131日目「颯太、海に行きましょう。」

「颯太、海に行きましょう。」


休日、朝食のご飯をレトルト味噌汁で、流し込んでいると紗奈が唐突にそう言った。


「あら?デート?良いわねぇ。」

義母さんがコーヒーを一口飲んで羨ましそうにそう言って父さんも頷く。

父さんも義母さんも今日は仕事が入っているらしい。


「ええ、そうよ。海が私たちを呼んでるのよ。」

そうだったらしい。


そんな訳で電車を乗り継ぎ、季節外れの海を眺める。

砂浜に繰り返す打ち寄せる静かな波は、焚き火の炎並みに見ていて飽きない、、、気がする。


「突然、海に来てどうしたの?」

暖かい陽気の海だけど、海水浴シーズンと違い人はほとんどいない。


意外と海でアオイハルをする人は居ないようだ。

「、、、ラブコメでも海のシーンってあまりないわね。」

「、、、ないね。」

「どうしてかしら?」

「学校や家が話の中心だからじゃない?」

「そうなのかしら?

不思議ね。」


言われてみれば、確かに不思議かもしれない。

山も海もどこにだって、行こうと思えば行けるのに。


「ラブコメの中心が街中だからかしら?」

それもあるかもしれない。

なんでだろ?


「ラブコメ特有のドタバタが、人との関わりを描いてるからじゃないかな?」

「、、、それもそうかもしれないわね。

でも、それだけだと少し疲れる気がするわ。」

紗奈はそう言いながら、真っ直ぐに海を眺める。

波の音が静かに耳に届く。


ふと、紗奈から手を握ってきた。

温かく柔らかい。

僕はその手にそっとキスを落とす。

紗奈がドギマギしてるけど、手は離したりしない。

、、、キスを落としてから、辺りを見るが他に人は居なかった。


「、、、昨日、悪役令嬢の話をしたでしょ?」

「したね。」

「朝起きて、調子に乗ってランキング内のを見ていたの。

そしたら、面白そうな話があって読んでいたの。

、、、昨日の話、付け加えるわ。

悪役令嬢は一途だけど、『ヒロイン』が主人公の場合、決して、そんなことはなかったわ。」

「ヒロインが逆ハーレムでもしてたの?」

紗奈は憂いを秘めた顔で頷く。


「誤解をしないように言うけれど、文章力も構成もしっかりしてるの。

タグも嘘を吐いていないわ。

書籍化もされている。


、、、けど、ダメなの。

好きな人がありながら、他の人に唇を許すなんて、私には耐えられない!

そうね、事故や間違いは誰にもあるわ。

でもね、『心のファーストキス』だけは誰にも渡してはいけないのよ!」

ワッと紗奈は顔を伏せる。


僕はなんと言って良いか分からない。

いやマジで。


紗奈の頭を撫でる。

「まあ、前から言っているように、どんなに人気でも合う合わないはあるから、そんな時もあるよ。」

「ワクワクドキドキして、良い作品見つけたと思ったのに〜!」

「楽しく読んでて突然、あ、この主人公と考えが合わない、と思うことあるよねぇ〜。

うん、良くある。」

「私は読みながら感情移入しちゃうタイプだから、考えが合わないの、キツいのよー!」


「そっか、そっか。うん、紗奈、疲れてるんだね。」

それで癒されたくて海か。


「、、、いいえ?

家に居たら、一日中もきゅもきゅしてしまいそうだったから、ちょっと外に出ておこうかと思って。」

「あー、うん。」


僕はそれしか言えなかった。

確かに両親の居ない家で2人っきりだと、ただれた一日を過ごしてしまう自信がある。

うん、自信しかない。


とりあえず、今は2人で手を繋ぎ波の音を聞きながら、なんとなく海を眺め続けた。

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