第308話 貧民街の親子

「ごめんなしゃい、おとうしゃん…。うごけなくて間に合わなかったの…」



「父さんが居なかったせいだ、ごめんな…」



 ベッドの横に倒れていたのは虎獣人の幼女、足が不自然な形に曲がっていて、巻かれた包帯からは血が滲んでいる。

 どうやらトイレに行きたかったけど怪我でまともに動けなくて漏らしてしまった様だ。

 恐らくトイレに行こうとしてベッドから落ちてしまったのだろう。



「『洗浄ウォッシュ』『治癒ヒール』」



 おしっこにまみれた娘を躊躇ためらいなく抱き上げた男には好感が持てた、未遂とはいえ私達を襲おうとしていた件について制裁を…と思っていたが、ゆるしてやろうと思うくらいには。



「え? は? 何が…」



 突然お漏らしの被害にあっていたベッドも、本人も、抱き上げた男についた分も汚れも臭いも無くなったせいで戸惑う男、そして…。



「おとうしゃん、あし…いたくない…」



 不思議そうに首を傾げる幼女ダフネ、父親を押しのけて抱き上げたい衝動に駆られるが、そこはさすがに自重じちょうした。

 変態エドでも人前では取りつくろえるんだから私が暴走するのはダメだろう。



「何だって? 足が…治ってる…!?」



「その為に私達を連れて来たんでしょう? ダフネはお腹空いてる?」



 近くにしゃがんでダフネと目線を合わせた。



「すいてる!」



「じゃあ一緒にご飯食べようか。ホセとビビアナも今日はストレージの食事でいい?」



「いいわよ、アイルの料理ならいつでも歓迎よ」



「オレは肉な、肉出してくれ」



「わかった、そこのテーブル借りるね。『洗浄ウォッシュ』」



 部屋全体が小汚い感じだったのでテーブル周りをまとめて洗浄してやった、椅子は三脚しか無かったのでストレージから外で食べる時用の椅子を出して座った。



「おい、椅子がひとつ足りねぇんじゃねぇか?」



「おいでダフネ、何が食べたい?」



 ホセの言葉は聞こえないフリして自分の太腿をポンポンと叩くとダフネがトコトコ近付いて来たので膝の上に座らせる、ホセがジト目を向けて来るけど気にしない!



「えっとね~、おにく!」



「そっかぁ、じゃあ食べやすい様に唐揚げが無難かな? ダフネのお父さんも座ったら?」



 そう言ってストレージからどんどん唐揚げやスペアリブ、角煮などをテーブルに並べていく。



「な、な、な、何者なんだあんた…!!」



 え? 今更?



「何者って賢者だよ、じゃなきゃどうやって孤児院の子供達を治したと思ってるの?」



「てっきり上級ポーションでも持っていたのかと…、孤児に使うくらいだから娘にも使ってくれるかと思っ「おいし~い! おとうさん、コレすごくおいしいよ!」



 口の周りを油でベタベタにしたダフネが満面の笑みを父親に向けた。



「は、はは…、そうか、良かったなぁ」



 フラフラと歩いて来て私の隣に座ると、膝に両手を置いて頭を下げた。



「ありがとう…! ダフネは去年病気で死んだつがいだった妻の唯一の忘れ形見なんだ、先日馬車にかれて動けなくなったが治癒師にも二度と歩けないと見放されて…ッ、本当にありがとう!!」



「おとうさんないたらだめよ、おいしいのたべたらげんきになるよ」



 ダフネは父親が顔を上げた瞬間、フォークに刺した唐揚げを口に押し付けた。

 泣き笑いの顔で口を開くと無遠慮に唐揚げが押し込まれる。



「んぐ…っ、もぐもぐ…んんッ、何だこりゃ、美味うめぇ!!」



「おとうさんげんきになったー!」



「良かったねぇ、いっぱい食べて良いからね。うふふ、お口ベタベタになってるよ~」



 油まみれの口の周りをハンカチで拭き取る、さっきから嬉しそうにクネクネと動くダフネ尻尾が腕や足に当たって幸せ、本当は指で輪っかを作って尻尾を根本から先まで撫でたいけど我慢よアイル。

 ホセとビビアナはそんな私に諦めたのか、何も言わずに自分達の食事に集中している、そしてダフネの父親も。



 テーブルにはパンとおにぎりと中華まんの皮が具を挟む用に二つ折りになったものも置いてある。

 唐揚げでダフネの口周りがこんなに大変な事になっているのだ、角煮を食べたら更に大変な事になるだろう。

 という訳で角煮を皮に挟んで差し出す。



「ダフネ、こっちも食べてみて、白いのはパンとはまた違って美味しいよ」



「うん! はむっ、…もぐもぐ、んん~! おにくおいしい!」



 ああ、うん、やっぱり肉が主役か。

 もうどっちでもいいや、この膨らんで動くプニプニほっぺが可愛いから。

 自分も食べながらダフネをでる、この光景でご飯三杯いけるってもんだよ。



「すまねぇ…、治して貰っただけでなく、こんなに美味ぇ飯まで…。その日暮らしで謝礼も払えねぇけど、俺に出来る事があるなら何でも言ってくれ!」



「う~ん、2日間だけ今日の事を秘密にしてくれれば良いよ。明後日にはこの国を出るからそれまで騒ぎにならなければ良いだけだから。後は出来るだけダフネと一緒に過ごしてあげてね」



「もちろんだ! だけどそれだけで良いのか?」



「……もちろんよ」



 さすがにこの雰囲気で獣化してモフらせてとは言えないもんね、決してホセがジト目を向けてるせいじゃないんだから。

 いいんだ、ダフネの可愛い笑顔も見れたのが何よりのご褒美だよ。

 食事を済ませて私達は手紙を届ける為にも出発する事にした。



「元気でね、このクッキーあげる、ご飯の前には食べちゃダメだよ?」



「わぁい! おねえちゃんありがとう!」



 しゃがんでダフネにクッキーをひと包み渡すと、首にギュッと抱きついてきた。

 ふわふわな感触のほっぺが頬に触れて思わず抱きしめ返してスリスリと頬ずりするとガシッと大きな手で頭を掴まれた。



「行・く・ぞ?」



「はい…」



 素敵な時間は秒で終わってしまった…、ダフネの父親が何とも言えない顔で見ているが、笑顔で手を振り家を出た。



「忘れ形見…か…、オレも親父にとっては忘れ形見って事になるんだよな…」



 貧民街スラムを歩きながらホセがポツリと呟いた、どうやらさっきの親子を見て思うところがあったらしい。

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