五、体系 (5)

 翌日、チーム全員が見守る中で、リサコは ≪節≫ の中に自分と関連のある場所があるか探していた。


 新宿はここだから…。リサコは道をたどって、まずは猛獣的父親 幡多蔵と暮らしていた家を探した。


 その家は、オーフォ班が担当する区画の端っこギリギリのところにあった。雑に作られた小さな戸建て。リサコがその家を指さすと、Rが画面を出して何か調べ始めた。そして首を振ると、引き出しを開けてボタンを押し、同じ建物を調べる。

 それを何度か繰り返した。


 「そこには何のバグもない。バグがないと中に入っている駒も見れないんだ。」


 リサコは自分の通っていた高校や馴染みの公園、そして逃げ込んだネットカフェを次々と見つけてRに調べてもらった。が、家と同様、そこには何の手掛かりもなかった。


 続いてリサコはおじいちゃんと良介と暮らしていた家を探した。それもこの班が担当する区画の中にあった。同じようにRが調べたが、こちらにも特に異常はないようだった。


 リサコを含め、チームの全員がこの結果にはがっかりしていた。彼らも何かが見つかるのではないかと期待していたのだ。


 そこで、リサコは大事な場所を忘れていたことを思い出した。アイアンタワーだ!

 新宿駅を起点に探す。こちらは同じようなビルばかりで区別するのが難しい。


 たぶん、これだろうというビルに当たりをつけ、Rに教える。画面を見ていたRの手が止まる。引き出しを開けて、何度もボタンを押して確認している。


 「このビルは異常だ。」Rが言った。他のメンバーが集まって来て、各々の画面を出す。

 「え、なにこれ?」「なぜ今まで気が付かなかった?」それぞれが驚愕の声を出す。


 リサコだけわからず、ソワソワしているとその様子に気が付いたエルが近寄って来て説明してくれた。


 「≪節≫ に五層のレイヤーがある話はしたよね?

 普通ならその各レイヤーは似て非なるものなの。でもね、ヤマモトリサコが差したあたりの、この部分は、全部のレイヤーで、同時に1つが存在している。」


 「エル、その説明じゃヤマモトリサコにはわからない。」Rが割って入った。「レイヤーについては理解している?」

 リサコが首を振ると、Rは引き出しを開け、ボタンを押した。

 「こうやってボタンを押すと、建物が一度下がるだろう?

 そんでもう一度出てくるやつは、前にあったのとそっくりだけど、別のものなんだ。入れ物が入れ替わっているような感じ。」


 よくわからなかったが、少しわかったような気がした。


 「この中にいる駒たちは、レイヤー間を移動できない。というか、移動してはいけない。だけど、時々移動してしまう。それが普段やってるバグ探しだ。わかる?」


 うなずくリサコ。


 「で、この建物だけど、一番上のこの部分だけ、レイヤーが変わっても同じものなんだ。つまり、1層目から5層目まで、層は関係なく…層を超えてと言うべきか… 同じものが1つだけ存在している。」


 「つまり…?」


 「つまり …はっきりはわからないけど、この ≪節≫ はここを基点にできているのかもしれない。」


 Rの仮設にチーム全員が黙り込んだ。

 ここにいるみんなは、当たり前のように毎日 ≪節≫ と接して暮らして来たが、これがどうやってできたのか、はたまた何のために存在しているのか、などということは一度も考えた事がなかったのだ。


 こんな意味不明なものを毎日操作して、疑問を持たない方がリサコには理解できなかった。

 それともアクティベートされると、なぜ?なんて思わなくなるのだろうか。


 Rがアイアンタワーの調査に没頭してしまったので、リサコは画面に出てくる文字列の見方をエルに教わることになった。


 この世界がリサコのいた世界とどう関係があるのかはわからないが、ここで出てくる文字はアルファベットでどうやら英語に近い言語のようだった。


 ≪節≫ に向けて画面を出すと、ズラズラと流れる文字列が表示されて、状態を確認する事ができる。

 実はどこからでも ≪節≫ にはアクセスが可能で、この部屋で画面を向ける必要は必ずしもないのだが、レイヤーを切り替えるのは、引き出しを開けてボタンを押さないとできないらしい。


 どちらにせよ、リサコは画面の文字を見ても状況は分からず、実際にジオラマの中を目視した方がわかりやすかった。


 バクが発生している箇所は、とにかく異様な雰囲気がして、リサコには自然とわかるのだった。


 画面での確認にも慣れるために、異常を感じたら文字列の様子も見るようにエルから言われ、リサコは画面を開いた。


 異常が発生しているところに画面を向けると、そこにはこのような文字が流れていた。


error cord 307.


 これがどうやら、駒が本来あるべきレイヤーにいない場合に表示されるらしい。


 そして、場違いな駒には、次のような文字列が表示される。


this.cord307.moved.from.layer(3) to (5);


 この駒は、3層から5層に移動してしまってる、という意味になる。


 これを3層に戻すには、このすぐ下にこのように入力する。


set : this.relocation.layer;


 すると、駒が自動的に宙に持ち上がり、正しいレイヤーに切り替えてあげると、スッと中に戻る、という仕組みだ。


 駒が戻るとエラーコードも消える。


 リサコには異常を起こしている駒が視覚的に見えるし、直接掴んで取り出せるので、文字を入力する必要はなく、あとから文字列を見て確認している状態だ。


 リサコが駒をいじると、自動的にこの文字列が挿入されて、文字を入力して操作した場合と同じ結果になっていた。


 他のみんなはほぼ文字列だけ見てこの作業をしている。とてもじゃないけど、リサコには無理だった。


 とにかく定期的に“307”がないか検索してるとのことだが、そもそも、リサコにはそのやり方がわからなかった。


 画面に文字を入力するのは、頭で考えることで操作できる事がわかり、コツを掴んで来たが、検索と発信だけは、どうしてもできなかった。


 もしかしたら、自分にはその能力は備わっていないのかもしれない、リサコはそう思って諦めた。


 こうして数週間が淡々と過ぎていった。


 Rは取り憑かれたようにアイアンタワーを調べて過ごし、その様子は、リサコのブログを見つけようと部屋にこもっていた良介の姿と重なって見えた。


 そんな変わり映えのない日々に終止符を打ったのは、新しいメンバーの出現だった。


 それは唐突に訪れた。

 いつものように作業をしていると、突然目の前に、赤く点滅する大きな文字が表示された。


 その文字はこう言っていた。


ATTENTION :

A NEW MEMBER WILL COME


 「またうち!?ここの区画の対応強化でもしてるのかな?」


 エルが驚いたように言った。

 連続して同じ班にメンバーが増えるのは珍しいらしい。しかもR番台が続けて出現している。


 何か自分たちには知らされていない改革的なものが行われているかもと、班のメンバーたちは噂しあっていた。


 「メンバーの追加とか割り振りって誰が決めてるの?」


 リサコはここの根本的な仕組みがわかっていないので、みんなの会話についていけずに、エルに質問した。


 「そっか、ヤマモトリサコは知らないのか。ここの全ての運用は ≪体系≫ が決めてるんだよ。」


 「体系?」


 そういえば、先日Rが部屋に訪ねてきた時、アイスリーのとの通信でそんなようなことを言ってたかもしれない。


 「私たちを生み出した全ての源、それが ≪体系≫。」


 リサコはいつか ≪体系≫ とやらと話し合わなければならないと思った。それが話とかできるものであるのならば…。

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