第369話 開き直り

 翌朝、朝食の準備が終わった頃に玄関のドアノッカーの音が聞こえた。

 玄関に開けると予想通りエドが立っていたので食堂へと先に行って貰って私は2階に向かって皆を呼ぶ。



「朝ご飯出来たよ~!」



 次々にドアの開く音が聞こえて皆が部屋から出て来たので、食堂に戻って食事を並べて皆を待つ。



「このまま2人きりで朝食の時間を過ごせたら良いのに…」



 コーヒーやカフェオレをそれぞれの席に並べている私を眺めながらエドが呟いた。



「残念ながらそれは無理かもね、いつも朝食の匂いがしたら大抵誰かが起きてくるもの。そういえばここに来てから1人で食事する事なんて殆ど無いなぁ…」



 皆が深酒した翌朝か私が寝込んでベッドの上で食べた時くらいかも。

 休養日に出先で1人でお店に入っても、大抵は冒険者の知り合いが居て一緒に食べるもんね。



「アイルが私の妻になってくれたらそれが1番なんだが…、大切にす「朝っぱらから何口説いてんだよ。っていうか、何でコイツが朝から居るんだ? 部屋が無くて泊まれねぇはずだろ?」



「あ、おはよう皆」



 ホセを先頭に皆が食堂に入って来た。

 飲みたいから帰ってもらっただなんて本人エドの前ではさすがに言いづらい、何と言おうか躊躇っていると代わりにエドが答える。



「おやホセ、元気そうで何より。アイルが昨夜朝食に誘ってくれたからね、お邪魔しているよ」



 余計なひと言はともかく、間違った事は言っていない、私を心配して態々わざわざ来てくれた事を考えれば朝食くらい招待しても良いよね。

 ホセ以外は朝食を条件に帰って貰った事を知っているし。



「チッ、邪魔してる自覚があるんなら帰れよ」



「もうホセ! これでもエドは私を心配して来てくれたんだから意地悪言わないの!」



「………」



 注意するとホセは無言で私の隣に来た、私の隣がホセの席だからなんだけど、エリアスわくわくした顔でこっち見ないで。

 そしていきなり私の頭をワシワシと撫でてから席に座った。



「わわっ!? 何!? 今の何だったの!?」



「べつに…何でもねぇよ。食おうぜ」



「う、うん…? じゃ、食べようか、いただきます」



 ホセの謎の行動に戸惑いながらも食事を始める、エリアス残念そうな顔しないの。

 ホセのおかしい行動は頭を撫でただけじゃ無かった、皆が食べ終わる頃にホセがデザートの果物を要求してきたまでは普通だったのだが…。



「アイル、林檎食いてぇ、剥いてくれ」



「うん、わかった。他に林檎食べる人~?」



 3人が食べると言ったので、ストレージからお皿と果物ナイフと林檎を取り出して4分割にして皮を剥き、ホセに差し出した。



「はい、剥けたよ」



「ありがとう」



 するとホセは林檎を受け取らず、お礼を言って私の手から直接食べたのだ。

 そんな事は料理のお手伝いしていて手が塞がっている時の味見くらいだったのに。



「ん? どうした?」



 ポカンとしていた私とエドを見てホセはニヤリと笑った。



「ホセこそどうしたの?」



「お前が言ったんだろ、オレが母親像をお前に重ねてるって。だからオレがガキの頃母親にしてもらいたかった事をやってもらったらアイルに母親像を求める事も無くなるんじゃねぇかと思ってよ」



「そういえば子供時代に子供らしく過ごせてないと大人になった時に子供っぽさが抜けないとか聞いた事ある様な…。あれ? だけどホセは普通にヤンチャな子供だったんじゃなかったっけ?」



「けどよ、マザーは皆のマザーだから甘えたりはしてねぇよ。なぁ、ビビアナ?」



「そうねぇ、確かに甘えようとしても他の子達がいたから難しかったわね。だからその分この子はうんと甘やかしてあげたいわ」



 ビビアナは寂しそうに微笑み、その微笑みはお腹を撫でると穏やかなものに変わった。



「わかったよ! じゃあ甘えたければ甘えれば良いよ、その代わり叱る時もビシッと叱ってあげるからね」



 ふふん、と鼻を鳴らすとホセは肩を揺らして笑いながら頷いた。

 その時ホセとは反対側、お誕生日席のエドの方からゾワッとする気配がして振り向くと、にこやかに微笑みを浮かべていた。



「アイル、ホセを甘やかすというなら私も甘やかして欲しいな。母の顔はぼんやりと覚えているとはいえ、2歳くらいで組織に両親が殺されてからは組織の息の掛かった貧民街スラムで過ごしていたんだ。幸い可愛がってくれていた少女達は居たが皆10歳にも満たない子供ばかりだったから母親の温もりなんて殆ど覚えていないんだよ」



 お、重い…!

 しかもエドの小児性愛者ペドフィリアの原因の一端を知ってしまった、こんなのこれまでみたいに素直に変態だとののしれないよ!!

 そんな風に寂しそうに微笑むのとか卑怯じゃない!?



「うぐ…、わかったよ。ちょっとくらいなら甘えても良いけど、程々にね! だけどエドはトレラーガに帰らなきゃダメでしょう?」



「ふふふ、ありがとう。その事なら問題無いよ、昨夜の内に『希望エスペランサ』を指名して護衛依頼を出してもおいたから。来る時はかなり急いで来たが帰りはのんびり帰りたくてね、そうなると護衛は必要だろう? 馬車や食事を任せる分依頼料は高くしてあるんだ、勿論もちろん受けてくれるだろう? リカルド」



 大人しく宿に帰ったと思ったら、朝食を約束させただけじゃなく依頼まで出してたなんて、こんなところで有能さ見せなくても良いのに。

 私の転移があるからビビアナ達の食事は問題無いし、依頼料も高くしてくれてるなら断る理由は無いだろう。



「一応ギルドで依頼内容を確認させてもらうが、問題無ければ受けよう」



 リカルドの言葉を聞いて、ホセは苦虫を潰した様な顔をした。

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