第131話 家族団欒[シドニア家 side]

「とにかく中に入りましょう、もうすぐ夕食ですし。もちろん家に滞在するのよね?」



「はい、母上」



 微笑んでいるものの、拒否を許さない雰囲気にリカルドは苦笑いしつつ素直に頷いた。

 両腕に2人の妹達が腕を絡めて屋内に連行される姿を家令を始め、出迎えた使用人達が微笑ましく見守っていた。



 夕食の時間になり食堂へ向かうと、急に来たというのにしっかりリカルドの分も準備されていた。

 というのも、あまり裕福では無いシドニア男爵家では主人達も使用人達も殆ど同じ物を食べているので調整がしやすいのだ。



「懐かしい味だ…」



(アイルの料理に慣れてしまっているせいで、少し物足りないと思ってしまうのは申し訳ないが…。あいつらは何を食べているんだろう)



「明日はリカルドぼっ…、リカルド様から頂いた調味料で明日はもっと美味しい料理をお出ししますからね! 一緒に入れられていたレシピで作るのが今から楽しみです」



 リカルドがぽつりと零した言葉を聞いて、食堂に控えていた料理人がニコニコしながら言った。



「はは、それは楽しみだな。そうか、アイルはレシピも入れてくれてたのか。黒い液体はショーユと言って賢者サブローが伝えた物だが、タリファスではあまり流通していない物だしな、相変わらず気が利く」



 タリファスでは賢者アドルフが住んでいた事を誇りに思っているので、元からある簡素な料理に加え、ドイツ風料理が多いせいか醤油が殆ど使われていない。

 リカルドも初めはアイルが唐揚げを仕込む時に真っ黒な液体を鶏肉にかけている姿を見て動揺したのを思い出してクスッと笑った。



「アイルと言うとあの小さいお嬢さんね! 凄く可愛らしい子だったわ」



「ふむ…、あの言葉遣いからして何処かの国の御令嬢なのか? ただの平民ではあれ程スラスラとあの様な口上は出て来んだろう」



 可愛い物好きの上の妹が目をキラキラさせて言うと、男爵が顎を撫でながらリカルドに視線を向ける。

 リカルドは本当の事を言う訳にもいかず、何と言えば良いか考えながら視線を泳がせ、アイルが公爵家の兄妹に言った事を思い出した。



「アイルは…あの髪と目の色を見てわかる様に賢者サブローの縁の者です。今回ボルゴーニャ公爵家のクラウディオ様とフェリシア様の護衛でタリファスに戻って来たのですが、お2人に愛称で呼ぶ様に言われている程認められていますし」



 リカルドは肩を竦めつつ近隣の領地で作られている魚料理に合う白ワインに口を付ける。



「何と…! そんな人脈が出来ているとは…、しかも賢者に縁があるならば…いっそアイル嬢が大人になったら妻に迎えてこの家を継ぐ気は無いか?」



 半分無駄とは知りつつも一縷の望みをかけて提案する男爵。



「ぶふぅッ」



 まさかの発言に思わず口に含んだワインを吹き出すリカルド。

 笑って躱されると思ったのに、意外な反応をしたリカルドに手応えを(勘違いだが)感じた男爵は猛プッシュをかける。



「ははっ、満更でもなさそうだな? どうせウチはしがない男爵だからな、平民の妻を迎えても騒がれはしないだろう。どうだ、本気で考えてみないか?」



「ゲホッ、ゲホッ、……コホッ。父上…、まず1つ、アイルは16歳で成人してます。そしてパルテナにて非公式ではありますが王子様方からの婚約の申し出を断っているんです、自由な冒険者でありたいと言ったそうですよ。その意見には私も同意しますね」



 アイルの年齢を聞いて家族だけではなく、控えていた使用人達も驚きを隠せないでいた。

 リカルドは自分達も最初は子供だと思っていたな、と思い出して笑いを堪えきれずに肩を揺らす。



「そ、そういえば賢者サブローは小柄な男らしいしな…。そうか、あれで成人…、随分と可愛らしい成人だな。それにしても王族から求婚される程の人物なのか…、なおさら嫁に欲しいと思うのは私だけか?」



 男爵がチラリと家族に視線向けるとリカルド以外は爛々とした目を向けていた。



「アイルは大切な仲間であって妹の様なものです! そういう目で見た事は…ありません…。ですので私の事は諦めて長女であるエレナに然るべき婿候補を何人か見繕ってやって下さい。賢者の叡智を知る機会があったのですが…」



 リカルドは一瞬王都で着飾ったアイルを見て驚いた事を思い出して言葉に詰まったが、すぐに自分の服の中で涎を垂らして寝ていた姿を思い出して心が凪いだ。

 そしてアイルがフェリシア達に教えた知識を家族に伝え、男爵家の手助けはしても戻るつもりはないとキッパリと言った。



「ほほぅ、そんな事は賢者の残した本にも書かれて無かったと思うが…」



「そうでしょうね、広まっていない知識らしいので。この後仲間達の居場所の確認を兼ねて様子を見てきます」



「ああ、何ならウチに泊まってもらっ…ては宿屋の収入を奪う事になるか…。滞在中に一度晩餐に招待したいと伝えてくれ」



「はは、そうですね。それにアイル以外はよく食べるから食堂も儲かると思いますよ、日程に関してもついでに相談してきます」



 そう言って立ち上がると、腹ごなしの散歩ついでに歩いて宿屋のある地区に向かった。

 リカルドが居なくなった食堂では家族の会話が続けられていた。



「本に残されていない賢者の叡智…か」



「あなた、たとえリカルドが家を継がなくてもアイルというお嬢さんと結婚してくれれば素敵だと思わない? リカルドがあんなに穏やかな顔で女性の事を話すのは初めてだと思うの。お仲間にもう1人女性が居たけど、紹介の時以外会話に名前すら出て来て無い事を考えれば…少しは希望があるんじゃないかしら?」



「わたしも賛成だわ! あんなに可愛らしい幼い見た目なのにわたし達に挨拶した時はとても凛々しくて…、彼女ならお姉様と呼ぶ事に躊躇いはありません」



 微笑みながら話す母親に末っ子のマリベルがコクコクと頷いて同意し、マリベルと同様にエレナも笑顔で賛成の意を示した。







「…っくしゅ! はぁ、やはりパルテナより冷えるな」



 その頃、宿に向かって歩いていたリカルドは急にクシャミをして首を摩った。

 この時まで何も知らないリカルドは平和だった、この後待ち受けている酔っ払いアイルの存在も、家でアイルと結婚させようと画策する家族の総意を知らなかったのだから。

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