第34話 近づかないで

 木が生い茂り、視界が悪いとはいえ50m先でもわかる布団サイズの黒い悪魔を周辺の草木共々氷漬けにしてしまった。

 ヒンヤリとした冷気が辺りを包んで私達の息も白くなっている。



「お、おい…、コレってヤベェんじゃねぇのか? コイツと闘ってたヤツらがこっちに来たら魔法ってバレるだろ?」



「アイル、あの魔法解除できるか?」



「ハァッ、ハァッ、……はぁ。で、きる…よ『魔法解除マジックリリース』」



 心臓がバクバクして知らない内にまるで全力疾走したかの様に息も乱れていたが、何とか頷いて呪文を唱えるとパキンと氷が割れる様な音がして氷が消えた。



「偽装工作として掃除屋ギガント・コックローチの眉間に1本射ち込んでおくわね」



 ビビアナが矢をつがえて手早く射ち込む、私は見たくなくてそっとホセの背中に隠れた。



「どうしようか、アレ。素材的には美味しいから持って帰る? もし後から先に闘ってた人達が来たら権利を主張するかもしれないけど、元気な状態から殺したのアイルだしねぇ?」



「ヤダッ! アレは絶対にストレージに入れないからね! 絶対、絶対絶対入れないから! あんなの入れるくらいならボアの糞でも入れた方がマシだから!」



 思わず隣にいたホセの背中にしがみついて全力でブルブルと首を振った、私の必死な様子に皆が苦笑いを浮かべ、ヤツは放置する事に決定した。

 良かった、もし皆が素材の剥ぎ取りを始めたら1ヶ月くらい近寄れなくなるところだった。



「いたぞ!」



 私達が立ち去ろうとしたらガチャガチャと鎧の音を立てて向かって来る一団が居た、こんな山にあんな音を立てる鎧着てくるなんて馬鹿なんだろうか。



「アレはアイツらに任せて俺達は大猪グレイトボアを探しに行こうか」



「そこの! ちょっと待て!」



 立ち去ろうとしたら目敏く私達を見つけた人が居たらしく、呼び止められてしまい、リカルドがチッと舌打ちした、珍しい。



「何だ?」



 振り返ると他の人より歳上に見える騎士(お揃いの鎧で明らかに騎士だった)がこちらに走り寄って来ていた。



「アレは我々が先に討伐していた魔物だ、素材は貰って行くが異論は無いな?」



「ああ、そう言うだろうと思って置いておいただろう?」



 リカルドは嘲笑を浮かべて肩を竦めた、こんな態度の悪いリカルドは初めてだ、余程騎士か貴族が嫌いなんだろうか。

 騎士もそんな態度にムッとしている、他人が討伐した物を搾取するのは予想していたと言われたも同然だもんね。



「とはいえ止めを刺したのはお前達だからな、素材の一部を持って行くがいい」



 バリバリバキバキと気持ち悪い音を立てて素材の剥ぎ取りをしていた騎士その1が脚を1本持って近付いて来た。

 解体した切り口のところからデロンと身っぽいものがぶら下がってて見たくないのに怖いもの見たさで視線が外せない。



「ぃやぁぁぁ! 来ないで!! それ以上ソレを持ったまま近付いたら殺すわよ!!」



 思わず投げナイフを騎士その1の手前に投擲して足止めした。

 フーッ、フーッ、と肩で呼吸している私の両肩にホセは手を置き、ポンポンと叩いて宥める。



「ふっ、悪ぃがコイツがこんな状態なんでアレはおたくらが全部引き取ってくれ」



「あ、ああ、わかった…」



 ポカンとしながらも騎士の(多分)小隊長が答えたので私達はその場から立ち去った。

 暫く進んで騎士達の気配も感じなくなるとエリアスがいきなり吹き出した。



「…ぶふっ、くっくっくっ、あはははは! アイルって掃除屋ギガント・コックローチが苦手なんだね。あんなに動揺してるの初めて見たよ」



「「「ぶはっ」」」



 つられて他の皆も吹き出した、どうやら騎士達の手前笑うのを我慢していたらしい。



「だって気持ち悪いじゃない、あの音すら神経を逆撫でする存在自体が嫌悪対象よ!」



「アイツが居るから腐った魔物の死体が転がってないんだけどな? 山の掃除をしてくれているから全滅させちゃいけねぇ魔物なんだぞ?」



「私の預かり知らないところで活動する分には問題無いのよ、半径100m以内に居なければね! あ、あと100mくらいで大猪グレイトボアとエンカウントするよ」



 プリプリ怒りながらも時々探索魔法で大猪の位置を確認しつつ知らせると、無手のホセの以外は各々武器を構えた。

 視界に捉えるくらいの距離になるとホセを先頭に気取られない様にゆっくり近付く。



「大きい…」



 私は始めて見た大猪の大きさにゴクリと唾を飲んだ、赤猪レッドボアがセントバーナードみたいな大型犬3頭分だとしたら、大猪はファミリー用ワゴン車くらいある。



「僕達が今まで依頼受けられなかったのがわかるでしょ? さすがにあのサイズは持って帰れないからね」



 声を潜めて話すエリアスにコクコクと頷く、ホセはいつの間にか退路を絶つ為に大猪の背後に移動していた。

 ホセがハンドサインで合図するとリカルドとエリアスが左右で挟む様に移動を開始し、所定の位置に着くとビビアナが狙いを定めて矢を放つ。



 不意に気配を感じたのか大猪が顔を上げ、運悪く牙に矢が当たり弾かれてしまった。

 キッとこちらを睨んで突進してくる大猪、このままぶつかられたら即死レベルの衝撃なのは間違い無い。



「『障壁バリア』!」



 いっそ自滅しないかなと思いつつ、私の前に立つビビアナを守る障壁を出現させると目論見通りプギィと悲痛な鳴き声を上げて弾き飛ばされた。

 しかし余程頑丈なのかタタラを踏んで持ち堪え、その隙に左右からリカルドが剣で首を、エリアスが槍で脇から心臓を狙って突き刺した。



 しぶとく血を撒き散らしながら逃げようと走り出したが、ホセが待ち構えていて跳び上がったと思ったらクルリと回転を加えた踵落としを眉間に叩き込んで沈黙させた。

 まだ息があったのでリカルドが止めを刺し、私がストレージに回収する。



「やっぱり大猪はしぶとかったな。さぁ、ギルドへ戻ろう」



 リカルドの号令でギルドへと向かった、途中で探索魔法に引っかかった掃除屋ギガント・コックローチを見つけてしまい、皆に泣きついて凄く遠回りしたけど。

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