第362話 秘密のお勉強会

 あれからおじいちゃんは先に冒険者ギルドから帰って行き、その翌日である今、私は娼館に来ていた。



 あれ? おじいちゃん仕事が早すぎない?

 昨日あれからすぐに娼館に聞きに行ってくれたんだろうか、それにしてもお店選びというか昨日1日で決めたって凄くない!?

 もしや私達が依頼で森へ行ってる間に娼館の常連になってた…なんて事は…。



「じゃあアタシの部屋へ行きましょ」



「あっ、ハイ!」



 悶々と考えていたら娼婦のお姉さんに声を掛けられた。

 今日の教師役のお姉さんは所謂いわゆるお茶引きというやつだ。

 大抵腰に妊娠可能の痣が浮かんでいる娼婦は避妊薬を飲んで客をとるが、数ヶ月に1度は服用をやめないと妊娠出来なくなるらしい、それで客のとれない娼婦が教えてくれる事になった。



「ここよ」



 通された部屋には先程まで漂っていたお香の匂いがしていなくてホッとする。

 そんな私を見てお姉さんは小さく笑った。



「ふふ、娼館の中には軽い媚薬効果のある香が焚かれているから匂いが気になったかしら? 昨日からアタシは休みだから部屋の中では香が焚いてないの。改めて…娼婦のナタリアよ」



「私はアイル、今日はよろしく」



 手を差し出されて握り返すと、ナタリアは軽く目を見張った。



「ふ、ふふふっ、女性の身体の事を教えてやって欲しいってお願いも変だと思ったけど、アイルも相当変わってるわね! 普通の女の子は娼婦に触れるのなんて嫌がるのに」



「いやぁ…、正直娼館が無くなると襲われる女の子が増えると思うから無いと困ると思ってるからね、ウルスカみたいに冒険者の多い町だと特に」



 クスクスと笑うナタリアに正直に言うと、更に笑われた。



「あっははは! さすが賢者様は言う事が違うわね! だけどその通りだと思うわ、ウチに来る客も大抵仕事終わりの冒険者だもの。さ、こっちに座って」



 お茶を飲む為だろうか、小さなテーブルと椅子が2脚あり、促されるままに座る。

 部屋の中はこのテーブルと大きなベッド、ドアが3箇所あるが、トイレとお風呂と自室だろうか。

 どうやらここの娼館では割り当てられた部屋で暮らしつつ客をとっているらしい。



「えっと…、知ってるみたいだけど、私はこの世界で育って無いから皆が当たり前に知ってる事を知らないの」



「ええ、支配人から聞いてるわ。大人の女性になる時に教えられる知識を知らないから教えてやって欲しいってね」



「あの、おじいちゃんって……ううん、何でもない…」



 つい気になったから口から出ちゃった、それでおじいちゃんがここに通ってるって聞いたら聞いたで複雑な気持ちになるからやめておこう。



「そう? とりあえず私の客として来た事は無いのは確実だから安心してちょうだい」



 茶色い目を細めてクスクスと笑いながらナタリアが言った、聞こうとした事を悟られてしまった、それってナタリアの客としては来てないだけという可能性も…。

 差し出されたお茶をひと口飲むと、気を取り直して聞きたい事を聞く。



「えっと、それじゃあ身体のしくみを教えてもらえるかな?」



「わかったわ、まずは身体が大人になるとお尻の上…腰のところに花の様な痣が出るのは知ってる?」



「うん、子供が出来やすい時に出るって聞いた」



「そうね、人によって多少周期は違うけれど大体ひと月くらいね。子供が欲しければ痣が出てる間に子作りすると良いわ、それでも必ず出来るとは限らないけど。逆に子供が欲しく無ければ避妊薬を飲むか……えっと、子作りの詳しい事は知ってるかしら?」



 もの凄く躊躇ためらいながら聞かれてしまった、私が成人してるのは知ってるんだよね?



「もう成人してるし、ヤり方とかは知ってる」



「そうよね、成人してるって聞いてたけど、どうにも見た目が幼いから心配になっちゃった。だけどこれはこれで需要は凄くありそうなのよねぇ、ここで働いたらあっという間に売れっ子になるかもよ?」



「冒険者が性に合ってるので結構です」



 手の平をナタリアに向けてビシッと断った、娼館なんかに入ったらエドの予約でいっぱいになりそうだ、むしろ身請けするとか言い出すと思う。



「あはは、本当に面白いわぁ、普通の娘さんが娼婦に誘われたら怒ると思うんだけど。えっと、どこまで話したっけ? そうそう、子供を作らない時だったわね、避妊薬を飲まないなられずに済ませるのが一般的ね」



「ッ!」



 危ない、いきなりストレートに来たから危うくお茶を吹き出すとこだった。

 とりあえず平静を装いながら頷く、ナタリアはそんな私を見てニンマリと笑うと続きを話し始める。



「子供が出来ると普段とは違う痣が現れるんだけど、それが妊娠してひと月経った時。そしてそこから痣が段々消えて行くの、完全に消えたらいつ産まれてもおかしくない状態ね。妊婦と一緒に住んでるのなら見せてもらうと良いわ、7枚の花びらがひと月に1枚ずつ消えていくのがわかるから」



「7枚?」



「ええ、そうよ」



 確か妊娠期間って10月10日とつきとおか …4週間をひと月と計算して40週間だったよね。

 36週から臨月で予定日の40週超えたら2週間以内に産んだ方がいいんだったっけ?

 あ、でも最後の生理の日から数えるはずだから、この世界で受精卵が着床した日からって考えたらひと月後に花びら7枚で大体同じになるのかな?



 保健の授業で習ったのなんて遠い昔だから着床とかその辺りの日数計算はよく覚えてないけど、多少の誤差は異世界だからって事にしておこう。

 獣人の成長なんてもっとデタラメだしね。

 その後もナタリアと話して部屋を出た、なんか見覚えのある冒険者と娼館内ですれ違ってギョッとされたけど。



「アイル、今日は話せて楽しかったわ。コレでお代まで貰っちゃっていいのかって思うくらいよ。アタシの方も勉強させてもらったしね? 今度は友達としてお話したいわね」



「うん、私も話せて楽しかった」



 後日、ナタリアが噂の売れっ子娼婦になったせいで私がおじいちゃんからジトリとした目で見られたり、私が娼婦になると冒険者の間で噂が立ったりしたのは別のお話である。

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