第8話 「あんたも悪いわよね?」
ノエミを見ていると、何だか哀れに思えてくる。
優しいユウコはそう思うのだった。
ユウコよりもノエミの方が可愛らしくて、そっちの方にしか心がいかなくなったからヤマグチはユウコに振られてもなにも反応を示さなかったと見える。
それに、ユウコと交際していた時よりも彼は充実しているように見える。
それは恐らく、ヤマグチはただヤリたいだけとも取れる。
ノエミとはセックスすることができたし、これかも幾らでもできる。
だから、ヤマグチの日常が充実しているように見える。
セックスをしたいがためにユウコとの交際を諦め、ノエミに乗り換えただけと最低な人間なように見える。
そんな奴の相手にしかなれないようにノエミは可哀そうな女だ。
ユウコはそう思った。
一人ぼっちのクリスマスを小さなカフェで過ごしていた。
今日だけは平穏で、暖かな1日を過ごしたくて静かなカップルが来ないような、でもちょっとお洒落なカフェ。
そのカフェはユウコのお気に入りの場所第2位の場所だ。
第1位は例の登校途中によるカフェ。
あそこの朝食は格別だ。
だが、このカフェのホットカフェオレと可愛いパンケーキもとても美味しい。
カフェの静かな雰囲気もその空気の中で心地よく流れてくるクラッシク音楽もクリスマスに相応しい。
それなのになぜこんなにも寂しいのだろうか。
心に空いた穴はなかなか塞ぐことはできない。
楽しかったあの頃は帰ってこない。
それも穢れた思い出。
最低な思い出になってしまった。
こんなにさんざんな下半期だったのに、年末もこんなに寂しい思いをして迎えるのか。
そんなことを考えていたら、心を癒されに来ているはずなのに涙が流れてきた。
と、そこへ空気を壊すような声が聞こえてきた。
「あれー?ユウコちゃん?」
コウズが話しかけてきたのだ。
このカフェは住宅地の入り組んだところに立っていて、知る人ぞ知る穴場だ。
それなのになぜ、コウズ君なんかが知っているのだ?
(てか、何でこんな顔の時に来るのよ。タイミング悪いわ。)
「あ…、どうした?」
ユウコが泣いていることに気づいたコウズは少し戸惑っているようだ。
だが、何かを察してか静かに隣の席に座ると黙っていてくれた。
ユウコが落ち着くまでただそばにいてくれる。
それが一番、傷心した心には良い治療なのだと知っているようだ。
ユウコは30分ほど泣いていたが、だんだんと落ち着いてきた。
「何かあった?大丈夫?」
何よりも優しい声で、コウズは言った。
「うん。大丈夫、ありがとう。」
「でも、何でこんなところにいるんだ?ここ、結構穴場だと思うんだけど?」
やっぱりここは穴場。
普通に住宅街を歩いているだけでも見つけられないような隠れ家のようなカフェ。
「それはこっちの台詞よ。何であなたがこんなところにいるのよ。あなたはクリスマスにこんなところに1人でいるような男ではないでしょ。」
「それは、俺に対する偏見だな。」
え?と俯いていた顔を上げると「やっと、見てくれた。」と、コウズは言った。
「僕は自分で言ってしまってはちょっと変だけど、モテる。でも、女の子を道具なんて思っていないよ。女の子は男性を癒すための道具ではない。それに、僕には今、好きな女の子がいるんだ。その子はまだ僕の気持には気づいていないし、まだそういう段階の関係でもない。だから、クリスマスだけど僕は今日1人なんだ。でも、よかった。君がここにいたから今日は1人じゃない。」
この時、コウズは(君のことが好きなんだ。)という気持ちも込めていった。
だが、鈍感なユウコはそんなことにも気づくことはなく「そうだね、これでクリぼっちじゃない。」と言った。
「でも、何であなたがここ知っているのよ。」
「ここは、僕の父さんがマスターをしているカフェなんだよ。」
「え、そうだったんだ。なんかちょっと見たことあるような顔しているとは思っていたのよね。あなたのこと見て。」
「あ、そっちなのか。まさかの僕の方があとと言うね。」
で、君はどうやってこのカフェを見つけたの?と言うコウズにユウコは答える。
「こっちの方に初めて来たのが受験の時だったんだけど、その時に迷子になっちゃって。それでふらふら歩いていたらたまたまこのカフェにたどり着いたの。住宅地だったから大学を見つけるのは諦めていたんだけど、このカフェがあったおかげで、私は大学に合格したってこと。」
「へぇー、じゃあ何かの縁があるってことだな。」
そんな話をしていたら、今年あった嫌なことなど吹っ飛んでしまいそうだった。
でも、現実はそうはいかなかった。
神様はまだ少しだけ、ユウコを苦しめたいらしい。
「キャラメルシナモン1つお願いします。」
ノエミの声だ。
忘れかけていたその声に、ユウコの顔は一瞬にして曇る。
ユウコの視線の方向をたどっていくとそこには勿論ノエミがいる。
だが、ヤマグチはいない…。
と思いきや後から入ってきた。
「なんだアイツら、何でここを知っているんだ?」
「ごめん、私が話したことあったの。大まかな場所しか言っていなかったんだけど、穴場があるなんて言ったらそりゃ来るわよね。」
「そういうことか、いやユウコちゃんは関係ないよ。」
それから3時間ほど、ノエミとヤマグチが仲良くくっ付きながら楽しそうに話しているところを嫌でも見ることとなった。
カフェを出るのも手だったが、2人にユウコがいることを知られたくなかった。
ユウコがこのカフェのことを教えたのはノエミの方だ。
彼らの存在を気にしないように趣味の話に花を咲かせていたが、少し沈黙が来た。
その時、ノエミの声が聞こえてきた。
「ここね、ユウコが教えてくれたんだよ?ここに来れば彼女がいると思ったんだけど、流石に1人のクリスマスに外に出る勇気はなかったんだね。」
と言うノエミの声だ。
その言葉を聞けば、どんなに好きになった相手でも一気に冷めそうだ。
だがヤマグチは違った。
「そっかぁ、確かに彼女はこういうところ好きそうだ。」
と、『今日は湿気た空気だから雨が降るだろう』というのと同じような感じで言った。
さもそれが当たり前かのような、ごく普通の日常会話をするようなトーンで。
それには流石にコウズも苛立ったようだった。
それから、少ししてから、彼らはカフェを後にした。
「私、もう帰るわ。ちょっと疲れちゃった。」
「送ろうか?」
「大丈夫、1人がいいの。」
「そっか、それなら、気を付けて。」
「うん、また、じゃあね。」
そういってユウコは疲れ切った頭でとぼとぼと歩いて家に帰った。
家に帰っても疲れも怒りも消えなかった。
休み前に学校でノエミを見て「可哀そう」なんて思ったがそれは間違えだった。
彼女は自ら嫌われに行っている。
彼女は進んでユウコを傷つけようとしている。
ヤマグチも大概だが、ノエミも最低な人間だ。
心が穢れた最低な人。
最初は浮気をした彼が悪くて、それを実行した彼だけが悪いと思っていた。
でも、彼よりも彼の誘いに乗った彼女も悪い。
普通、友人の元カレと交際しようなど思わない。
そもそも友人の交際相手とセックスをするなど有り得ないのだが、そのは譲ったとしてもその相手を友人から奪うなどもってのほかである。
やっぱり、ノエミも悪い。
相当悪い女だ。
可愛い顔して、弱そうな顔をして、小動物のような装いをして、悪魔のような顔を持っている。
ユウコはこの瞬間から、ノエミが哀れだなんて思わなくなった。
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