第80話 初めての夜会 前編

 塔の中に入ってエントランスでコートを預かってもらい、大きな扉が開くとそこは広間になっていて沢山の人達が居た。

 ガブリエルに手を引かれて足を踏み入れると私達に視線が集中し、広間が一瞬シンと静まりかえる。



「ここは普段研究結果の発表や報告をするところなんだけど、今日は夜会の為に綺麗に飾ってあるんだよ。王族も来るから王宮から人が多く派遣されてるみたいだね」



 視線が気にならないのか、それとも気づいてないのかガブリエルは呑気に会場の説明を始めた。

 不躾な視線は感じるものの、会場は騒めきを取り戻して私達も飲み物を手に取り喉を潤す。



「ところで今夜来る王族って誰が来るの? 王様の子供って何人か居るの?」



「そっか、アイルは知らないよね。今の王族は陛下と王妃の間に王子が2人、2人の側室との間に王子1人と王女3人。あとは陛下の弟である大公とその家族、陛下の姉妹は降嫁したり他国へ嫁いでるね」



「へぇ、やっぱり側室とか居るんだね。王族以外も一夫多妻なの?」



「ん~、平民は基本的に一夫一妻だけど、貴族だと第三夫人まではよく聞くかな。私には信じられないけど」



 初恋もまだのガブリエルは呆れた様に肩を竦めた。

 そういえばまだ今夜来る王族が誰か聞いてないや、改めて聞こうとしたらグラスをスプーンで叩いた様な音がして会場が静かになった。



「静粛に、陛下並びに王太子殿下、第二王子殿下が御来場です!」



 その言葉を合図に会場に居た人達は一斉に男性は胸に手を当て頭を下げ、女性はカーテシーをしたので私も慌てて高級デパートや高級旅館のスタッフの様に両手を前で揃えて頭を下げた。

 カーテシーをしようかとも思ったが正しいやり方を知らないから間違った事をして恥をかく可能性もあるし、なによりこのドレスのデザイン的にヘタしたら横から脚が見えてしまうと思ったから止めておいた。



「楽にせよ」



 落ち着いたイケボが聞こえて皆が姿勢を戻す、広間の階段の上にリカルドの様な正統派イケメンとその隣に10歳くらいと6歳くらいの男の子が立っていた。

 3人とも金髪碧眼でいかにも王子様オーラを放っている。(1人は王様だけど)



「今宵は王立研究所ウルスカ支所長であるガブリエル・デ・リニエルス伯爵が魔導期の遺産を見つけ出し持ち帰る事に成功した祝いだ、皆存分に楽しむといい、乾杯!」



「「「「「乾杯!」」」」」



 王様が挨拶している間に給仕の人達が飲み物を持っていない人に迅速にグラスを渡していた、プロの仕事に感心してしまう。

 グラスを掲げる王様の視線はガブリエルに向けられており、その目はとても優しそうだった。

 というか、ガブリエルってちゃんと家名があったんだね。



「ガブリエル先生!」



 さっきも聞いたイケボに振り向くと王様が王子様2人を連れてこっちに向かって来た、その両脇にはキラキラしい騎士が2人。



「ふふ、先日も言いましたがもう今は1人の家臣なのですから先生はおやめください」



「いや、先生は余にとって1番の先生ですから。子供達も先生の話を聞いて会いたがったので連れて来たんです。それにしても今まで女性を同伴しなかった先生が連れている女性はどなたですか?」



 探る様な、値踏みされていると感じる視線を向けられた、横に居る騎士達の警戒しまくりの視線よりマシだけど。

 とりあえず敵意も害意も無い事をわかって貰う為にも黙ってニコニコ微笑む。



「こちらは私の友人でアイルと言います、ウルスカの冒険者で近々Aランクになるパーティの一員なんですよ」



「「「え?」」」



 王子様達と私の声が重なった、冒険者と聞いて王子様達のキラキラした目が私を見上げている。

 正確には王太子殿下の目線は私とほぼ同じだけど。



「アイルはまだ聞いてなかったかな? 今回の護衛が終わったらウルスカでAランクに上がるはずだよ」



「そなたは冒険者なのだな、色々話を聞かせてくれ」



「ぼくも聞きたい!」



 ガブリエルの言葉に頷こうとしたら王子様達に話をせがまれた、王族なんて冒険者に会う機会なんて無いから珍しいのだろう。

 どうしたものかと王様とガブリエルを見る。



「ははは、この様な子供らしい息子達を見るのは久々だな、アイルとやら、すまぬが相手をしてやってくれ。王族というのは少々窮屈なものでな、王宮の外の話に飢えているのだ、我らの控室でゆっくり話してくるがいい」



 王様にそんな事を言われては断れるはずも無い、ガブリエルも笑顔で頷いているので了承する。



「畏まりました、それでは御前失礼致します」



「アイル、王子達を



「うん、わかった」



 何やら含みのある言い方だったけど、王様の前だしちゃんと聞けなかった。

 騎士の1人が先導してくれる後について行く、途中で騎士が給仕に軽食と飲み物を頼んでくれるという素晴らしい気遣い。

 騎士は到着した控室の中に待機している、そりゃそうか、流石に初対面の人間と王子様達だけにしないか。



「さぁ、面白い話を聞かせろ!」



 控室に入ってソファにどっかりと座ると尊大な態度で命令してきた。

 何だかさっきと王太子の態度が変わった様な…、もしかして父親の前で猫被ってたのかな?

 第2王子が私の手を引っ張りソファへと促したので一緒に座り、どんな話がいいか考える。



「おい、早くしろ! 王太子である私に平民のお前が話せる事を光栄に思え!」



「早くしろ、平民!」



 兄弟で選民意識が強いのだろうか、少々イラッとしたのでちょっと怖かった大蜘蛛ビッグスパイダーの子供達と遭遇した時の話をジャパニーズホラー風味に話してあげる事にした。



「……そして風も無いのにカサカサと葉っぱが擦れる音がして、ふと気配感じて上を見るとそこには…」



 王子様達は話に聞き入りゴクリと唾を飲み込む、ドアの前に佇む騎士も聞き耳を立てている様だった。



「そ、そこには…?」



「うわぁぁぁっと大蜘蛛の子供の群れが木から次々に!」



「「ぎゃあぁぁっ」」



 2人は叫び、第2王子は転げ落ちる様にソファから飛び降り、王太子のところに走って抱きつきに行った。



「大蜘蛛というのは目をみてしまうと時々人を錯乱させるので数が多いと大変なんです、成体だとひとつの縄張りの中に1体しかいないので倒しやすいですが、独り立ちする前の子供達の方が脅威なんですよ、あはは」



「おっ、お前! よくも脅かしてくれたな!」



 我に返った王太子が憤慨して私を指差しながら地団駄を踏んだ。



「えぇ? このお話を孤児院の子供達にしたら凄く喜んで笑ってくれたんですけどねぇ? もしかして怖かったんですか? 王子様方は怖がりだったのでしょうか? それでしたら申し訳ありません」



 孤児院の子供達が笑ったのはホラー風味ではなく面白可笑しく話したからだけど、特にこの後のパニック状態の戦闘の話で。

 困った様に微笑んで謝ると、第2王子はまだ涙目だが王太子は予想通り強がった。



「ふ、ふんっ、この私がそんな話如きで怖がるはずないだろう!」



「ですよね! 良かったです、3歳の子供も笑って聞いていたお話ですもの」



「当然だ!」



 あからさまに悔しそうにそっぽ向いた王太子に、控えていた騎士が一瞬吹き出して咳払いで誤魔化していた。

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