四、反復 (6)

 スイカでも斬ったかのような感触だった。吹っ飛んだヤギの頭がゴロンと床に転がった。


 それを見ると、吐き気がしてきて、たまらずリサコは吐いた。


 何をするんだよーーー!!!ボクのむーたんにぃぃいいいい!!!!


 ボリューム最大限の甲高い声が部屋中に響いた。音がビビビビビっと振動して、頭蓋骨が割れそうだ!!ぎゃあと声を上げて、リサコは耳をふさいで床に転がった。


 むぅぅーたあぁぁぁんんんんんん!!!!!


 何とか顔を上げてみると、ヤギの傍らにいた小さな日本人形みたいなやつが、手足をバタバタ動かしてちょこまかと動いているのが見えた。その顔は鬼の形相となり、呪われた人形、チャイルド・プレイのチャッキーとそっくりな顔になっている。


 もしかして、こっちが本体か??


 むーたんがいないと、コントロールできないじゃないかぁぁあああーー!!この馬鹿ぁ馬鹿ぁぁあああぁーー!!!


 人形野郎は怒り狂って転げまわっている。それにしても、なんという声だ。脳みそが揺さぶられ、息が詰まる。


 リサコは巨大な音の波に耐えながら、何とか刀を持ち上げ、人形めがけて思い切り突き立てた。


 ザクッと嫌な音がして、人形は縦に真っ二つ、見事に割れた。


 同時に、ドバァアァァアァと大量の血液のような赤い液体が人形から吹き出し、リサコは全身にそれを浴びてしまった。


 ああ、その気持ち悪さと言ったら!!! 嫌悪感が全身に走り、リサコは悲鳴を上げて、部屋から飛び出した。刀を置いてきてしまったが、必死のリサコはそれに気が付いていなかった。


 元来た廊下を悲鳴を上げながら走り抜けていくと、だんだんと廊下の壁が迫ってきて、マシュマロ君のいるリビングへの入口も小さくなっていくように見えた。


 急がないと閉じ込められる!!!


 リサコは必至で走り、やっと一人がすり抜けられる大きさになった出口へ飛び込んだ。やったー!と思ったのもつかの間、右足だけが間に合わず、閉じた出口に挟まれてしまった。


 激痛が足首に走る。ぎゃああぁと悲鳴を上げて、リサコは足首を抜こうとするが、出口があった場所は完全にふさがって、まるで壁からリサコの足が生えているような状態となってしまった。


 いつの間にかリサコのそばにやって来たマシュマロ君が、壁と足を確認し、目にも止まらぬ速さで腕を動かし、ドカンと壁を一撃した。すると、壁の一部が崩壊し、リサコの足は壁の外へ抜き出すことができた。


 リサコの足は救出できたが、足首の骨は砕けてしまったかもしれない。あまりの痛さにリサコはそのまま気を失った。


・・・・


 目を覚ますと、リサコはキッチンのような場所に移動していて、床に寝そべっていた。マシュマロくんが、濡れたタオルでリサコの体を拭いている。全身あの変な人形から噴き出した体液のようなものでベトベトだ。


 足首を見ると、簡易的な治療が施されていた。痛みはあるが、さっきよりだいぶましな感じがする。


 リサコが目を覚ましたことに気が付くと、マシュマロ君が心配そうに顔を覗き込んで来た。


 「大丈夫、さっきより、だいぶまし。」


 リサコが声をかけると、マシュマロ君は幾分か安心したようだった。リサコの足首を指さし、そして、小さな箱をリサコに手渡した。見るとそれは、痛み止めの薬だった。


 「これ、飲ませてくれたの?」


 うなずくマシュマロ君。リサコは急に彼のことを愛おしく思って抱きしめようとしたが、マシュマロ君は体を引いてそれを拒んだ。


 あ、そうか、私は今、全身ベトベトだった。


 「ごめんね。ここに、私が着替えられそうな服ってあるの?」


 うん、とうなずいて、マシュマロ君はタタタタタタタタと部屋から出て行ってしまった。


 独り残されたリサコは、タオルを拾い、体を拭きながら部屋を観察した。キッチンのように見える。リサコの家のキッチンではない。お店の厨房のようなところだ。


 お土産屋の一角なのかな??ヤギの部屋に入ってからどのくらい時間がたったのだろうか?


 リサコの体感的には、4~5年経っているのだが、こちらでそんなに時間がたっているとは思えなかった。


 そんなことを考えていたら、マシュマロ君が戻って来た。白地に青い花の柄がプリントされた服を持ってきた。広げてみると、旅館で着るような浴衣であった。


 マシュマロ君は、こんなのしかなくて…といった感じでいるが、着替えられるだけでも最高である。リサコはマシュマロ君に感謝して、ベトベトの服を脱ぐと、浴衣に着替えた。マシュマロ君に支えてもらって何とか立ち上がることもできた。


 よし、ここから出よう。


 「ねえ、まだここにいなくちゃいけない?」


 マシュマロ君はううんと首を横に振った。そして、外国人がよくするように肩をすくめて見せた。どうやら、この展開は彼の知っている範囲を超えていて、もう何をするべきなのかわからなくなっている様子だった。


 キッチンのドアから出ると、そこは来た時とそっくりそのままのお土産屋だった。とりあえず、外に出てみるか。


 リサコはすぐそばに、登山用の杖を見つけ一つ拝借した。足首の痛みはすさまじいが、歩けないほどではない。


 リサコとマシュマロ君はゆっくりと、この建物の入口のドアへと向かった。


 さて、ここから出たら確か何にもない岩だらけの山頂だ。どうするのよ?……出てから考えるか。


 とにかくこの空間から早く出たくて、リサコは必死にドアへと向かった。見た目より重たいドアを押し開けると、外はまぶしくて、その光に目がくらんだ。


 白い光がどっと入ってきて、リサコの体を包み込み、そして感覚も何も、そう、何もかもが一切なくなった。

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