第163話 ナンパ少年

「ふわぁ…、んん~っ」



 大きな欠伸をして身体を伸ばす、まるで寝返りを1度もせずに寝ていた様に固まっていた身体が解れて気持ち良い。

 それにしてもいっぱい飲んだはずなのに、ちゃんとベッドで寝てるなんて私ってば偉いわぁ。

 どれだけ飲んでもホセに説教される事もないし、これからはちょくちょく部屋飲みしようっと。



 機嫌良く身体を起こした私は昨日外したブラジャーを装着、背中のお肉もお前は胸の肉なんだよと言い聞かせながら肩甲骨のところから寄せて上げて形を整える。

 心なしか前の身体より胸が育つのが早い気がする、もしかして胸筋が鍛えられてる分美乳になってるのかも!?



 そんな事に気付いた私は飲み散らかした状態のローテーブルを機嫌良く片付けて階段を降りた。

 リビングのドアを開けるとビビアナとホセが各自ソファに寝ている、リカルドとエリアスは自室に戻って寝たのだろう。



 ストレージからストールを出してビビアナに掛け、ホセにはバスタオルをお腹に掛けておいた、ホセは丈夫だからこれで十分だろう。

 その後、テーブルの上の物を一旦ストレージに回収して厨房で自分の分と纏めて片付けた。



 今朝は豆腐とワカメの味噌汁と白米と焼き魚に…後は何にしようかな、納豆があれば完璧なのに見かけた事が無い。

 密かにコルバドで見つからないかなぁと期待はしているけれど。



 誰も起きて来ないから1人で朝食を済ませ、暇だったので全員の魚を解して身だけをお皿に移した。

 私は最低限だけ火を通した魚が好きなので、冷めてもあまり身が固くならないからカバーだけ掛けて置いといても大丈夫だろう。



 たまには1人で掘り出し物を探しながらゆっくり買い物をするのも良いかもしれない、まだ履く機会の無かった可愛い靴とそれに合わせたワンピースで帽子も被り、今日の私はどこから見ても一般のお嬢さんだ。



 ふふふ、冒険者じゃない娘さんらしい1日を過ごそうっと。

 まずは雑貨屋さんかな、部屋の飾りを買ってもいいし、便利アイテムがあればなお良し。

 独り酒する時に間接照明的な物があると嬉しいんだけどな、今朝も起きた時に明るいままだったもんね。



 数軒回ったけど間接照明はあるがオレンジの光が無い、というか、魔導具の灯りなせいか全部同じ色合いなのだ。

 コレはアレだ、色付きの薄紙を使って作るか…、むしろアイデア売れば結構儲かる気がする、ピンクとか紫とかの照明なら花街に需要はあるだろう。

 真っ先に思い付いた需要が花街ってどうかと思うけど、一般家庭だと必要無さそうだしなぁ。



 そんな訳で今度は紙を売っている店に向かう、この辺りは本屋が多いせいか頭が良さそうな人達が多い。

 紙を売っている店は文具とラッピング特化の店という感じだ、私はラッピング用の薄紙を紺碧とオレンジの2色買った。



 コレで照明カバーを作ったら気分によって色を変えて部屋で飲むのが楽しみ。

 今日は似合わないのでいつものショルダーバッグを持って来ていない為、買った物は大して大きくないし抱えて移動している。

 また遠征になりそうだし、今度はキャンプ用品とか見に行こうとかな。

 一般のお嬢さんとして過ごすつもりが、つい冒険者な私が顔を出してしまう。



「ねぇキミ、ボクと一緒にそこのカフェに行かないか?」



 お花摘みの時には隠蔽魔法使ってるけど、出来ればパーテーション的な物が欲しいんだよね、囲うカーテンでも良いけど。



「ねぇってば、そこの黒髪のお嬢さん!」



 ……ん? 黒髪だったら私の事だよね?

 振り返るとどう見ても10歳くらいの少年が居た。

 どこぞの商家の息子なのだろう、高そうな服を着ている上に、少し離れたところに従者のオジさんらしき人が控えている。



「なぁに? 私に何か用?」



 コテリと首を傾げると、少年は前髪をかき上げて私に流し目をしてきた。



「ボクと一緒にそこのカフェで休憩しないか? ボクはトレラーガに本店を構える『美しい服リンダローパ』という商家の跡取り息子なんだが、ウルスカ支店に視察に来た父について来たからこの街の事を教えてほしいんだ」



 『美しい服リンダローパ』は王都へ行く時に服を買った店だ、ちなみに今着ている服もそう。

 ちょっとオシャレしたい時から、ドレス以外の勝負服まで売っている人気の店なので大店と言っていいだろう。



「私も街にはあまり詳しく無いの。住んで1年経って無いし、街を離れる時もあるから」



「知ってる事だけでいいよ、せっかくだから君みたいに可愛い子とお茶を飲みたいんだ」



 何なんだ、もしかしてナンパしてるの?

 年上のお姉さんに憧れちゃって背伸びしてる感じ?

 可愛いから付き合ってあげたいけど、ひとつ確かめておかなきゃいけない事がある。



「……私、何歳に見えてる?」



 まるで口裂け女の「私、綺麗?」の様に質問した。

 少年はキョトンとして数回瞬きして笑う。



「はは、そんなの11…いや、13歳くらいかな? もしかして童顔なのを気にしてのかい?」



 ハイ、アウトォー!!

 最初11歳って言おうとしたよね?

 その後胸をチラ見して言い直したのは評価するけど、それでもまだ3歳足らないよ!?

 ホセより見る目があるのは認めるけど。



「うふふ、そうね、これでも16歳なの。の相手してあげたいところだけど予定があるからゴメンね?」



「え? は? 16…!?」



 従者のオジさんも一緒になって目を見開いたまま驚いている。

 そこへ見知った冒険者の姿が見えた。



「お? もしかして嬢ちゃん…アイルか!? どこのお嬢さんかと思ったぜ。えらく可愛い格好してるじゃねぇか」



 ニコニコと声を掛けて来たのは新人教育をしてくれたバレリオ、商店街で会うのは珍しい。

 大男のいかにも冒険者なバレリオの登場に少年と従者は腰が引けている。



「今日は休養日だからお買い物してるの、バレリオは?」



「俺も今日は休養日でよ、昨日水筒に穴が空いちまったから買いに行くところだ」



「キャンプ用品の店だよね? 私も行くところだったの、一緒に行こう」



「はは、そいつぁ光栄だ。じゃあ一緒に行くか」



 バレリオはそう言ってサッと肘を曲げて差し出した、エスコートの真似事をする様には見えないバレリオの行動に思わず笑って手を掛け歩き出す、呆然と見送る少年と従者を放置して。

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