第121話 公爵家の護衛(12日目)
夜営で二晩過ごし、緩やかな山道を下っているとコツコツと馬車のドアが叩かれた。
窓の外には下り道の為ゆっくり並走しているリカルドが居たので少しドアを開ける。
「トレラーガの衛兵が言ってた山賊が出る場所になる、警戒を頼む」
「『
出発前に決めていた合図だ、馬車の走行音に紛れて広範囲に探索魔法を展開した。
この道は山中で魔物も多く村や町が作れない為、早馬で駆け抜けても1日以上掛かるせいで何度捕まえても山賊が途切れないらしい。
しかも魔物の多い所にアジトがあるだけあって腕の立つ山賊が多いとか。
車内の3人が私達の会話を気にしているのがわかったので、会話が聞こえない様に出来るだけ身体を乗り出して報告していたら石を踏んだのかゴトンと大きな音を立てて車体が跳ねた。
「わぁっ」
「おっと」
馬車から落ちそうになったところをリカルドが咄嗟に片手で捕まえてくれた、今の私は荷物の様に小脇に抱えられている。
危なかった…、心臓がドッドッドッと早鐘の様だ。
「あ、ありがとう…」
「はは、走りながら話すのは危ないな、戻れるか? そろそろ皆に警戒を促してくる、車内は任せたぞ」
更に馬車に馬を近付けて私の足が車体に届く様にしてくれたので何とか車内に戻る、いっそ一旦馬に乗り移れば良かったかも。
「よっ…と、わかった、こっちは任せて!」
車内に戻って座席に戻るとフェリスが呆れたジト目を向けてきた。
「走っている馬車から身を乗り出したら危ないのは子供でも知っていてよ?」
「あはは、ホントそうだよね、危うく私の可愛い顔が大変な事になるところだったよ」
和ませようとちょっと冗談言っただけなのに呆れた目が3人分に増えた。
ホセやエリアスが居たら絶対にツッコミ入れてくれて笑いになるところなのに…!
耐えきれずサッと視線を外に向けるとリカルドの声が聞こえてきた。
「そろそろ山賊が出てもおかしくないから周囲の警戒を強めてくれ! いつ矢が飛んで来てもおかしく無いからな!」
他のメンバーがそれぞれリカルドに応える声がして、車内の空気も緊張感が増した。
「やはり出るのでしょうか…」
「恐らくな、ウルスカに向かった時は運良く前日に盗賊が捕らえられた後だったから出なかったらしいが…」
カルロとクロードの会話を聞いてフェリスが不安そうに私の袖をギュッと握った。
その手に手を重ねてポンポンと優しく叩く。
「大丈夫よフェリス、私が必ず守るから。その代わりどんなに怖くても私の動きを阻害しない様にね。私の代わりに2人のどちらかにくっついておけばいいから」
「わ、わかりま「来たぞ!! 止まらずそのまま走らせろ!」
護衛リーダーのロレンソの声と馬の嘶きが聞こえ、フェリスが息を飲んだのがわかった。
もしも外の人達を突破してドアを開ける山賊が居たら私は初めて人を殺す覚悟をしなければならない。
崖の街道みたいに全員が戦える訳じゃなく、むしろ車内に居る3人は戦力にならず護らなければならないし。
ストレージから棒手裏剣を出して3人を背後に庇う形でドアの前でいつでも投擲出来る様に構える。
外からは金属がぶつかり合う音や叫び声が聞こえ、段々近づいてくるのがわかった。
「お兄様…」
「大丈夫だ、アイルもいるし、いざとなったら私が必ずフェリスを護るよ」
声は震えていたけれどクロードは懸命にフェリスを落ち着かせようとしていた、カルロは従者という立場上2人を護らなければならないが今にも失神しそうな程顔色が悪い。
とうとう馬車が止まってしまった、どうやら囲まれた様だ。
ビビアナは接近戦になったら不利じゃないだろうか、乱戦になっている様で四方から戦闘音が聞こえている。
「実力的に蹴散らすのは問題無いから安心して、ただ向こうの方が人数が多いから馬車まで辿り着く奴がいるかもしれないだけ。私が居る限り心配ないわ」
落ち着かせようと笑顔を向けた瞬間、馬車のすぐ側で下卑た笑い声が聞こえてきた。
緊張で呼吸が浅くなり、意識して深呼吸を繰り返すが掌にじっとりと汗が滲み出る。
覚悟を決めろ、躊躇うな、殺られる前に殺らなきゃ護れないんだ。
「ぎゃははは! と~ちゃぁ~く、大人しくすりゃ女は命だけは助けてや」
悪党の口上を最後まで聞いてやる義理はない、剣を持った悪臭を放つ薄汚れた男がドアを開けた瞬間、眉間に棒手裏剣を叩き込んだ。
何が起こったかわからないまま絶命した男はグラリと傾いて地面に倒れる。
「何だ!? どうした!? ぐぁッ」
男の仲間が駆け寄ろうとして誰かに斬り伏せられた様だ、時々怯える御者の小さな悲鳴が聞こえているので御者も無事なのだろう。
私は死んだ男を視界に入れない様に震える手で馬車のドアを閉めた。
周りの戦闘音は徐々に小さく、静かになっていく。
「静かに…なったな…」
フェリスを抱き締めたままクロードが漏らした呟きがやけに大きく聞こえ、周りが静かになった事に気付いた。
「アイル、大丈夫か?」
リカルドの気遣う様な声がノックと共に車内に届く。
「う、うん、皆無傷よ。皆も怪我してない?」
「そうか、俺達もポーションで治る程度しか怪我して無いから安心しろ。ロレンソが死体を回収したら出発するから少し待っててくれ」
「わかった」
自分が殺した男の死体を見たくなくてドアを開けずに会話した、リカルドはそれをわかっている様で中の様子を確認せずに馬車から離れて行く。
山賊達は腕が立つ分こちらも手加減する事が出来なかった為、全員死体となってロレンソのマジックバッグに収納されて港町まで運ぶ事になった。
その日も夜営で夕食の準備をし、私は食欲が無かったが無理矢理口に食べ物を入れた瞬間吐き気に襲われ、急いでその場を離れて吐いた。
「う…、ぐ、ゲホゲホッ、はぁ…っ」
私は護衛の仕事を全うしただけだもの、後悔なんてしていない、だけど魔物と間違えて鹿を殺した時よりも恐怖が込み上げていた。
初めて人を殺した、その事実に今になって震えが止まらず涙が溢れてくる。
「ふ…、ぐすっ、ひっく…」
「1人で抱え込むんじゃねぇよ、バカ」
不意に腕が引っ張られて気付くとホセの腕の中に居た、顔の色んな所から色んな物が出ているから顔を埋めたホセの服が汚れてしまう。
「ホセ…服…汚れちゃう…ひっく」
「後でお前が洗浄魔法掛けりゃいいだろ。鹿殺しただけでも泣いてたお前が初めて人殺して平気な訳ねぇもんな。泣きたきゃ泣け、ただ1人で泣くな」
「う…っ、ふぅぅ…っ、わあぁぁぁぁん」
その後5分程ホセの服をハンカチ代わりに泣き続け、泣き止んでから洗浄魔法と自分の顔に治癒魔法を掛けた。
ちなみにホセが来たのは私が走って離れたせいであっという間に真っ暗な山中で見失った為、ホセが匂いで探すしか無かったそうだ、反省。
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