第376話 リカルドのハジメテ

「ああ、こうして手を握って貰って眠るだなんて、なんて幸せなんだ」



 私は今約束を守る為にエドのベッドの横で椅子に座り、リカルドはドアの横で腕を組んで立って壁にもたれて見守っている。

 私は懐中時計をポケットから取り出して時間を確認した。



「はい、じゃあ今から15分ね。子守唄も付けてあげるから目を瞑って寝る努力しないと、眠れなくても部屋に戻っちゃうよ」



「わかったよ」



 エドが素直に目を瞑ったのでベッドの端に座り直し、お腹の辺りを優しくポンポンと叩きながら子守唄を歌った。

 弟が小さい頃はよく歌ってあげていたので数種類の子守唄を知っているのだ。



「ふわぁ…」



 10分程経った頃、欠伸は目の前のエドでは無くリカルドから聞こえて来た。



「あ、リカルド眠かったの? 疲れてるのに付き合わせてごめんね」



「いや、アイルの歌が心地良くて眠気を誘われただけだ。続けてくれ」



 苦笑いしつつリカルドは肩を竦めた。



「確かにアイルの歌声は優しくて聞いていて心地良い。眠りに落ちるまで聴き続けたいくらいだよ」



 先程よりとろりと眠そうな目をしたエドが繋いだ手を引き寄せ、私の手の甲に口付けた。

 私の子守唄で眠そうにしてるなんて、ちょっとだけ可愛いと思ってしまうじゃないか。



「はいはい、だけどあと…5分で終了だよ。ほら、目を瞑って」



 懐中時計を取り出し、文字盤が見える様に開いたままベッドの端に置いた。

 そして私はエドが目を瞑ったのを確認して子守唄を再開する。

 そして約束の15分が経った。



「~♪…『睡眠スリープ』…ヨシ」



「ククッ、それは『ヨシ』なのか?」



「ヨシだよ、眠りに落ちるまで歌ったんだから。付き合ってくれてありがとう、部屋に戻ろうか」



 私はサイドテーブルに置いてあった鍵持って部屋を出ると施錠し、ドアの下の隙間から室内に鍵を滑り込ませた。



「良い夢見てるって言いたいところだけど、きっと魔法で眠ったから夢も見ずにぐっすりだろうねぇ」



「エドガルドは普段眠りが浅そうだからちょうど良いんじゃないか? セゴニアからの旅の間も誰かが起きると必ず目を覚ましていたからな」



「そうだねぇ、やっぱり長年の習慣なのかな。皆も結構テントで寝てる時は眠りが浅いし」



「それこそ長年の習慣というやつだろう、今でこそアイルの障壁魔法で安全に過ごせるが、以前はいつ盗賊や魔物が襲って来るかわからなかったからな」 



「エンリケはソロだったけど、どうしてたのかな?」



 話しながら部屋のドアを開けると、エンリケはまだ眠らずに起きていた。



「俺がどうかした?」



 ドアの前で話していたのが聞こえたのか、エンリケは首を傾げる。



「あのね、エンリケがソロで野営してた時は見張りとかどうしてたのかなぁって」



「ああ、それならひとりの時は普通に障壁魔法使ってたし、見られた場合は障壁魔導具を使ってるって言えば良いだけだからね」



「ん? 実際そんな魔導具あるのか?」



 今度はリカルドが首を傾げた、障壁魔法の魔導具って珍しいんだろうか。



「あるよ~、ただ魔導期の終わり頃には障壁魔法の使い手が少なくなって…ていうか、その頃に障壁魔法の魔法式の偽物が横行したから正しい魔法式を知ってる人が減ったんだよね。実際失われた魔法ロストマジックって言われる物はいくつかあるし。例えば睡眠の魔法なんかも悪用されやすいからって資格が無いと習えなかったりして、今じゃエルフでもほんのひと握りしか使えないと思うよ」



「「…………」」



 リカルドの視線が痛い。



「そっ、そうだね、障壁魔法なんかは魔法式が複雑だからちょっと間違っててもパッと見たくらいじゃどこが間違ってるのかわからないもんね」



 話を変えようと、障壁魔法の話に戻してみる。



「そうだねぇ、何度も使ってると慣れるけど、最初の数年は使うのに時間掛かったなぁ」



「時間が掛かるものなのか? アイルは最初からすぐに使えていたよな?」



 リカルドが不思議そうに瞬きを繰り返した。



「えっとね、魔法を使うのに魔法式っていう文字と模様が混ざった絵みたいなのを思い浮かべなきゃいけないんだけど、私はその全てを女神様に頭に入れてもらってるの。普通は自分でその絵を思い浮かべるけど、私はカードを選んで取り出す感覚に近いかな? 他の人は例えるならリカルドの実家にあった絵を自分で描けるくらい正確に思い出す様なものだね」



「アイルってばズルいよね~、俺なんか滅多に使わない魔法は忘れちゃってるのもあるからさぁ」



「忘れたのがあるなら教えるよ、必要な時は言ってね」



「うん、ありがとう」



「………アイル」



私とエンリケが話している途中から難しい顔をしていたリカルドが顔を上げた。



「ん? 何?」



「魔法というのは魔力があるだけじゃ使えなくて、その魔法式というものを覚えないと使えないという事か?」



「そうだよ、魔力自体は元々持ってるわけだし。ただ出口が無かったから魔法式と連動させられなくて魔法が使えなかっただけだもん。その魔法式も少しだけ出すのは殆ど文字だけだから簡単だけどね」



「少しだけ出す?」



「うん、例えば火種とか、ひと口分の飲み水とか、松明たいまつ程度の明かりとか…もしかしたらそれくらいなら今のリカルドでも使えるかもよ? ちょっと待ってね、この紙にこうして…っと」



 ストレージから筆記用具を出して光の魔法式を書き出した。

 リカルドは使えるかも、の言葉にソワソワし出して私の手元を覗き込んだ。



「へぇ、明かりを出すだけならこんなに簡単なんだな」



「初歩の初歩だからね。この魔法式を正確に指先に思い浮かべて、声に魔力を乗せて発声するんだけど、魔力の乗せ方がわからないと思うから補助するね。エンリケ、部屋を暗くしてもらえる?」



「わかった」



 エンリケは照明の魔導具を調整してうっすら人影がわかる程度にした。



「ちょっと魔力を誘導するから喉を触るね、…よし、「ライト」って唱えてみて」



 触れた喉からリカルドの心拍数がお酒を飲んだ時みたいに早くなってるのがわかる。



「ら…『ライト』…ッ!!」



 魔力の出口がまだ小さいのか、消した直後の蝋燭ろうそくの芯みたいな小さな光が見えて、リカルドはヒュッと息を飲んだ。



「まだ魔力の出口が小さいねぇ、だけど一応魔法が使える証明にはなったかな?」



「…………」



 返事が無い、しかも暗くてリカルドの表情が見えないので名前を呼んでみる。



「リカルド?」



「凄い…」



「え?」



「凄いぞ!! 俺が、この俺が魔法を使えた!! ありがとうアイル!! はははっ」



 エンリケが再び部屋を明るくすると私を抱き締めて持ち上げ、クルクルと回り始めた。

 出会ってからこんなにテンションの高いリカルドは初めて見た、密かに魔法にあこがれてたんだね。

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