第340話 ステルス言い訳

ステルス言い訳……言い訳を言い訳と気付かれ無い様にさり気なく会話に入れるという、作者が今考えた造語。


◇◇◇


「ガ、ガブリエル…? アイルだけど…」



 私は夕食後、王立研究所ウルスカ支所に来ている。

 目的は一応ガブリエルにお土産を渡す事ではあるが、裏の目的としてはご機嫌取りだ。

 そう、ラーメンスープの研究をしていたのがバレリオだと知ってしまったガブリエルがショックを受けた様なので少しでも誠意を見せる為にに来たのである。



 もう暗いからとリカルドには止められたけど、探索魔法と身体強化を使う約束で1人で研究所の住居階にやって来た。

 探索魔法のお陰でガブリエルが動揺しているのが手に取る様にわかる、それ程挙動不審な動きをしているのだ、やはり会うのが気まずいのだろうか。



 スープの件はぶっちゃけ開き直ってしまえばガブリエルは何も言わないだろう、しかし流石にそれをやってしまうと人としてダメなやつだ。

 ガブリエルは室内で3往復くらいウロウロしてからそっとドアを開けた。



「アイル…、お帰り」



「ただいま、お土産渡しに来たよ。入っていい?」



「うん、どうぞ」



 初めて入ったガブリエルの住居は、適度に雑然とした落ち着く部屋だった。



「夕食はもう食べたの?」



「いや、面倒になって今日はもういいかな~と思ってたとこ」



「えぇ!? もしかして今までもそんな風に食事抜いてたの!?」



 もしかして研究者って夢中になって食事抜く事に慣れてるから平気なんだろうか、一緒に旅してる時はあんなに食事を楽しみにしていたというのに。



「1日くらい食事しなくても死なないしね、研究所ではよくある事だよ」



 やはりいつもよりガブリエルがよそよそしい様な…、よし、さり気なく、さり気なくあの話題に触れるんだ、私!



「じゃあここで新作ラーメン作るよ、前に食べさせたやつは私とバレリオのだったけど、今回のはバレリオが1人で作ったスープなんだよ。そういえばこのスープ保存する為にガブリエルが凍らせてくれたんだってね、ありがとう」



がっさく…?」



「うん、何時間も煮込まなきゃいけないから私には時間が無くて…、だからレシピを教えて途中までバレリオにお願いしたんだ、味を整えて完成させたのは私だよ」



「なぁんだ、そうだったんた…」



 スープの味が完成されていたら手を出さなかったなどとは言うまい…、そういう意味ではあの時のスープが未完成で良かった。

 ホッとして嬉しそうに笑うガブリエルに少々罪悪感を感じながらも、ストレージから替え玉として茹でておいた麺のストックと、バレリオから分けてもらったスープ、今回は焼豚チャーシューの代わりに厚切りハムとネギをトッピングした。



「はいどうぞ。お土産はクラーケンっていう海の魔物なんだけど、ここで作って良い? 素材のままよりすぐに食べられる方がいいでしょ?」



「えっ!? 今から作ってくれるのかい!? 私の為に!?」



「え? う、うん。この料理は作らないとストックも無いから…」



 今目の前でラーメンも作ったはずなのだが、どうしてこんなに嬉しそうなんだろう。



「台所は好きに使って! ふふっ、嬉しいなぁ、私の為だけに作ってくれるなんて初めてだよね」



「そういえばそうかも、いつも皆の分とまとめて作ってるもんね。ガブリエルが私の為に作ってくれた事はあったのに」



「ああ…! アイルが熱を出した時に作ったたまご粥の事だね。あの時は喜んでくれて嬉しかったよ…。う~ん、いい匂いして来たね、ラーメンの匂いに全然負けてない」



 ジュワァァという音と共に、バター醤油の卑怯なまでに食欲をそそる香りが部屋に充満している、換気扇はあるのだがすぐには消えないだろう。

 ラーメンを食べていた箸を止めてスンスンと香りを堪能たんのうするガブリエル。



「でしょ!? 教会本部への道中の宿の厨房借りて作ったら評判になって行列も出来たんだから! コレが独り占めできるなんてお客さん運が良いよ~、召し上がれ!」



「あはは、いただくよ」



 私のお巫山戯ふざけに笑いながら箸を伸ばしてひと口食べとると、カッと目を見開いた。



「アイル、これは白米かお酒のどちらかが必要だと思うんだけど」



 キリッとした真剣な眼差まなざしでガブリエルが言うと、私も神妙な顔で頷いた。



「それは私も激しく同意だよ。ここはお米で出来たお酒というのが正しい選択だと思うの」



 清酒を取り出し、お猪口ちょこ注ぐ、ネックレスをストレージに収納してガブリエル向かいに座ると、お互いお猪口を掲げてクイッと飲んだ。

 大丈夫、お猪口で3杯だけなら絶対酔わない量だし。



「んん~っ、凄く合うね、食べ物関係でアイルの選択に間違いは無いね!」



「ふふふ、それ程でも…あるよ! そういえばガブリエルとサシ飲みも初めてだね、私が飲むのは大抵『希望エスペランサ』の皆が居る時だもん」



「それはアイルが酔っ払っちゃうからでしょう? 酔うまで飲まなきゃ良いのに」



「お酒を飲むのは美味しいからっていうのもあるけど、ふわふわしたあの気分になる為なんだよ。そしてふわふわしてきたら正しい判断力が無くなってるものだからね。酔ってる私は酔っ払いという生き物であって私じゃないの」



「そのふわふわした気分はホセの説教と引き換えにしても良いくらいのものなんだね」



「うぐ…っ」



 クスクス笑いながら放たれた言葉に思わず胸を押さえる私。

 その時ドアを引っ掻く様な、ノックの様な音が聞こえた。

 さっきからフラフラと部屋に近付いて来てる人が居るのは気付いてだけど、各自の部屋から出てきたみたいだった。



「誰だろう? 私の部屋に訪ねて来る人なんてそういないの…に…」



 あ、自分で言って傷付いてる。

 ガブリエルがドアを開けると、ここの研究員がお腹を押さえて並んでいた。



「所長…、なんの嫌がらせですか…!」



「そうですよ、こんな…こんな美味しそうな匂いを撒き散らすなんて!」



「さては噂の賢者様の料理なんでしょう!? 嗅いだ事の無い匂いですもの!」



 室内に居る私にも訴えと共に激しいお腹の音が聞こえて来た、どうやら廊下どころか他の部屋にまで匂いが広がっていたらしい。

 私はため息をひとつ吐くと、諦めてネックレスを付けなおして追加のイカ料理を作り始める。



「はぁ…、入っていいよ、が手料理を振る舞ってくれるみたいだし」



「「「ありがとうございます!!」」」



 料理を出すと皆細いのに体育会系男子学生もかくやという勢いで食べ始め、明らかに栄養が足りていない顔色の研究員達にストックの料理も出してあげたら崇拝されてしまった。

 そして研究員達が満腹になって立ち去ると、ガブリエルがポツリと呟いた。



「そういえば彼らが仕事の件以外で私の部屋に来たのって初めてかも…」



「それじゃあ前よりちょっとは仲良くなったって事じゃない?」



「そうだったらいいんだけどなぁ…」



 嬉しそうに言うガブリエルに餌付けの威力って凄いよね、とは言えずに帰路についた。

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