第166話 アイルの記憶から消えた時間

【三人称です】


「しょれにしてもバレリオの背中は大きいれぇ、ブリャシュ親方を大きくしたみたい。お腹は負けてるけど、あはははは(それにしてもバレリオの背中は大きいねぇ、ブラス親方を大きくしたみたい。お腹は負けてるけど、あはははは)」



「あ~ぁ、アイルはもう完全に酔っちゃったね。バレリオ、ここからアイルは明日の朝には全然覚えて無いって考えた方が良いよ」



「へぇぇ、呂律が回らなくなったら記憶が飛ぶのか、面白ぇな。嬢ちゃん、ブラスのおやっさんはドワーフだから俺とは比べ物にならねぇくらい腹に酒が詰まってるからデカいんだぞ。それに冒険者の腹が出てたら笑われちまわぁ」



 アイルが千鳥足でバレリオの背後に立ったと思ったら、負ぶさる様に背中にくっ付いた。

 そんなアイルにバレリオは面白がって観察しながら軽口を叩く。



「もうっ、嬢ちゃんじゃなくてアイルって呼んれ! これでも成人女性なんらから!(もうっ、嬢ちゃんじゃなくてアイルって呼んで! これでも成人女性なんだから!)」



 プリプリと怒りながらバレリオの背中をペシペシと力の入らない手で叩くアイル。



「ははは、騙すにしてもそいつぁ無理があるだろ、こ~んなに小せぇのによ」



 バレリオは笑いながらアイルをヒョイと抱き上げると自分の膝の上に横向きに座らせた。

 バレリオの言葉に残りの4人が無言になる。



「…………バレリオ、アイルは16歳だ」



「へ!?」



「むぅぅぅうう~!」



 リカルドの言葉にバレリオは間の抜けた声を漏らした。

 膝の上のアイルは目一杯頬を膨らませてバレリオを睨み上げている、その様子はどう見ても成人女性には見えない。



「あははは、そんな顔してたら成人してるって信じて貰えなくてもしょうがないよ、アイル。僕らでさえ疑いそうになるね」



「わらしらって…本気を出したら大人っぽくできるんらから!(私だって…本気出したら大人っぽくできるんだから!)」



 指を差して笑うエリアスをキッと睨んだかと思うと、ポスンと体重をバレリオに預けて凭れた。

 そしてワンピースのボタンをひとつ外し、バレリオから離れている方の人差し指でバレリオの胸元にのの字をかきながら甘える様な上目遣いをする。

 この時さりげなく二の腕を使って胸をちょっと寄せて谷間を強調するという小悪魔テクを使用。



「アイルは背が低くてもちゃんと大人なんらよ…?(アイルは背が低くてもちゃんと大人なんだよ…?)」



「「「「…………」」」」



 『希望エスペランサ』の仲間達は娼婦の様な行動をしているアイルに驚いてポカンと口を開けていた、そしてバレリオはというと。



「あっはっはっは! そーかそーか、アイルは大人なのか~! だが俺にとっちゃぁまだまだ子供なんだよ。女は20代後半からしか本当の色気ってなぁ出てこねぇからな!」



 笑いながらワシワシとアイルの頭を撫でるバレリオはエドガルドと対極とまではいかないが、どちらかというと熟女好きの部類に入る。

 しかも一見厳ついバレリオの魅力を理解するのもある程度人生経験のある女ばかり。

 故に10代の、しかも普通より幼く見えるアイルは間違っても守備範囲には入らないのだ。



「もうっ、こっちに来てから若しゃが武器ににゃらにゃいっ! 変態にょエドらけらよ…はぁ(もうっ、こっちに来てから若さが武器にならないっ! 変態のエドだけだよ…はぁ)」



 アイルはため息を吐くとピョイっとバレリオの膝から飛び降り、自分の席に戻ってグラスを傾けた。



「こっち?」



 アイルの言葉にバレリオが首を傾げる?



「コイツは島国の出身なんだよ、そこは皆若く見えるらしいぜ」



「ふぅん、そこは若い方が重宝されるって事か。へっ、わかってねぇ奴が多いんだな」



 アイルの迂闊な発言をホセがフォローしたお陰でバレリオに不審がられる事は無かったが、迂闊な発言をした本人はホセに睨まれている事に気付かず呑気にお酒を飲んでいる。



「ん? おいアイル、お前それ何杯目だ?」



「んん~? あれぇ? しゃっきにゃくにゃるとおもってたのにふえてる~?(さっき無くなると思ってたのに増えてる〜?)」



 明らかに先程より呂律が怪しくなっているアイルが首を傾げたが、無意識に自分で継ぎ足したというだけだ。



「あはは、さっき自分でお代わりしてたのに覚えてないの? アイルは本当に面白いよねぇ」



「何ィ!? もうお前の近くに酒は置かねぇ方が良いな、ホレ、寄越せ」



 エリアスがバラしたのでホセは酒瓶を取り上げようと手を伸ばした。

 アイルは渋々といった様子で酒瓶を手に取り首を傾げる。



「んぁ? コレからっぽら…(コレ空っぽだ…)」



「ちょっと待て、ソレって半分近く入ってた瓶じゃねぇ?」



「もぉ~、ホシェはおかあしゃんみたいにくちうるしゃいなぁ。よっぱらったらどれだけのんれもおんなじらよぅ。(もぉ〜、ホセはお母さんみたいに口うるさいなぁ。酔っ払ったらどれだけ飲んでも同じだよう。)ねぇ~、ビビアナ?」



「うふふ、そうね。ここまで酔ってたら同じかもしれないわね」



「ほぉらね、いちゅまれもけちゅのあにゃのちぃしゃいこといってちゃらめらじょ~(いつまでもケツの穴の小さい事言ってちゃだめだぞ〜)、にゃはははは」



「んん? 今アイルの口から耳を疑う様な言葉が聞こえた気がしたんだが…、俺の聞き違いか? 呂律が回ってねぇから違う言葉に聞こえただけだよな?」



「いや…、聞き違いじゃねぇだろ。アイル、お前今オレの事ケツの穴の小さい奴だっつったな…? 見た事もねぇクセに適当な事言ってんじゃねぇぞ!?」



「みたことくらいあるもん!!」



「「「「「はぁっ!?」」」」」



 売り言葉に買い言葉の様な遣り取りではあったが、酔ったアイルが嘘を言うとは思えず、その場の全員が固まった。

 ホセとしても全裸で抱き締めていた事はあっても、見せた覚えは無く混乱した。



「おいおい、アイル、お前さんいつの間にホセのケツの穴見る様な仲になってたんだ? 女じゃあるめぇし、ホセのを見たっつったらヤッてる時のアノ体勢くれぇしか…」



「そんな事してねぇよ!?」



 バレリオが先頭切って沈黙を破り、眉間に皺を寄せてホセに視線を向けた。

 すぐさまホセが否定したので『希望』の仲間達がホッと息を吐き、全員の視線がアイルに集まった。



「らってぇ、いえややどでじゅうかしたときはふくきてないもん。まるみえだよ~(だってぇ、家や宿で獣化した時は服着てないもん。丸見えだよ〜)、あはは、はは…ぅ」



 両手を双眼鏡の様にしてホセを見、アイルはそのまま前のめりに倒れて眠りについた。

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