第511話 カリスト大司教の巡礼記 その2

「カリスト大司教、間もなく接岸するそうです」



「久しぶりに地面に立てますね」



 一行の乗る船が五国大陸に到着する事を一行最年少の聖騎士であるエクトルが、船室にいるカリスト大司教に知らせに来た。

 ひと月近く船の上だったせいで、その報告を聞いたカリスト大司教は安堵の表情が浮かべる。



「ここから陸路で五国大陸を縦断するんですよね? ウリエル大司教が立ち寄ったばかりですし、船に乗って外回りで通り過ぎてもいいと思うんですけどねぇ」



「ははは、エクトルはまだまだ若いですね。人により着眼点は違うものです。ウリエル大司教に見えていなくても、私の目には見えるものがあるんですよ。逆もまたしかり」



「はぁ……、確かにウリエル大司教の感性は特殊ではありますね。あまり話した事はありませんが、エルフなせいか浮世離れしているというか、違うものが見えていると言われて納得してしまいます」



 感心したように頷くエクトルに、穏やかな笑みを浮かべるカリスト大司教。

 ウリエル大司教は人の言葉の裏を読むのが苦手だからですよ、そう言ってしまうと大司教の威厳というものに関わるのであえて何も言わなかったのだ。



 荷物を持って甲板に出ると、栄えた港町が見えた。

 陸が近付いた事により他の乗客達も次々と甲板に出て来たので、聖騎士の三人はカリスト大司教を囲むように警戒を強める。



「とりあえず道々教会に立ち寄るのはもちろんですが、このトルニア王国ではウリエル大司教に頼まれたフェヌエルに会わないといけませんね。宮廷魔導師をしているそうですから、王都の教会経由で連絡を取ってもらいましょう」



「そういえばウリエル大司教が通信中にとても気にされていましたからね、初めてエルフの里を出たんでしたっけ」



 同行している聖騎士の中で最年長のアルフレドが周りを警戒しつつ、数日前に簡易通信魔導具で連絡を取っていた時の事を思い出しながら言った。



「現状を教えて欲しいとの事ですからね、事情が事情ですから心配になるのも仕方ありませんが」



 カリスト大司教達はフェヌエル達エルフが里を出た理由もしっかり聞いていた、賢者の英知についても。

 なんとなく気まずい空気が漂っていたが、船が接岸し、下船を促す船員が甲板から船内へと声をかけて回り始めたので一行は船を降りた。



 一行は港町の一画にある教会に立ち寄り、王都の教会に連絡を取ってもらうと、王都へ向けて出発する事になった。

 見送りに来た教会の司教にカリスト大司教が何かを囁くと、突然顔色を変えたのを目にした聖騎士達は首を傾げた。



 その教会では後日信者達が噂をすることになる、教会からお布施の要求が少なくなった……と。

 乗合馬車が港町を出発して数分後、好奇心を抑えきれないのか、あわてんぼう聖騎士のオラシオが口を開いた。



「カリスト大司教、さっきあの司教に何とおっしゃったんですか? なにやら蒼褪めていたように見えましたが」



 オラシオの質問に聖騎士だけでなく、諜報部隊の二人もわずかに身を乗り出して耳を傾けた。



「ふふっ、彼は一人だけ妙に上質な衣を着ていましたからね。それに少し歩いただけで息切れをする体格でしたので『四人目の賢者様のおかげで女神様の神託も届くようになりました、という事は女神様が我々の事をご覧になっていらっしゃるという事です。女神様の信者として相応しい行動をせねば魔導期のように神託だけでなく神罰も下るようになっているでしょうね』と言っただけですよ」



 そう言ってカリスト大司教は悪戯いたずらが成功したような笑みを浮かべた。



「ウリエル大司教は何も思わなかったんでしょうか」



 エクトルは若干がっかりしたように眉尻を下げている。



「ウリエル大司教は空気が淀んでいたり、困っている人がいればすぐに気付くでしょうけど、物の品質であったりあの司教のように一見人当たりがよくて優し気に見える人を気にするタイプではありませんからね」



「え? それって鈍……いえ、なんでもないです」



 本心の見えない微笑みを浮かべ続けるカリスト大司教に、エクトルは口をつぐんだ。

 時々こんな会話をしながらも、数日後には王都へと到着してフェヌエルと会う事になった。



 宮廷魔導師を招く事ができた切っ掛けとなった四人目の賢者と懇意の大司教という事もあり、トルニア王国から熱烈な歓迎をされて滞在先が教会から王宮へと変更になった一行。

 諜報部隊の二人はさすがに教会に留まる事になってはいるが。



 しかし、カリスト大司教達が王都に到着してから王宮へ行くまでの一日の間に、ウーゴとイサークの二人はさすが諜報部隊だと唸るほどの情報を仕入れて来てくれた。

 その報告を受けたカリスト大司教達は、漏れなく全員吹き出し、数分間誰も話せない状態となってしまった。



 ウリエル大司教から聞いていた事と話が違ったため、その事も確認する必要があると、四人ははやる気持ちを抑えながら今は王宮からの迎えの馬車に乗っている。

 馬車の中では時々吹き出してはカリスト大司教にたしなめられる聖騎士の姿に、迎えの使者は首を傾げた。



 そして通された上品で落ち着いた応接室で待っていると、麗しいエルフの青年が姿を見せた。

 ウリエルからの伝言と軽い世間話の後にいくつかの質問で、穏やかな時間と言っていいだろう。

 残るは最も聞きたかった質問だけとなり、カリスト大司教は心を落ち着かせるために小さく息を吐いた。



「あとひとつ……、こんな事を聞くのは聖職者としてどうかと我ながら思うのですが……。王都の噂で『四人目の賢者の仲間に性の賢者……ッ、ンンッ、がいる』と聞いたのですが、噂のきっかけはフェヌエル殿だとお聞きしまして。どういう事かお聞きしても?」



 話しながら途中で吹き出しそうになりながらも、カリスト大司教は頑張って質問した。

 聞かれたフェヌエルはなんて事ないかのように、軽く頷いて口を開く。



「うむ、娼館に行った時にこちらの希望を伝えた上で色々試させてもらったのだ。その時の娼婦が『どこでこんな知識を』と聞いたので『エルフの里で賢者アイルの仲間である『希望エスペランサ』のに教わった』と話しただけだ」



 フェヌエルの淡々と答える様子が余計に笑いを誘い、四人は吹き出さないように同時に腹筋に力を入れた。

 ちなみにこの事実が本人に伝わるのは、カリスト大司教一行がウルスカに到着してからとなる。

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