第21話

 ギアルファ星系第4惑星周辺宙域。珍しく帝国軍艦艇が多数滞在している。帰還した迂回侵攻軍である。そして、機動要塞3個は迂回侵攻軍へ編入される前の配置へと戻っていた。


「功績1位、帝国軍近衛艦隊所属、自由遊撃艦艦長。シン・シ・アサダ。今回の功により、法衣伯爵へ陞爵、少将へ昇進、進銀勲章を授与とする」


「は! ありがとうございます」


 シンは陞爵、昇進を同時に受けた。この後は戦死した3名の司令官である、第3個軍の大将、第2機動要塞の大将、第4機動要塞の大将が、功績2位となり、名誉元帥と撃金勲章。功績5位は迂回侵攻軍総司令と続いたが、これ以降のものはここでは割愛する。


 戦闘には参加していないシンが功績1位となったことで、不満を持つ者もそれなりの数が存在していた。

 しかし、シンは戦略目的が達成出来たプランAを提出しており、他の誰も成し得ない、作戦の肝の部分の新航路のデータ提供者である事実は動かない。それらが正当に評価された結果の功績順位である。


 帝国軍総司令官は幕僚と共に今回の作戦結果の総括を行っていた。


「ふむ、戦闘推移報告書によると、この無防備宣言をした惑星2つを攻撃した以降の戦闘について損害が激増している。つまり、これは、やらないほうが良かったという事だな。但し、最前線から戦力が引き抜かれているのと関連性が認められるので、そちらで出るはずだった損害がこちらへ付け替わったという側面はあるだろう。それ以外では特に司令部作戦室で事前予測していたものを超えている部分はないな」


「そうですね。後方で同盟の兵站の支えとなっていたと思われる惑星は、軒並み潰しましたし、生産力として機能復帰させるには相当の時間を要するでしょう」


「つまり、今回の作戦は戦略目的の達成を持って成功。但し、損害は予定より多く出た。損害が多くなった責は迂回侵攻軍総司令の無防備惑星への攻撃許可という総括でいいな?」


「はい。ただですね、プランAにあった投入出来る最大戦力で。の部分が戦果予測と合わせて具体的であれば、もっと戦力を投入し、この戦争自体が終わっていた可能性が有ります。しかし、そこを問うと『司令部作戦室でその程度の戦果予測が出来なかったのか?』という話になります。特に初期段階では3個軍のみの投入予定でしたので。もし3個軍のみで作戦実施されていたら、同盟の1割、良くても2割程度しか攻撃出来なかったと推測されます。勿論、それでも最低限の戦略目標は達成となっていたハズですが」


「プランAに足りない部分は有ったのかもしれんが、読み解く司令部作戦室の責がより多く問われるな。あえてつつく所ではあるまい」


 この様な帝国軍内部での話により、シンは公然と責められる事はなかった。

 けれども、「もうちょっと投入戦力について、プランAに具体的に言及が欲しかった」などという恨み節的な愚痴は零される事となった。

 お前らの能力の問題だ! 俺のせいじゃねぇ! とシンは思ったが、この作戦で死んでいった者が多数いる事が頭を過り、黙って頭を下げる事はしたのであった。


 ギアルファ銀河帝国と自由民主同盟の最前線というのは2つの戦場の事を指す。

 これは、航路が2つしかなく、そこが戦場になっているという事である。


 後方を蹂躙された同盟側は、戦局を好転させるため、かねてから建造に着手しており、ようやく完成させた超巨大要塞を2個の投入を決定していた。

 この超巨大要塞は移動能力を犠牲にし、攻撃力と防御力を極限まで高めたものであった。そして更に、帝国軍2個軍相当の艦隊収容と整備補給能力を持たされたものでもある。

 この2つは最前線の航路両方を確保する目的で作られており、攻撃の有効射程は位置取りをきちんとしさえすれば、要塞の横をすり抜けて通過する事が不可能になるような長距離射程となっている。

 移動能力が皆無であるため、移動用の外付け推進器を取り付けられ、最前線へ向けてゆっくりと進み始めた。

 同盟側入り口、到着は4か月後となり、時系列で言えば帝国軍の迂回侵攻軍の帰還後1か月が経過した頃となる。

 そこから更に1か月ほどかけて、帝国側入り口手前へと移動する予定となっていたのだった。


 論功行賞が終わったシンはベータシア星系へと戻っていた。到着直前にシルクの懐妊が発覚し、主星の自宅への長期滞在が決定される。シルクがローラに懐妊報告をした後、帝都での出産をと何度も言われたのは別のお話である。

 孫同然だから仕方ないね!


「食料輸出にグレタへ行って帰ってきた者達が聞いてきた話なのだけれど、私達とお見合いする相手だった男爵家、取り潰しになったそうですよ。お見合い自体が無くなって本当に良かった」


 もしも、お見合いが成立していたら、どんな目に遭っていたかわかったものではないと身震いしてしまうロウジュなのだった。


「ほうほう。そんな話があったのか。それってよくあるような話なのか? ロウジュ」


「いえ。そんな。取り潰しがよくある話である訳ないじゃないですか! 色々と不正行為をしていて発覚しただけですよ。ああ。カイデロン伯爵家から父へ連絡が来たそうで、何かお仕事の依頼が父からあるそうですよ」


 えっ? 取り潰しあったじゃん。シルクの実家。と思いはしたが、口には出さないシンである。


「そうか。では後で顔を出してくるとするよ。シルクの事、よろしく頼むな」


「はい。任せてください」


 そうして、シンはお義父さんに会い、ざっくりとした説明を受け、カイデロン星系第15惑星へ向かうことになった。

 お仕事内容は非合法にママワガ元男爵に囚われていたエルフの女性達を迎えに行くこと。

 そして、アルラ、ミルファ、キルファ、ジルファの4人がシンに同行することが決まり、ベータシア伯爵家からメイドが数人ロウジュの元へ一時的に貸し出し派遣されることとなったのである。


 カイデロン星系第15惑星周辺宙域に到着したサンゴウは、衛星軌道上で待機となった。シンとメイド4人は50m級で地表のシャトル用空港へと向かう。

 シン達が到着した空港では、カイデロン伯爵自らが空港で既に待機しており、驚かされた。そうしてカイデロン伯自らの案内の元、今回連れて行くエルフ女性8名の所に到着したシンは絶句することになる。


「これは……」


「はい。出来る限りの治療は施しました。ですが、身体的欠損もですが、心がもう死んでいる様な状態でして手の施しようがないのです。我が領の男爵がしでかしたことなので、ベータシア伯爵家へは改めてお詫びとなんらかの形で賠償するのをお伝えする予定です」


 カイデロン伯自らが出てきた理由は納得できたが、目の前の光景に、シンの心は激しく揺さぶられていた。


 シンは女性達の姿を見て、ルーブル王国で奴隷に貴族が行っていたことを思い出していた。そしてシンは決意する。あの時の俺には何も出来なかった。だが、今、目の前のこの女性達は絶対に俺がなんとかする! と。


 そうして場面はサンゴウ内の治療用に設けられた部屋へと移る。


「サンゴウ。全員一度に治療するのは無理だから順にやる。個室を7つ別で用意してくれ。あと助手の子機も追加を頼む。アルラ達は呼ぶまで待機しててくれ。後は俺がやる」


 今回のシンは、似合わないシリアス調! 残念勇者でもやるときゃやる。どんなに顔がせいぜいフツメンだろうとも、やる時はやるのであった。

 うっかりと治療をしてるのはシンだとバレかねない発言をしちゃってるのも些細な事なのである。


 魔法で睡眠と麻痺の状態異常の付与を行ったシンは、中途半端に治ってしまっている部位欠損や火傷跡、傷跡などを抉り取る。そしてパーフェクトヒールを掛け部位欠損と傷跡の全てを治す。


「問題はここからだ。心がぶっ壊れた人間の治療経験なんざ無いからな」


 独り言を言いながらシンはまずは、状態異常の回復魔法をかける。しかしながら、焦点の合っていない視線で虚空を見つめたままの女性は、意識が覚醒しているとは言えない。


「くそ! やはり、状態異常回復じゃダメか。となると精神魔法か?」


「艦長。サンゴウの感応波で呼び掛けることが出来ます。但し、心を閉ざしている理由の排除材料が無ければ相手は反応しないでしょう。デタラメな艦長なら記憶の都合の悪い部分を消す様な魔法があるのではありませんか?」


「デタラメ言うな! そして、あるぞ! 忘却魔法。但し、時間でしか範囲が設定出来ない」


「やっぱりあるんですね。魔法の条件はわかりました。幸い、艦長が持ち帰った資料の中に身体特徴と攫ってきた日時の記録がありますので、そこまでを記憶忘却の範囲として交渉材料とします。なんらかの意思表示と思われる身体的動きがあれば、それを合意として、その時間まで遡る忘却魔法をかけて下さい」


 そしてサンゴウはシンにこのエルフ女性の攫われた日時を伝えた後、心に感応波で働きかける。感応波は一方的に伝える事しか出来ないけれど、強引にねじ込むことは出来るのである。


 エルフ女性の唇が声を発しようとするかの様にわずかに動く。シンはそれを確認して忘却魔法を発動するのだった。

 シンは経験上、忘却魔法は受けた直後は混乱状態になるのがわかっているので即睡眠魔法を重ね掛けする。こうすることで、目覚めた時の知らない天井を演出するのである。


 こうして、治療法を確立したシンとサンゴウは、残りの7名の女性も同じように回復させる。その後、シンはアルラ達がまとめて世話の出来る部屋に、8名全員を寝かせ、アルラ達を呼んだ。そして、彼女らが目覚めた後の世話と説明を任せることにしたのだった。


 ベータシア星系主星に戻り、オレガに報告を行う。そして、シンは8名の身柄をオレガに任せようとした。しかし、8名全員が、自分達の処遇が決まるまでの間の滞在先に、ベータシア伯爵邸ではなく、シンの邸宅を希望してきた。そうされると拒否し辛いシンは、仕方なくそれを了承する。そんな流れで自宅に総勢13人で戻った後、ロウジュに説明し、後は丸投げとなる。


 そうして、シンが自宅でやっと一息着いた所に、緊急通信映像が届く。それは帝都からの緊急呼び出しであった。


 帝国と同盟を繋ぐ、2つだけの航路。その2つの航路のそれぞれの帝国側入り口付近に、同盟が運んで来た超巨大要塞1個ずつが居座っていた。周囲には健在な帝国軍艦艇は皆無であり、それらが破壊された結果の無数にあるデブリだけが戦闘の残滓を示すように漂っている。


「ええい、あの要塞を何とかする手はないのか!」


「有効射程がまるで違うので、戦艦でも機動要塞でも近づくことが出来ません」


 帝国軍将官達は誰も、良案を出すことが出来ず、沈黙していたのである。


 こうした状況の中、シンは久々に1人のみでサンゴウに乗り、ギルファシア星系の首都星、帝都へ向かって全速航行していた。航行中にシンに出来ることは会話ぐらいとなる。


「なぁ。サンゴウ。この超巨大要塞って奴。放置で良くね?」


「はい。動いて帝国内への攻撃というのは不可能のようですし、後方からの補給艦の往来は確認されているとのことですから、補給が確保出来なくなる様な場所への移動は無いでしょう。つまり、近寄らなければ害は無いですね。射程外で遠巻きに包囲して放置でしょうか。今の所は。ですけれども」


「まぁそうだな。将来的には回復した戦力でこの要塞を橋頭保に、攻め込んでくるだろうな。だが、それにはまだ、数年単位で時間がかかるんじゃないか?」


 ルーブル王国時代に無理やり学ばされた軍略の知識が、日本に居た頃のオタ知識が、役に立ち、それっぽい推測を立てることが出来るシンだったりする。


「そうですね。同盟側が自国の防衛戦力を確保した上で、戦力回復後に攻めて来るのであればそうなります。しかし、このような状況であると、サンゴウの知るデルタニア軍の歴史には、全力攻撃に出るケースがあるのです。『どうせ蹂躙された後の領土だから、立て直すより敵から奪おう』とか、もしくは、『先に敵を殲滅すればいい。立て直すのは後でも出来る』と開き直る場合ですね。今の同盟側がそれを選ばないと断言する材料がサンゴウにはありません」


「なるほどな。となると、前回の未開拓航路を使った点がマイナス方向への影響になる可能性が有るか。何処から襲われるかわからないという判断がされていれば、防御より、捨て身の攻撃に賭けることはあり得るだろうな」


 シンにもサンゴウの言うことが理解出来た。ただ、「ではどうすれば良いの?」という疑問に対しての答えには辿り着いていない。


「艦長が単身で特攻す」


「おいこら待て! そういうのは求めていない! 今回はマジ本気でそうなりそうだからやめて?」


 言いかけたサンゴウに即待ったをかけるシン。


 こうして久しぶりに、あーでもない、こーでもないとサンゴウとシンの二人だけの時間が続く。

 

 帝都に着いたら、どう考えても無茶振り来るなぁと憂鬱になるシンなのであった。

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