第488話 見つめる理由

 ジッと見つめられて目を逸らせずにいる間も、周りからの声は聞こえる。



「おい、アレ第三王子じゃないか?」



「まさか! 女の子口説いてるぞ?」



 え? 何!? 第三王子って同性愛者なの!?

 この人は第三王子なの!? それとも特徴のよく似た別人なの!?

 エドですら私に対して『美しい』なんて言った事がないのに、こんなにうっとりと私を見つめられたら照れてしまう。



「あ……っ、いた! おぅ……若様!!」



 今入って来た人、王子って言おうとしなかった!?

 迎えに来たらしい孫がいそうな年齢のおじさんと騎士数人に思わず視線を向けると、美形の男性はスルリと私の頬を撫でた。



「どうかその瞳には私だけを映しておくれ、これはきっと運命の出会いなんだ。知らなかったよ、黒い瞳は色彩がわかる程忠実に映し出すんだね。なんて美しいんだ……」



「「「「「「「ごふぅっ」」」」」」」



 固唾を飲んで見守っていた人達(リカルド含む)が一斉に吹き出した。

 ちょっと待って、どういう事!?

 視線を戻すとうっとりと見つめる男性。

 ………………あ。



「私の目は鏡じゃなーい!!」



 私は握られた手をペイッと振り払った。

 つまりこの若様はやはり第三王子で、リカルドが私に興味を持たないと言ったのは自分大好きナルシストだからって事だろう。



「さぁ若様、宿に戻りましょう。ここでの食事はまた今度に……」



「いいや! 私は黒い瞳の素晴らしさを知ってしまったんだ! 彼女以外に黒い瞳の者など……賢者サブローの子孫か……?」



「しかしトレド侯爵令嬢と婚約破棄したばかりで黒髪黒目とはいえ四人目の賢者様でもあるまいし、そのような素性もわからぬ者と……」



 なにやらゴタゴタと揉め始めたが、料理を持って戸惑っている女将さんに手を挙げて合図して運んでもらった。

 熱々のホワイトシチューには角切りのボア肉が入っていてとても美味しそうだ。



「…………今生きている賢者サブローの子孫で黒い瞳の者は全て男ですよ」



 う~ん、ボア肉はきっと別にしてじっくり煮込んだのだろう、口に入れるとホロリとほどけるように崩れた。

 パンをシチューに浸しながら頬張る私と違い、リカルドは食事どころではないようだ。

 親切にも勘違いしている若様(たぶん第三王子だろうけど)に残念なお知らせをしてあげていた。



 もしタリファスの王族がモステレスでウロチョロしてたらタイチやアデラも困っちゃうよね。

 サブローの子孫に黒髪黒目の女の子がいなくてよかった。



「そういえばサブローの子孫じゃなくても黒髪黒目の女の子は他にもいたねぇ、あむ」



 チキンソテーをナイフで切りながらポロリと漏らすと、若様はテーブルに身を乗り出すようにして私の両肩をガシリと掴んだ。



「それはどこだ!?」



 うっ、ナルシストだとわかっていても真剣な顔が美しい。



「モグモグ……ごくん。砂漠の国のナジェールだよ、パルテナ経由だと船でアリケンテ公国へ渡ってから陸路を一ヶ月かけて進んだところにある海沿いの国。そこでバナナを育てているお爺さんの後継者の女の子も黒髪で黒い瞳だったもの」



「よし! 明日はパルテナ行きの他にナジェール行きの船も出るんだったな!? すぐに手配しろ!」



「お待ち下さい! それより賢者サブローの子孫でないなら、そちらのお嬢様は四人目の賢者様なのではありませんか!? でしたらナジェールのような辺境の国ではなく」「言っておくけど、人の目を鏡代わりして自分の姿にうっとりするような男なんて願い下げだからね?」



 従者のおじさんが不穏な事を言い出したので、遮るようにキッパリと言ってやった。

 私の言葉にガクリと項垂れるおじさん。いや、むしろ受け入れてもらえると考える方がおかしいでしょ。



 結局、ナジェールに行く気満々の若様を追いかけてお騒がせな一団は出て行った。

 残されたのは呆気にとられて食事の手が止まった客達と、ムシャシムシャと食べ続ける私。



「やっぱりさっきのは第三王子だったんだね? 第三王子の噂ってどんなのだったの?」



「あ、ああ。タリファスで一番美しく、そのせいで己の美貌が大好き過ぎて、自分より美しくない女性とは結婚しないと言っているというのは知っていたが……どうやら婚約破棄したようだな。ん、美味い」



 私が話しかけた事で我に返ったのか、リカルドもやっと食事を始めた。

 同時に周りの人達にも賑やかさが戻っている。



「しっかし、黒い目の女がいいってんなら婚約者の事を気に入らないのも頷けるな」



「金髪に薄い空の色って話だったか? 結構美人だって聞くし、第三王子じゃなきゃ仲良くやれたんだろうなぁ。あのお嬢ちゃん……おっと、賢者様に第三王子がフラれてざまぁみろって思っちまった」



 婚約破棄は可哀想だけど、あんな変わり者の妻になるくらいなら婚約破棄されて良かったかもしれない。

 しかしリカルドはなにやら暗い顔をしている。



「どうしたの?」



「トレド侯爵令嬢とは子供の頃、母に連れて行かれたお茶会で何度か会った事があるんだ。年が離れているからあまり関わらなかったが、大人しくて可愛らしい令嬢だったよ。周りに嫌な事を言われていないといいんだが……」



「いやぁ、もう完全に第三王子が悪いから、同情はされても攻撃される事はないんじゃない? でもまぁ、どこにでも嫌な人ってのはいるもんね」



「特に社交界にはそういう人間が多いからな。侯爵令嬢のたしなみとしてかわし方は学んでいるはずだが。あ、女将、角兎ホーンラビットの煮込みとパンの追加を頼む」



「はいよ!」



 話しながらも忙しく店内を動き回る女将を捕まえて追加注文をするリカルド。

 令嬢の心配はしても食欲とは関係ないようだ。



 翌朝、乗船するために港へ向かった私達の耳には、第三王子がナジェール行きの船に乗ったという噂が届いた。

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