第290話 偶然か、必然か
アンヘルの父親がホセを見た瞬間息を飲んだのがわかった、アンヘルはそんな父親の様子に気付かずポーションの入った瓶を掲げて駆け寄る。
「父さん! 賢者様だよ! 助けてくれたアイルが賢者様だったんだ、ほら、俺が採って来た薬草でポーションを作ってくれたから母さんは助かるよ!」
そう言ってポーションの入った酒瓶を押し付けた。
お酒の銘柄が書かれたラベルを見た時の何とも言えない表情は私がやらかした時のホセとよく似ている。
「ポーション…?」
アンヘルの父親はそう呟いて中の匂いを嗅いだ、ちゃんと洗浄魔法で綺麗にしてあるからアルコール臭は一切しないはずだ。
ひと嗅ぎして目を見開いた、どうやらポーションだとわかったらしい。
それにしてもさっきのリアクションが気になる、まさかホセの父親だった…なんて事ないよね!?
年齢的には父親でもおかしく無い、40歳前後に見えるし。
でも確か獣人は母親の性質を受け継ぐはずだからアンヘル達は犬獣人だし、ホセのお母さんは元妻とか!?
「えーと、賢者様…? 先にポーションを妻に飲ませて来るので後で改めてお礼を言わせて下さい。失礼します」
「あっ、ハイ。多く作ったので飲ませる量は調節して下さいね、あと貴方も移ってる可能性があるので飲んでおいて下さい」
「はい、ありがとうございます」
グルグルと考えていたら声をかけられた、どうして賢者の後に疑問符が付いていたのだろう、あ、また無意識に下の子を抱き上げてたから?
それにしても綺麗な姿勢の礼だったな、各国で見た騎士みたいに…、だからついこっちも敬語で返しちゃったよ。
『オリビア! 良かった、治ったんだな!』
奥の部屋から嬉しそうなアンヘルの父親の声が聞こえて来た、どうやら無事に治った様だ。
「よ、良かった…!」
父親の声を聞いてアンヘルが腰を抜かした様にへたり込んだ、そんな兄の様子を見て弟くんはぱちくりと目を瞬かせた。
「おかあさん…なおったの?」
コテリと首を傾げて言う可愛過ぎる姿に私もへたり込みそうになったが、抱っこしてるので根性で持ち堪える。
「そうみたいだね、もうお母さんの病気は治ったみたい、良かったねぇ」
「うわぁ…、やったぁ!」
弟くんはそのまま私の首に抱きついてきた、パタパタと
さりげなくそのままスリスリと頬擦りしていたらホセに頭を掴まれた。
「おい、いい加減にしろよ。お前エドガルドの事言えねぇからな?」
「な…っ、失礼な! 私のはただの子供好きなだけだもん! エドとは違うからね!?」
「
「はぁい…」
渋々柔らかほっぺを離して弟くんを降ろした。
そんな遣り取りをする私達に遠慮がちに声が掛けられる。
「あの…、ポーションを頂いたそうで…、ありがとうございます」
振り返ると優しそうな犬獣人の女性…アンヘルの母親だろう、そして夫で父親の男性が立っていた。
「いえ、薬草を採って来たのはアンヘルですから」
視界の端にホセの揺れる尻尾が見えた、まさか…。
私は慌ててホセの袖を引いてヒソヒソと耳打ちをする。
「まさかとは思うけど、犬獣人にも同族みたいに惹かれたりするの!?」
「ばぁか、しねぇよ!」
「あぅッ」
ビシッとデコピンされて思わず
「ちなみにここにいるのは全員獣人だからお前の声は全部聞かれてるぞ」
「へ!?」
呆れた目を向けられて周りを見回すと、弟くん以外は苦笑いしていた。
ヤバい、顔が熱い、凄く恥ずかしいんですけど!?
「あ、う…、し、失礼しました」
「うふふ、こんなオバさん相手にそんな心配して貰えるなんて光栄だわ。アンヘルも助けて頂いたとか、お茶を淹れますから座って下さい」
促されて椅子に座り、お茶を飲みながらアンヘルとの出会いから経緯を話した。
死にかけた事を聞いた時はお母さん…オリビアは泣きそうになり、もう無茶はしないとアンヘルに約束させていた。
お礼に食事をと言われたが、護衛依頼の途中である事を告げてお断りした。
是非とも弟くん…セルヒオをお膝に抱っこでご飯を食べさせたかったが、これ以上カリスト大司教達を待たせる訳にはいかないし、断腸の思いで諦めた。
「それじゃ行こうか、ホセ」
「ああ」
私達が立ち上がると同時に、アンヘルのお父さん…ベルトランがガタンと椅子を倒して立ち上がった。
その顔は驚きに染まっている。
「ホセ…? 今ホセと言ったか? 年齢は?」
「あ? 20…、あ、もう21になったか」
「え!? ホセの誕生日過ぎちゃったの!? いつ!?」
「正確には知らねぇけど、夏だってよ。孤児院に到着した時までお袋が生きてたから聞いたらしい」
ホセの言葉にベルトランの目から涙が流れ落ちた、その場の全員訳がわからず戸惑っていると、指で涙を拭って顔を上げた。
まさか本当にホセのお父さんなんだろうか、無意識に父親だと感じ取ったから尻尾が揺れてたとか…あるかもしれない。
ドキドキしながら言葉を待つ。
「すまない…、匂いと見た目からもしやと思っていたが…、産まれたばかりの姿しか知らなかったから確証が持てなかった、しかしホセという名前と年齢的にも間違い無いだろう。私は……君の伯父だ」
「は…!?」
ホセが間の抜けた声を上げた。
「あなた、それ本当!?」
「ああ、私と似ているだろう? ホセは私の妹の子だ、ホセだけでも生きてたんだな…、良かった…。今は護衛依頼の途中だと言っていただろう、依頼が終わったらまたこの村に寄ってくれないか? 詳しくはその時話そう、ホセの話も聞かせてくれ…君の知ってるベアトリスの事も…」
「………わかった」
ベアトリスというのはホセのお母さんの名前だろう、再訪の約束をして私達は馬車へと戻った。
カリスト大司教達には無事にポーションを渡して治療出来た事を伝え、様子のおかしいホセに気付いた仲間達には個人的な事だからとその日の宿に到着してから説明した。
知らない人みたいに険しい顔をしたホセに気を取られて、最後にもう1度セルヒオに頬擦りするのを忘れた事に気付いたのはベッドに入ってからだった。
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