第111話 新人兄妹 vs 角兎

「おい、あれ…ヤバくねぇか?」



「その様だな、アイル、行くか?」



「了解!」



 急いだお陰で角兎ホーンラビットと新人兄妹がエンカウントする前に2人を視界に捉えて様子見をしていた私達。

 実況中継するとこんな感じだった。



 角兎が2体現れた!


 角兎Aはいきり立って攻撃してきた!


 痛恨のダメージ、妹は怯えている


 兄は混乱している、兄の攻撃、ミス!


 角兎Bの攻撃、ミス! 兄は転んだ



 と、まぁこんな感じで角兎は無傷で妹の方は角で流血もしている、とはいえポーションで治る程度の傷だから問題無いだろうけど。

 兄は何とか妹を庇う位置に移動して剣を構えているが思い切りへっぴり腰だし。



「手助けは要る? 2体共討伐しちゃっていい?」



「たっ、助けてくれ!」



「はぁいッ」



 2体同時に兄に飛び掛かろうとジャンプした瞬間、私の投擲した棒手裏剣が角兎達の頭を貫通し、2体は力無く地面に落ちた。

 新人兄妹は2人共ギュッと目を瞑って衝撃に備えている様だ。



「終わったよ? 早く手当てしたら?」



 木に刺さった棒手裏剣を引き抜きながら言うと、死んでいる角兎を見て呆然としていた。

 角兎2体をショルダーバッグ経由でストレージに収納し、それでもボーっとしている2人の前でパンッと手を打ち鳴らす。



「ハ…ッ、そ、そなた、名は何と言う?」



 新人兄がいきなり名前を聞いてきた。



「は? アイルだけど…」



「アイルか、覚えておこう」



「……………それだけ?」



 私がそう言うと、不思議そうに首を傾げる。

 ダメだ、本気でわかって無い。



「あのねぇ、助けて貰ったらありがとうでしょう!? 「ありがとう」と「ごめんなさい」が言えない人は碌な大人にならないんだからね!? しかも人に名前を聞いておいて名乗らないってどうなの!? どんな躾受けて来たワケ!?」



 私が憤慨していたら追い付いてきたエリアスが肩をトントンと叩いた。



「アイル、アイル、説教より先に彼女の手当てさせてあげようよ」



「あっ、すまないフェリス、すぐに治してやるからな」



 その言葉にハッとして新人兄は妹にリュックから出したポーションを掛けようとした。



「ちょっと待った! 先に水で傷口を洗いなさいよ! 女の子の身体に傷跡残ったらどうするの!」



 今正に傷口に掛けようとした手をビビアナが掴んで止める、手入れされた剣での手合わせならそのままポーションを掛けても良いが、薄汚れた魔物につけられた傷は汚れを巻き込んだままポーションを使うと古傷として残る場合がある。

 新人兄はビビアナの剣幕に面食らっていたが、言われるままに水袋を出して傷口を洗ってからポーションを使った。



「お兄様、ありがとう」



「ああ」



 微笑み合う2人、しかし私は色々…色々と言いたい事がある。



「落ち着けアイル、高位貴族は相手の名前を覚える事が褒美になるからアイルの名前を覚えておくと言ったんだ。まぁ…、その家と繋がりを持ちたい貴族や商人じゃなきゃ褒美にならないんだがな。つまりこの2人は信じられないくらいの世間知らずって事だ」



 リカルドは拳を握ったまま新人妹の治療を待っていた私の頭を撫でながらポソポソと説明してくれた、名前覚えて貰うのが褒美だと思い込んでるのか。



「それにしても…、角兎がここまで手強いとは…! そうだ、アイル、倒した角兎を出せ」



「は? 何で?」



「何で…? 私に必要だからに決まっているだろう」



 貰えるのが当然、むしろ断られる訳が無いと確信しているのか、私の言葉に不思議そうに首を傾げた。

 お説教したい、むしろ1度殴ったら正常に再起動するんじゃなかろうか。



 そんな私の気持ちを察したのか、リカルドが私の頭を優しくポムポムと叩いて宥めた。

 この人達は中身が幼児並みなのよ、深呼吸、深呼吸をしよう、吸って…吐いて…。



「す~…、はぁ~…。襲われていた貴方達は私に助けを求めたよね?」



「あ、ああ…」



 何故私がそんな事を言い出したのかわからない、そんな表情のまま頷く新人兄。



「角兎は完全に無傷の状態で私が仕留めたよね? その場合私のモノになるの、私が声を掛けずに勝手に討伐したのなら話は別だけどね。しかも助けられて自分の名前どころかお礼の言葉ひとつ言ってないのわかってる? これはとても失礼な事よ?」



「………その様な事を言う者に初めて会った…、今までの者は喜んで色々な物を私達に献上してきたぞ?」



「それは貴方の家と良好な関係を持つ事によって利益を得る者達だけよ、貴方がどこの誰かも知らない私達が従うと思ったとしたらもの凄~く世間知らずだと自覚した方がいいわ」



 きっと今まで誰にもされた事の無いであろう呆れたジト目を向けると、ポカンとしたまま固まっている。

 自分の中の常識が覆されて混乱しているのだろう。



「ちょっとあなた! お兄様に対して無礼よ!?」



「ちょっとあなた! 命の恩人に対して無礼よ!?」



 新人妹の言い方を真似して言ってやった、大人気ない私の対応に仲間達は苦笑いしつつも見守ってくれている。

 悔しそうにぐぬぬと唸る新人妹を見かねてか、エリアスがパンパンと手を叩いた。



「はいはい、そこまで。これ以上彼らに付き合っても僕達には何のメリットも無いんだから先に進もうよ。帰りに死体になった君達を見つけたら冒険者証だけはちゃんとギルドに届けてあげるからね」



 エリアスがニッコリと良い黒い笑顔を新人兄妹に向けると、2人は顔色を失った。

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