第156話 驚き

「おおっ、戻って来たか! お前ら予定日過ぎても全然戻って来ねぇから心配してたんだぞ」



 ギルマスのディエゴは私達を見つけると大歓迎と言わんばかりに近付いて来て、リカルドの両肩をバンバンと叩いた、凄く痛そうである。



「はは、いつからそんな心配症になったんだ? 向こうで王都を見に行こうって話になったから行って来たんだ、依頼はちゃんと終わらせたから安心してくれ。アイル、依頼札クエストカードを出してくれ」



 痛みに顔を歪めつつ報告するリカルド、それにしても私達を心配したくらいで庭の雑草から焼け野原に変わるのはおかしいと思う。

 ついついギルマスの頭に視線を持って行かれながらリカルドにサイン済みの依頼札を手渡した。



「ギルマスはあんたらがタリファスで取り込まれて拠点を移すんじゃないかって心配してたんだよ」



「だよな! ここ数日毎日怖ぇ顔で入り口睨みながら待ってるもんだから皆ビビッてたんだぜ?」



「新人なんかちびりそうになってたんじゃないか? はははは」



 早々にひと仕事終えたらしい酒場で飲んでいた冒険者が軽口を叩いた。



「余計な事言ってんじゃねぇ!」



 吠えるギルマス、冒険者によっては貴族お抱えになって安定生活を夢見てる人達も居るみたいだしね。

 公爵家だったらお抱えになるには申し分ない相手だと言えるだろう、だけどこのメンバーは上からの命令で行動を決められるのは良しとしないと思う。



「まぁ、こうして無事に戻って来たんだから安心してくれ。手続きが終わったら解体を頼みたい物と買い取って貰いたいものを置いて行くからよろしく」



「ああ、わかった。悪いが終わったら俺の部屋に来てくれ、ちょいと面倒事が…色々とな…」



 ギルマスは歯切れ悪くそう言うと、階段を上がって行った。



「面倒事ってなんだろうね…」



「色々って事はいくつかあるんだろう、ただの依頼ならいいが…そうでも無さそうだったな。とりあえず報酬を受け取って来るからアイルは解体場へ行ってくれるか?」



「わかった」



 解体場はまだ空いていたのでお肉…じゃなく、食材魔物の解体をお願いした。

 黒猪ブラックボアを出したら職人の皆がギラついた目で売らないのかと聞いてきたが、丁重にお断りした。

 やはり解体職人をしているだけあってこの時期の黒猪が美味しい事を知っている様だ。



 鮮度の関係で売る分の魔物は小出しにして持って来て欲しいと言われたので3体だけ出した、職人達は私のストレージが時間停止機能あるって既に知っているもんね。

 手持ちの魔物をひと通り見せて見積もりだけは出してもらったのでカウンターのあるフロアへと戻った。



 黒猪は2時間後に取りに来ればいいと言われたから先にギルマスの話を終わらせればいいだろう。

 皆と合流してギルマスの部屋へ向かうと、中にはジメジメしたガブリエルが居た。



「とりあえず面倒事のひとつ目だ、先週お前らの家に遊びに行って初めて暫く帰らない事を知ったせいでこんな感じなんだ。鬱陶しくてたまんねぇよ」



「酷いよ…、友人だって言ってたのにひと言も言わずにタリファスに行くなんて…」



 イジイジとソファの上に三角座りで膝を抱えている、職場にこんなのが居たら迷惑以外の何者でも無いだろう。

 きっと他に愚痴る相手も居ないんだろうな、研究所員との仲は深まってなさそうだ。



「ガブリエル、友人は仕事でどこかへ行くからと言って態々報告したりしないんだよ? 顔を合わせてたら言うだろうけど、恋人でも無いんだから会いに行ってまで報告する訳無いじゃない」



「………ッ!!」



 キッパリとそう言ってやると、まるで雷が落ちたエフェクトがバックに見える様な顔をしてガクリと床に膝をついた。



「まぁまぁ、だけど友人だからお土産はあるからね、ほ~ら旬の赤鎧だよ。ガブリエルなら知ってるでしょ?」



「お土産…?」



 項垂れていたが、私の言葉に顔を上げたのでストレージから赤鎧を1体出して差し出した。



「おおっ、そういやタリファスは赤鎧の時期か! こいつぁ1人じゃ食いきれねぇだろ、今夜ウチで一緒に食おうぜ!」



「え? そ、そうだね…」



 ギルマスには当然お土産なんて無いのでさりげなく自分も食べようとするギルマス。

 ガブリエルは夕食に誘われて気分が上昇したのか、ギルマスに赤鎧を預けて帰って行った。



「さて、これでゆっくり話せるな。今から話す事はまだ公表はされてねぇから内密で頼む、実は隣国セゴニア大氾濫スタンピードの兆しがあってAランク以上の冒険者に応援要請が来ているんだ」



「「「「「大氾濫!?」」」」」



「ああ…、ダンジョンで異変があったらしくてな、恐らくひと月からひと月半後あたりになるだろうと言われている」



「ダンジョン!? ダンジョンがあるの!?」



「ん? ああ、知らなかったのか? 世界に3箇所しか無いから珍しいけどな。俺は魔物の強さから考えてもウルスカ近くの森にもその内ダンジョンが発生すると睨んでいるが…。まぁ今はそれよりセゴニアの応援要請だ、どうする? セゴニアからはガブリエルに来て欲しいと王様に打診があったらしい、王様は他国の大氾濫でガブリエルに万が一の事があったらと渋っているらしいがな」



「大氾濫か…、今はまだ戻ったばかりだから一旦家に帰って相談させて欲しい」



「ああわかった、できるだけ早めに頼む」



 応援要請が出てるのに私達が戻って来なかったから焦ってたのか…、しかも友人のガブリエルも大氾濫に行くかもしれないとなったら頭が寂しくなっても不思議じゃ無い。

 話がひと段落した時、ドアがノックされた。

 どうやらバネッサがお茶を持って来てくれた様だ、久々にバネッサが淹れてくれたお茶を飲んでひと息つく。

 その時ギルマスが赤鎧をバネッサに渡した。



「今夜はガブリエルが希望エスペランサから貰った赤鎧を一緒に夕食で食べる為に来るからコイツを頼む」



「まぁ! 赤鎧なんて何年ぶりかしら! うふふ、私も御相伴に預かりますね」



 バネッサはニコニコと赤鎧を受け取り部屋から出て行った。

 何でバネッサが? 訳がわからなくて首を傾げていたらエリアスが口を開いた。



「あれ? アイル知らなかったっけ? バネッサはギルマスの奥さんだよ、皆知ってる事だから知ってるかと思ってたけど、知らなかったみたいだね」



「ええぇ~~~ッ!?」



 ニッコリ微笑むその顔は私が知らなかった事を知っていたと物語っている。

 大氾濫より、ダンジョンがあったという事実よりもこの日1番驚きだった。

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