第20話

 ギアルファ銀河自由民主同盟支配領域外縁部未開拓宙域。


 サンゴウはシンと新航路を作り出す作業を行っていた。帝国軍から出される結論次第によっては、作戦に必要ないものとなるかもしれないが、時間があるため先行して作業を開始していたのである。


 シンが帝都にローラを送り届けた際、ローラに皇帝とだけで見て欲しいプランZのデータを託した。そして、謁見時にはプランAが提出された。


 プランAは簡単に言うと、帝国軍の皆さんと共に頑張りましょう案である。


 内容としては単純なもので、最前線に同盟軍を引きつけつつ、別動隊で後方に回り込んで無防備な所を蹂躙しましょう案となる。

 但し、”未開拓の新航路を使用しての迂回”という点が作戦の肝だ。


 ちなみに、プランZはサンゴウ無双案である。


 こちらは、推奨プランではなく、もうどうにもならない時の最終手段としての提案となっている。シンもサンゴウも単艦で全てを解決する事が、帝国の未来にとって良いとは考えないという見解が明記されている案でもある。


 この案では、サンゴウを攻撃に手頃な位置にある恒星に突っ込ませ、恒星のエネルギーを食い潰しながら超高出力のエネルギー収束砲を同盟全土に順次打ち続けるというものである。

 某アニメ作品の宇宙が光っちゃうコロニーのアレを目標地点を少しずつずらしながら連射すると思って貰えば近いだろうか。

 現実的には、シンの魔力がサンゴウに供給され続けると恒星は必要ないのだが、対価無しに出来ると知れば安易にそれを選びかねないという事で、その点はあえて伏せての提案となっている。


 帝国軍司令部作戦室では、シンから提出された案について、議論がされていた。実現可能かどうか? やるとしたらどのくらいの戦力を投入するのか? 勝算はあるのか? といった点である。


 宇宙船の航路とはどんなものなのか?


 簡単に言えば迷子にならない、位置確認が確実に出来て、障害物が無い宙域の連続している所である。そして、通常、航路として使っていない場所というのは、その殆どが、迷子にならないの部分が問題になる。


 地球の海で言えば、目標物が見える範囲に何も無い大海原の真ん中で、方位磁針無し、天体観測無し、もちろんGPSなんか無いよ! 状態で迷子にならずに目的地に辿り着けますか? というお話なのである。

 そして、宇宙でいう障害物は、地球の海では暗礁、浅瀬、流氷、氷山等をイメージして貰えば近いだろうか。


 ちなみに、殆どじゃない方に当てはまるのは、障害物だらけという至極当たり前の場所と、船体が物理的に耐えられない場所を指す。

 具体的には小惑星やデブリが広範囲に大量にある場所や、恒星や高重力惑星、ブラックホールの近く等の場所である。


「なぁ。サンゴウ。提出したプランAのほうは通ると思うか?」


「はい。プランA自体は通るでしょう。問題は投入される戦力の規模です。何度も使える手ではありませんから、1回で決めきれる戦力が必要なのですけれど、そこを理解して作戦実施となるかどうかですね」


「そうだな。逆進撃に使われないために使い捨ての航路だしなぁ」


「はい。一度後方を大規模に襲われれば、最前線に集中して戦力を送り込む事は出来なくなるので、現状の苦しい状況を緩和するという、最低限の目標は達成は出来るでしょうね」


「発端から帝国は防衛戦争だったようだし、同盟を完全消滅させるまで一気に攻め込む決断が出るかどうかだな。帝国の資料を信じるならの話だけど」


 この手の資料は、自国に都合の良い様に捻じ曲げられる事が、往々にしてあるのだと、元日本人だったシンは歴史を学んだ事でそう思っている。

 

 シンが帝国の資料を見る限り、帝国側に同盟を侵略しなければならない理由が見つからない。

 同盟側が「民主的でない世襲の専制政治という政治体制が気に食わない。帝国国民を専制政治から解放する」という理由で戦争を仕掛けているという事になっている。


 これって同盟をガツンと殴り倒してから、「他国に内政干渉するのは民主的な行為なのか?」って突き付けた上で、両国間にちょっと大き目の中立地帯を設けて”お互い非干渉で行きましょう”でいいんじゃね? とかシンは考えてしまったりしたのである。


 シルクは混乱していた。オペレーターとして受けた訓練では、今現在サンゴウが問題なく航行している事が、理解不能であり得ない事であったからである。


 サンゴウは今、新航路を作るため、航路も宙域図も無い宙域を航行している。


 シルクが見ているサンゴウのモニターには、進む先について、自艦位置と周囲との位置関係がわからない状態でしか表示されていない。

 であるのに、シンがサンゴウに進路指示を出し、迷うことなく航行出来ているように見えるのである。そして、通過時には恒星のような光源が設置されて行き、航路図として新たに更新され続けている。

 訳がわからないと混乱して当然である。


 こうした事が出来るカラクリは、シンの魔法によるものだった。

 

 シンは成長した最大魔力量によって、MAP魔法と探査魔法を現在可能な最大領域に広げていた。

 そして、同盟の支配領域に対して、サンゴウの位置確認と進行方向の確認を常に行い続け、適切に指示を飛ばし続けていた。

 更に、そうした指示と並行して、瞬時回復する無尽蔵の魔力に物を言わせ、光球の魔法をなんと、ちょっとした恒星並みの規模で発動して設置し続けていたのである。

 発動後の持続時間は込める魔力量で調整出来るため、9か月程度になるようにしていた。


 これは、地球の船舶が必要としている灯台やブイがアイデアの素であり、それを大量設置しているのと同じである。

 そして、魔法であるが故、恒星が持つような高重力や熱は当然無い。つまり、光源の直ぐ近くでも、極論言えば光源の中でも、問題なく航行できる。但し、そういった無茶な事をすれば光学系のカメラ、センサー類がどうなるかは知らないが。


 持続時間が設定されているため、その時間が過ぎれば消えてしまう。これが、使い捨ての航路だとシンが表現した理由だったりする。


 光には速度があり、距離的に表現されるもので光年というものがある。

 光の速度で1年進めた時の距離を表現した単位の事なのだが、シンが設置した瞬間から発生する光が観測出来るのは、当たり前の事であるが発生した光が到達した距離範囲のみである。

 つまり、例えば10光年先にある場所からは10年後以降しか観測出来ない。そして魔法の持続時間が9か月という事は、観測され始めてから9か月が過ぎれば観測出来なくなるという事である。

 よって、同盟の支配宙域から、1光年の75%(9か月分)以上の距離に設置していれば、作戦行動中はバレることが、基本的には無いという事なのである。勿論、設置場所は安全性を確保出来ると思われる距離をちゃんと取っている。


 サンゴウが新航路を完成させ、シンが帝都戻った時、帝国軍の結論は既に出ていた。そして、迂回侵攻軍の編成も、想定される作戦期間の兵站の準備も終わっていた。プランAの作戦案は認められたのである。

 初期の帝国軍の投入予定戦力は3個軍であったのだが、皇帝の鶴の一声により、追加で帝都の戦力である機動要塞のうち5個が投入される事となった。

 サンゴウが計算する同盟の戦力予想が正しければ、同盟の支配領域の5割程度を蹂躙出来る戦力である。そして、サンゴウの参戦は無しと決まった。これは帝国軍からの皇帝への意見が採用された結果であった。


 こうして、シンとサンゴウが作り上げた新航路のデータは、帝国軍に引き渡される事になった。但し、情報漏洩を防ぐため、超大規模演習として、新航路の出発地点宙域に迂回侵攻軍が集結した時、初めて引き渡しが行われたのである。

 新航路データを引き渡し後、迂回侵攻軍は作戦開始となり出発した。そして、サンゴウは作戦終了まで帝都の周辺宙域待機となったのである。


「なぁ、サンゴウ。俺ら待機になったのってなんでだと思う?」


「はい。帝国軍内部での手柄の配分の問題だと考えます。新航路の提供に更に戦場での戦果が上乗せされると、艦長の手柄が大きくなり過ぎるという事ではないでしょうか? それと、帝都周辺に配置されていた機動要塞を抽出しているので、皇帝はその分の穴埋めという考えで、帝国軍の意見を是としたと推測されます。その推測が正しい場合、サンゴウはあの機動要塞5個分と同等と判断されたということですね。フフフ」


「そ、そうか」


 久々だけども、何度聞いてもそのフフフは怖いと思うシンなのである。


「別の可能性として、ローラ様の意思が影響した可能性もあります。シルクさんを最前線に出したくないとか、待機中にちょくちょく会いたいとか、艦長とシルクさんの時間を確保してあげたいとか。そういった私情が皇帝への圧力になったかもしれません」


 さすがサンゴウである。推測は全て正解だったりする。だが、正解だからといって〇を貰える事はない。


 シルクはサンゴウの回答を聞いていて、顔を赤くしていた。何故なら、以前のローラとの会話の中で、シンとゆっくりと時間を取って子を望みたいという話をしてしまっていたからである。


「そうかー。そういうのもあるかもなー」


 シンはヤル気スイッチをオンにした。だが、なにもおこらなかった。ゲームじゃないので!


 そんな会話を取りとめもなくしていると、ローラからのお願い通信が入った。以前手首から先を切り落とす事になった女性の治療依頼である。私財から5億エンを出すのでなんとかならないか? という事であった。

 通常であればお断り案件であるが、事情も心情も理解出来るシンとしては了承した。何故今になって? とも思いはしたのだが。


 これには事情があり、義手生活をしていたその女性には、元々婚約者が存在していたのだが、その家族から「義手の女性なんて!」と偏見に満ちた婚姻への妨害圧力が掛かり続けていたのであった。

 当人同士の結婚の意思は固かったため、幸い婚約解消には至っていなかった。しかし、婚約したままの期間が長くなり過ぎたという状況になってしまった。それが最近になってローラの耳に入ったのが事の始まりなのだった。


 事の裏事情はともあれ、シンからすれば依頼を受けた以上は素早く終わらせるべき案件だ。

 迎えに出した20m級にて、ローラと義手の女性と護衛女性騎士1名、メイド1名がサンゴウへと乗り込む。そうして、シンはサンゴウ内に設けられた治療室でパーフェクトヒールを使用して手首の治療を行った。

 勿論、サンゴウが治療したように見せかけているのは言うまでもない。そして経過観察で1泊し、翌日には全員帰還となる。


 こうして、シンは5億エンを手に入れ、治療を受けた女性は、帝都到着後、婚約者と直ぐに婚姻手続きに入ったのである。お幸せに!


 尚、格納庫で時々行われる、シルクの子機を装着した訓練の様子を、滞在中のローラが見学希望し、一緒に見学した女性騎士が、「アレ私も使ってみたい!」と言い出したのは別のお話である。勿論却下! ちゃんと護衛に徹しなさい!


 そして3か月ほど経過した時、帝都には最前線から同盟の攻撃圧力が急激に弱まっているとの報が入る。迂回侵攻軍の攻撃が始まったのだろうという兆候であった。


 更に時は過ぎ、遂に迂回侵攻軍は帰還した。


 この間にロウジュが女児を出産し、無謀にも転移を試みたシンが魔力量のセーフティを発動させたのは、別のお話となる。

 尚、転移自体は成功はしている。さすが、元勇者である。


 迂回侵攻軍は、とても無傷とは言えず、2個軍相当と機動要塞3個のみの帰還であり、3割を超える損害となっている。

 色々な考え方はあるが、シンの知る軍事的判定の段階の全滅(損害率30%)、壊滅(損害率50%)、殲滅(損害率100%)の判定に当てはめれば全滅である。


「なぁ、サンゴウ。こんなに損害受ける想定だったか?」


「はい。同盟側の後方と言える場所に置いていた戦力を帝国の内情と同等で算出すれば損害は1割程度、最悪でも2割程度を予測しておりました。予想以上に防衛戦力が有ったのでしょうか? 後は帰還後の報告が上がらないとわかりませんね」


 迂回侵攻軍は無防備宣言を出した惑星についても攻撃しており、慌てた同盟側は最前線から抽出出来る最大量を退却させ、迂回侵攻軍に叩きつけたためこの様な結果になったのである。但し、同盟の5割を超える部分に攻撃する事は成功しており、損害が大きかったことを除けば戦略目標としては達成されている。


「ま、戦争なんだし、損害0、死者0って訳にはいかんよな」


「そうですね。艦長が単身特攻する以外ならそうなりますね」


 サンゴウは自身の単艦での攻撃での予測を棚に上げて、あっさりと考えを述べた。


「おいこら待て! その発想はおかしい。そういうの求めてないから!」


「安心して下さい。艦長の戦力評価が高過ぎるだけですし、帝国はそんな事を艦長にさせませんよ。たぶん、きっと、おそらく」


「最後の言葉にめっちゃ不安を覚えるんだが! まぁそのうち呼び出されて何か有るだろう。今は待つだけだな」


「そうですね」


 こうして、シンが提出したプランAは実行されて終わった。


 提出したプランAの実行結果について、俺のせいとか責められないといいなぁ。と遠い目になるシンなのであった。




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