第473話 リカルドと二人旅

「ねぇリカルド、少しくらい転移で移動しても良いと思わない?」



 本当は私が可能な全速力で馬を走らせるつもりだったけど、王都を出て数時間後の今はカポカポとゆったりとしたひづめの音を聞いている。



「バレたら大変な事になるのはわかってるだろう?」



 私の提案にリカルドはジトリとした目を向けてきた。

 しかし私だってそのくらいの事わかっている。



「大丈夫だよ、隠蔽魔法使って移動してるって事にすれば。エドがトレラーガからエスポナまで十日で移動した実績があるから、三日分くらい短縮できるよね? そうだ! 馬に身体強化掛けたって事にすれば更に短縮しても疑われないんじゃない!?」



 素晴らしいアイデアに褒められるのではと期待を込めてリカルドを見たが、リカルドはジトリとした目のままだった。



「アイル、いくら俺達が早く移動しても、最終的に馬車と合流してから帰るんだからな? 孤児院の子供達も出入りしているから俺達だけ先に帰る事も出来ないぞ」



「それはわかってるよ、だけどホセ達は早く合流しようと急いで移動してると思うんだ。だから馬車がトレラーガに到着するまでに戻る為にも急いだ方が良いと思うの」



「…………はぁ、わかった。街道に人が居たら馬を走らせている姿を目撃させて、野営しながら移動した事にすれば誤魔化せるだろう。要塞都市エスポナで食料を買い込めば他の村や町に寄らずに移動しても不審に思われる事もないはずだ」



 根負けしたのか、リカルドはため息を吐いたものの了承してくれた。



「うん! それじゃあ常に探索魔法で人とすれ違うか確認するね、向こうが気付いてから走り出したら不審に思われるだろうし『探索サーチ』……。おっと、ここからしばらくは走り続けなきゃいけないかも、私達の前を走ってる馬車と向かって来てる馬車がいるの」



「そうか、ここまで馬達もゆっくり歩いて来たから走らせても問題無いだろう。俺が合わせるから、アイルは自分の全力で走らせていいぞ」



 リカルドはそう言ってニヤリと笑った、私が全力で走らせてもリカルドには勝てないと知っているからこその余裕だ。

 いいもん、別に馬で疾走しなくても私にはいざとなったら転移魔法があるもん。



「じゃあ止まっても大丈夫になったら手信号で知らせるね」



「わかった」



 これまで地道に覚えてきた手信号で、何とか会話できるくらいにまで成長している。

 依頼中に使う言葉限定だが、手話を覚えるようなものなので頑張った自分を褒めてあげたい。

 基本的に武器を持った状態でも会話出来るようにと、手話と違って片手な分組み合わせが複雑なのだ。



「じゃあ速度上げるよ~!」



 手綱を緩めて馬が走りやすいように、走るリズムに合わせて身体をコントロールする。慣れてない頃は跳ねるお尻にスライムシートがあっても辛かった。

 慣れた今ではおよそ時速五十キロくらいで走っても、スライムシートさえあれば完全に衝撃を吸収できる。

 ただ、体感速度は五十キロどころじゃないのでお尻がヒュンッてなるけど。



 舗装はされてないが、踏み固められた街道を走るとドカラッドカラッと迫力ある音が響く。

 そんな足音をさせた私達が向かって来るせいか、前方に居た商人らしき一団の護衛がこちらを向いて身構えているのが見えた。



 大丈夫だよという意味を込めて、笑顔で手を振って通り過ぎる。

 私を見ると驚いた顔で固まっていたので、私の事を知っている冒険者だったのかもしれない。

 姿絵とかも出回ってるらしいからね、私の無認可で。



 数組の集団とすれ違ったり追い越すと、探索に引っかかる人影が途切れた。

 リカルドに開いた掌を向け、指だけ曲げて握る。これが後方に居る人に向けて速度を緩めるという合図、ちなみに拳を握ると止まれという合図だ。



 片手とはいえ、この速度の馬上で手綱から手を離すのは恐怖でしかない。手を離せるのは一瞬なので、すぐに握り直して馬の走りやすいリズムに合わせるのを止めて速度を落として再びゆるゆるとした歩調で歩かせる。



 王都と要塞都市エスポナの間はどうしても馬車の往来が多い、今を逃したら転移するチャンスはあまり無いはず。



「リカルド、今なら転移しても見られないよ。この先はまた商会の馬車とか増えるから……ね?」



「まだダメだ、せめて要塞都市エスポナを過ぎてからにしないと目撃情報が照合される可能性もあるからな」



「ええ~? わざわざそんな事する暇人居るかなぁ?」



 王都にいつ到着するとかなら接触したい貴族とか商人が調べるかもしれないけど、帰りまで目撃情報を確認するような人居ないと思う。

 しかしリカルドは重く長いため息を吐いた。



「はぁ~~~……。アイル、自分がどれだけ特別な存在か忘れるんじゃない。……そりゃ普段のアイルを見ていると俺達も時々忘れそうになるが、いくつもの国から諜報員が来ていてもおかしくないんだからな?」



「はぁい。じゃあさ、ここから隠蔽魔法掛けて移動しようよ。実際ゆっくり進んでおいて、さっき目撃されたスピードでお昼に到着する辺りに転移するの。それなら驚かれるから隠蔽魔法使って移動してたって言い訳出来るよね!? 完璧な辻褄合わせ!」



 ドヤ顔で隣り移動してきたリカルドを見ると、しばらく空を見上げたあとに頷いた。何かを諦めたような顔に見えたのは気のせいだろうか。

 とにかく許可を出たので、私は張り切って隠蔽魔法を自分達に掛けた。

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