つめるすぐ傍に彼女の顔があるのは感じるが、やはり可視には至らない。
空気が動いたのは彼女が身じろいだからで、何故だか息が上がっているらしい。
「誰かが」
いるんです、と聞こえた気がした。
「お前ら、何の用だっ」
知らないうちに、俺達は囲まれていた。
ぼうっとした赤みのある光があちらこちらに生まれ、それらが灯りを携えた子どもであることに気付いた時には、四方八方を塞がれている。
正面の階段にも左右の通路にも、入ってきた扉でさえいつの間にか押さえられて逃げ道はなかった。
「何のって、ただ……」
皆、この町の子らなのだろう。うっすらと
階段の踊り場にいた一人が再度声を張り上げた。
「何の用かって聞いたんだ!」
「出ていけ! ここはオレ達の秘密基地だぞ!」
別の子が言い、他から「バラすなよ」と小声で責め立てるのが聞こえる。そのやりとりにやっと我を取り戻し、改めて口を開く。
「なぁ、ここにイリスって子と、ディーリアって子が来てないか? 俺達はその二人を捜してここへ来たんだ」
子ども達がざわざわとお互いに囁き交わす。手応えアリだった。
最初に叫んだのがリーダーなのだろう。階段から下りて近寄ってきて、一度には踏み込まれない距離で止まる。表情までは読み取れないものの、日焼けした肌や生傷だらけの姿がぼんやりと見えた。
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