第78話 対魔物指導(最終日)

「指導も今日で終わるね、やっと打ち解けて来たとこなのに」



 馬車で騎士団へ向かいながら呟く、遠征の後辺りから結構話しかけて来る騎士が増えたのだ。

 なので会話する様になって私達が指導している騎士達は殆どが平民で、貴族の上級騎士達が魔物と戦わなくて良い様に鍛えられているのだとか色々わかった。



 あの性格の悪そうな模擬戦で指揮をして最期に下着を晒した人は子爵家の三男らしく、一応貴族だが家の中では価値がない扱いをされていると聞いてもないのに教えてくれた。

 他にも年齢高めの騎士は食事休憩の時にお菓子をくれたりと結構可愛がってもったりしている。



「けどよ、これで模擬戦の魔物役やらなくてよくなるぜ? アイルの事黒猿ブラックエイプとか言ってる奴もいたしな、ははは」



「誰が猿よ! 失礼ね!!」



「オレが言ったんじゃねぇよ、騎士達が言ってたんだよ。まぁ、同意はしたけどな」



 ちなみに黒猿なんて魔物はいない、私が黒髪だからと先日の狂い猿マッドエイプにちなんで付けられた渾名だろう。

 そんな渾名に同意した時点でホセも同罪である、抗議の意を込めて隣に座るホセをポカポカ叩いてやった。



「ははは、アイルの力じゃちょうど良いマッサージだぜ」



「コラコラ、馬車の中で暴れるんじゃない。模擬戦のアイルに攻撃が当たらないからって悔し紛れにそう呼んでるだけだろ」



 ならば身体強化して叩いてやろうかと思ったら向かいに座っていたリカルドが宥める様に頭を撫でてきた、ぬぅ…仕方がない、ここはひとつ大人になって宥められてやろう。



「だけどさ、初日に比べたらかなり動きも良くなって来てるよね、彼ら。ただ槍を突き出すだけじゃなく、攻撃直後にすぐ防御態勢になれる様になったし」



「だな、やっぱ実戦経験したからじゃねぇ? 経験者って言ってた奴らも実際に戦闘した事無い奴も混ざってたんだろうな、顔つきが随分変わったからよ」



「あの狂い猿マッドエイプの襲撃が大きかったんじゃない? あまりにも動揺しててまともに対応出来て無かったから何度か魔法使いそうになったもん」



「楽しそうだね、君達…」



 ジトリとした視線を向けながらガブリエルが呟いた、毎日研究所で研究だけじゃなく功績を妬む研究員やお近付きになりたい貴族の相手もする羽目になっていて日増しに荒んでいってる気がする。



「まぁまぁ、明後日はアイルと一緒に夜会なんでしょ? 嫌味を言われてもその事考えたら気分が軽くなるんじゃないかしら?」



「そ、そうだね! そっか、もう明後日なんだっけ。ふふふ、当日は黒いスーツにしようと思ってるんだ、アイルの色だしね。耳にピアスの穴が無いアイル用に良いアクセサリーも見つけたんだ、当日楽しみにしてて」



 さっきのジトリとした目は何だったんだというくらいウキウキと話し始めた。

 どうやらアクセサリーを用意してくれるらしい、ネックレスのセンスも良かったから任せて大丈夫だろう。

 機嫌の直ったガブリエルを見送り訓練場へと向かうと、いつもの倍程の人数が待っていた。



「アルベルト殿、これは一体…?」



「驚かせて済まない、私達にトレラーガへ行くように押し付けて来た同僚が冒険者に教わっても学ぶものは無いのだから強くなるはずが無いなどと言うものでな、その目で見てもらおうと思ったのだ。彼は貴族の出なせいかあからさまな血統主義で二言目には平民だの下賤の者だのと言って現実を見ようとせんのだ」



 リカルドが出迎えてくれた小隊長に問うと、青筋を浮かべたまま笑顔で説明してくれた。

 どうやら普段からかなり抑圧されている様だ、つまりはゴチャゴチャ煩いから一発かまして黙らせてやって欲しいって事なのだろう。



「ふむ…、その貴族の部下の実力差は?」



「悔しいが向こうは身分にモノを言わせて常に良い道具や訓練場所を確保している分実力は上だ。10組ある小隊の中であちらが2位、我らが7位と言えば予測して貰えるだろうか…」



「なんだ、1位と最下位ではないのか、ならば各小隊長が指揮をとって模擬戦をしてみたらどうだろうか。その方が以前との成長度合いもわかりやすいだろう、それにアルベルト殿もエリアスから学んだ実践的な戦術を試したくないか?」



 ニヤリと悪い笑みを浮かべるリカルド、うん、見た感じ向こうはこっちを見下してなめてるよね。

 そんな相手を負かしたら絶対気分が良い、むしろそんな因縁を聞いちゃったら決着を見ずに終われないな。

 最後になにやら耳打ちして2人でニヤニヤしていたかと思ったら、貴族の同僚とやらに模擬戦を申し込みに行った。



 全員でやると治癒師が大変な事になるので20人対20人の代表戦となった。

 始める前に指揮官である小隊長が自分の部下達に声を掛けて士気を高める。



「お前達はこの数日でかなり強くなった! この模擬戦も以前であれば勝とうとは思えなかったかもしれん、しかしあの狂い猿マッドエイプの群れとの戦いを思い出せ! それに黒猿ブラックエイプの群れと戦う事と比べたら余裕を持って勝利出来る! 違うか!?」



「「「「オオッ!!」」」」



 騎士達はチラチラと此方を見ながら笑いを含んだ返事をした、まさかさっき耳打ちしてたのこの事じゃないよね!?

 キッとリカルドの方を見たが、騎士達の方を向いたまま1度も振り返らなかった。

 普段のリカルドなら黒猿ブラックエイプなんて言葉が出たら私の様子を気にして絶対振り返るはず、コレはクロだね…。



「まぁまぁ、許してやれって。かわりにホラ、笑ったお陰でアイツらいい感じに力が抜けたみたいだしよ」



 今朝とは逆にホセに宥められた、確かに肩の力が抜けて良い状態で戦えそうだ。

 そして模擬戦の結果は見事勝利をもぎ取った、辛勝ではあったけど。



 午後からはいつもの訓練になったので、最後という事もあり黒猿ブラックエイプという言葉すら思い出したく無くなる様に頑張った、だって、獣人のホセと同じくらい動けるから魔物に例えたと言うなら黒狼ブラックウルフでも良かったと思うの、当然の報いよね?

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