第379話 待っていたアルトゥロ

「アイル…? 今…」



 呆けた様にエドの口から言葉が漏れたと同時に、素早くエリアスがドアを閉めて背後からエドの肩を掴んだ。



「エドガルド、君は何も見てない、そうだよね? アイルはトイレから戻って来ただけだよ。考えてごらん、1週間くらい掛けてゆっくりトレラーガにアイルと旅をしながら戻るのか、すぐに帰ってまた数ヶ月…下手したら1年くらい会えなくなるか、どっちがいい?」



 ささやく様にエドを説得(?)すると、エドはコホンと軽く咳払いをした。



「アイル、お腹が空いているだろう? 朝食に誘いに来たよ、今日もたくさん移動するからしっかり食べておかないとね」



 爽やかな笑顔を浮かべ、流れる様な動作で私の腰に手を回してエスコートをする。

 どうやらエドは何も見なかった事にした様だ。

 そして朝食を済ませた私達は普段立ち寄らない町で宿を取りつつトレラーガに到着したのはウルスカを出発してから10日目の昼過ぎだった。



 エドを乗せているので住民用の門からサクッと入り、屋敷へと向かう。

 屋敷が見えた時点で小窓が開いて御者席のエンリケから声が掛かった。



「凄く怒った顔のアルトゥロが早足でこっちに向かって来てるんだけど、このまま屋敷まで進む? それともアルトゥロの前で止まる?」



「どうせ屋敷まで行くのだからそのまま進んでくれないか」



 そう言ったエドの目は泳いでいた、エドが放り出した仕事の皺寄せはアルトゥロが何とかしてくれてるんだもんね。

 私絡みだから少々申し訳なく思うが、やらかしてるのはエドなんだから本人に責任を取ってもらうしか無い。



「わかった」



 エンリケはそのまま馬車を進め、数秒後にはアルトゥロの声が聞こえた。



『ぜぇ…エドガルド様は…ハァ…馬車の中ですね?』



 息切れしながらも声変わりして低くなった声が聞こえた、低いのは声変わりだけが原因じゃないだろうけど。



『うん、ちゃんと護衛して来たよ、このまま屋敷の前まで移動させるね』



 少し馬車の速度を緩めながらエンリケが答えた、屋敷の前で停車するとエドは先に降りて手を差し出しエスコートしてくれたが、触れた指先が冷たい。

 一見穏やかに見えるが、かなり緊張していると見た。



「おかえりなさいませ、エドガルド様」



 凄いな、綺麗な微笑みなのに怒っているのがヒシヒシと伝わって来る。



「ただいまアルトゥロ、皆に変わりは無いかい?」



「ええ、エドガルド様の決裁待ちが日に日に増えて執務室に積み重ねられていたり、各支店から毎日の様に催促さいそくが来ている事以外変わりないですよ。急に飛び出して行ったのですから勿論もちろん今すぐ仕事に取り掛かられるでしょう? お客様方の案内は他の者にさせますので」

 


「あ、ああ。ではアイル、夕食の時に会おう。料理指導の依頼は出しておくからよろしく頼むよ」



 エスコートの為に繋がれていた手を持ち上げたかと思うと、指先に口付けて微笑んだ。

 余裕そうに見えるけど、内心かなり焦ってるんだろうなぁ。



「うん、エドはお仕事頑張ってね」



 エドがアルトゥロに連行されると同時にどこからともなくエロイ、イケル、パコの3人が現れて1人は馬車を移動させ、あとの2人が部屋まで案内してくれた。

 荷物だけ置いてすぐに1番広い私の部屋に集合したけれど。



「だけどさぁ、エドガルドってばあれから1度も転移について何も言わなかったよね」



 ストレージから取り出したコーヒーとクッキーで小腹を満たしながらエリアスが感心した様に言った。



「これでオレ達が帰る時になってからバラされたくなきゃもっと滞在しろとか言い出したらどうするんだよ、ムグ」



 最後の1枚にエリアスが手を伸ばした瞬間ホセが掠め取り、口に放り込んだ。



「あっ、僕が食べようとしたのに! そんなの転移がバレて堂々と使える様になったらトレラーガに寄ることは無くなるねって言えばいいだけじゃないか!」



「も~、おやつくらいで喧嘩しないの! ホセも意地悪しない! まだあるんだから欲しければ出すよ、だけど夕ご飯もちゃんと食べられる程度にしてね、はいどうぞ」



 眉を吊り上げて怒るエリアスに追加のクッキーを差し出しつつ仲裁した。



「しかし実際転移がおおやけになったらトレラーガに用事が無い限り来なくなるだろうな」



 自分も食べ足りなかったのか、リカルドがクッキーに手を伸ばしながら頷く。



「そんな事したらエドガルドが拠点をウルスカに変えたりして、あはは」



「エンリケ…シャレにならない事を言うのはよせ、エドガルドの場合本当にやりかねん」



 次のクッキーに伸ばそうとした手を止め、リカルドはヒクリと口元を引き攣らせた。

 確かにエドなら実行してもおかしくない、その場合ウチに入り浸ってはアルトゥロが怒りながら迎えに来るのが目に浮かぶ。



「う~ん、転移がバレたら国家間とか教会からの依頼で家でゆっくり過ごせなくなると思うんだよね。ウルスカに拠点を変えたとしてもアイルに会えなくなるだろうから、その事を言えば黙ってると思うんだよねぇ」



「確かに…どちらにしても公になった時点でエドと会う事は無くなりそうだね、エドが怪しい事言い出したらエリアスにそうやって説得して貰えば良いよね?」



「仕方ないなぁ、アイルの転移依頼ばかり来ても大変だし、貸しひとつって事で任されてあげるよ」



 エリアスに微笑みかけると、肩を竦めながらも了承してくれた。

 エリアスはエドの扱いも上手だし、これで安心かな、貸しひとつっていうのが引っかかるけど。

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