第11話 「ねぇ、ちょっと聞いてよ」

新学期が始まって、少し経った頃、ユウコは我慢できなくなってヤマグチとノエミのことをついにリコたちに話した。

「やっぱり最低だね。僕、本当に許せないよ。ユウコちゃんをそんな目に合わせるなんて。」

新学期に入ってなぜか、ここにコウズがいる。

前までは「仲のいい奴らが今日は外食いだから」との理由がある時だけここにいたが、もうそんなことも言わなくなった。

そっちはもう崩壊したのだろうか。

「だから、アイツらあんな後ろめたそうな顔しているのか。」

「そういうことね。確かにそれは最低ね。ユウコ、あなたそれでいいの?」

え?と頭に疑問マークを挙げていると、リコは呆れた顔で言った。

「あなた本当に、いい子過ぎるわよ。」

「そうだよユウコちゃん、なんかしちゃいなよ。最初にやってきたのはあのクズなんだからさ。」

「でも私、人が苦しんでいるところ見ると本当に申し訳ない気持ちになるのよ。だから、そういうことできないの。」

「まぁまぁ、そんな無理やり傷つけようなんてしなくていいじゃないか。ユウコちゃんが望んでいないのならなおさら。」

「あ、違うのよ。私は寧ろ奴らが苦しむところを見たいの。でもそれは自分が最低な人間になり下がったような気がして嫌なのよ。」

「あー」と納得したように一同はうなずいた。

それを理解できない人は恐らくいないだろう。

しかし、それを心で強く持ち、誰も傷付けないことを実行する人はユウコ以外にはあまりいないだろう。

その面だけならば、誰も理解できない。

だからもしも愛する恋人に裏切られ、大切に思っていた友人に裏切られたらきっとユウコ以外の人ならば殺したいほどその人を憎み、何かしら行動を起こすだろう。

でもお淑やかなユウコにはそれができない。

このどうしようもない感情をどこに吐き出せばよいのかどのように発散したらいいのか分からなかった。

だからユウコはリコに打ち明けたのだ。

でも、ユウコは自分の今の気持ちを打ち明けるしかできないのだ。

「本当に、あいつは間違っているよ。そんな奴だとは思ったこともなかったんだけどね。あいつはもっと誠実で一途な奴だと思っていたんだ。だから俺は…」

コウズがなぜだか悔しそうにぼそぼそと呟いた声は、幸いなことにハルタにしか聞こえていなかった。


男子便所にて。

「コウズ、お前ユウコちゃんのこと好きなのか?」

「え…?なんで分かったんだ?」

「だってさっきお前、悔しそうにぼそぼそ言ってただろ?あれ、ユウコちゃんに聞こえてしまえばよかったのにな。」

「よくないよ。今の彼女にはまだ早い。僕の気持ちを理解するにはもう少し時間が必要だ。」

ハルタはそんなコウズを見て「お前も考えすぎるのな。」と言った。

僕が考えすぎていると?

ああ、確かに僕はいろいろ考えすぎている。

あの時だって、考えに考えた挙句ユウコちゃんをヤマグチに譲ったんだ。

でもあんなことしなければよかった。

彼女が傷付くくらいならば、彼女の心があいつだけを見るようになる前に奪ってしまえばよかったのだ。

知っていたならば、こんな失態はしなかったのに。

本当に、僕はあいつのことが嫌いになったんだな。

あいつは一生の友達だと思っていたのに。

でももう、僕はあいつを対等で楽しい友達として見ることなんかできない。

あいつは僕にとってももう憎い奴だ。

だから、あいつの心がユウコちゃんの元に戻ろうとも、僕は躊躇せずに彼女の心を奪う。

これは絶対なのだ。

今度は絶対に選択を誤ってはいけない。

僕はユウコちゃんのことが好きなのだ。

僕は確実に彼女に恋をしているのだ。

その気持ちは何がなんでも揺るがないと、もっと自分のこの気持ちを心に刻み込むんだ。

彼女を傷つけることがないように、僕は誤ってはいけない。

これからは僕が彼女を守りたいのだ。

でも今の彼女に僕のこの気持ちを伝えたらきっと、彼女は混乱するだろう。

それは避けたい。

彼女が困ってしまうようなことはしたくない。

だから、今はその段階ではない。

踏ん張るんだ。

彼女は僕を救ってくれた女神だろう。


そんなことを考えているコウズを傍から見るとハルタは(哀れな奴)としか思えなかったのである。

恋愛なんて、心で考え込むようなことではない。

ハルタはいつでもそう思ってきた。

頭で感がえたら、恋愛なんかうまくいかない。

全ては勢いだ。

そんな考えのあるハルタからコウズを見ると、彼を可哀そうに思うしかなかったのだろう、それは顔に出ていた。

「あんた、バイセクシュアルにでもなったの?」

「あ?何言ってんだ?俺が好きなのはリコしかいないけど?」

「もぅ、何言ってるのよ。ユウコがいる前で…」

あと少しでイチャイチャが始まりそうだったのでユウコは2人を制止した。

「ちょっと、なにその夫婦劇場?見苦しいわよ?」

「あははははは、ユウコちゃん言うねー。」

「うん、よかった。ユウコちゃん元気出たみたいだ。」

優しくそう言ったコウズの言葉に、リコは「そうね、ユウコはもうあんなこと忘れちゃえ。」と賛同した。

その日の夜、ユウコは久し振りに笑顔で心地のいい気分で家に帰った。

そして、楽しい気分のまま寝床についた。

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