第86話 再来、七色の族長
「やはりBランク程度のモンスターは相手にならないな」
俺は呆れた感情を抑えるようにして、目の前で怯える人型モンスターの頭部を回し蹴りで吹き飛ばした。
このダンジョンも、残すは目の前の階段を下った先に待つ最下層のみ。ほんの僅かに心のどこかで、”強いモンスターが出るのではないか”という期待をしていただけに、若干ではあるが残念さが目立つ。
ここまで、立ち塞がる幾多のモンスターを、刀を使わずに体術のみで絶命させてきたが、気配を探った限り、最下層で待ち受けるモンスターも大したことはなさそうだ。
「まあいい。元々俺のためのダンジョンではないからな」
俺は最下層へと続く暗い階段を下りながら考えた。
このダンジョンを完全に攻略するには、冒険者ランクにして、およそBランク程度が必要となるだろう。名も無き領地の住民の戦闘能力の強化に焦点を当てれば、このダンジョンの攻略難度は全く問題がないと言える。
「一撃で首を刎ねて地上に戻るか」
階段を下り終えた俺は、最下層のフロアの中央に佇むモンスターを見据えた。
それは真緑色をした植物型のモンスターだった。ランクにしておよそAの下位。俺にとっては取るに足らない相手だが、一般的なダンジョンにおいてはかなりの強敵と言えるだろう。
「……抜刀——」
俺は敵が俺の姿を認識した瞬間に、地を這うようにして移動を開始した。そして、距離が残り数メートルというところで瞬時に抜刀し、跳躍。流れるような動きで首を刎ねた。
それから鞘へ刀を収めるのとほぼ同時に、ボトリと気配を失い絶命した敵の首が地面に落下した。
「帰るか」
俺は首と胴体が斬り離され、完全に絶命したことを確認してから、階段へ向けて足を進めた。
来る途中に既にダンジョンの地理はある程度把握したので、後は帰還するだけだ。
ヘレンのことも気になるし、何より、名も無き領地についてまだまだ聞きたいことが山ほどある。
とりあえず、今は帰還することに専念しよう。
◇
「皆の衆。酒が注がれたジョッキは手にしましたかな? では、乾杯ッ!」
身長が三メートル近くあり、筋骨隆々とした白髭のおっさんは、右手に持つ茶色いジョッキを天に掲げた。
それと同時に、あぐらをかいた数百のドワーフたちが一気にジョッキに口をつけて、グビグビと酒を煽り始めた。
中央に設けられた巨大な焚き火が轟々と燃え上がり、それは宴の開催を告げる合図のようだった。
「……」
かくいう俺は、クセのある酒で喉を潤した後に、真っ赤な顔で楽しそうにしているドワーフたちに目をやった。
皆が皆、俺に目線を送りながら楽しげな歌やダンスを披露しており、この場がどういう場なのかを瞬時に理解させてくれる。
地面に直接座り、中央にある焚き火を囲い、祝福の歌や踊りを披露する。それこそがドワーフ流の宴らしい。
「ゲイルさん、ボーッとされてどうしたんじゃ? ワシらの宴はこれからもっともーーーーっと盛り上がるぞい!」
ワイナルドゥエムは背後から俺の肩に腕をかけてそう言うと、小気味良く左右に揺れながら豪快な笑い声を上げた。
ジョッキの中に注がれた酒は全てニーフェが造り出したモノらしいのだが、どうやらこの様子を見る限り強いらしい。
ただの人間である俺は、一気飲みは控えたほうが良さそうだ。
「ワイナルドゥエム! お前もこっちに来い! 前回の負けを今日こそは晴らしてやる!」
「おぅし、そうきたか! ワシはドワーフ族では最年少だが、最も酒が強い! 年老いた主らに負けはせん! 受けて立つ!」
ワイナルドゥエムは酒樽を肩に担いだドワーフに呼ばれると、ヨロヨロと覚束ない足取りで歩き去っていった。どうやら我慢比べをするらしい。
「……どうしてこうなったんだ。俺はダンジョンの攻略が終わったから地上に帰還しただけなのに!」
ポツンと一人になった俺は暗い星空に叫びを上げた。
そもそもどうして俺は一人になっているのか。言っちゃあ何だが、俺は今回の宴の主役のはずだが……。
「グスタフさん。のんびりするのは退屈だよ。本当にこんなんでいいのかな……」
俺はイグワイアの風呂場で邂逅した青髭のおっさんこと、グスタフさんの言葉が脳によぎった。
退屈なのは贅沢なこと。だから別に悪いことではない。そう俺は認識したのだが、常に何かをしていたい俺はそんな退屈には耐えられそうになかった。
「今日くらいはこの宴に付き合うが、近いうちにアクティブな行動を再開するとしよう」
数十分前の出来事を考えながら、俺は目の前の光景を割り切ることにした。
ダンジョンからなるだけ速いスピードで地上へ帰還したはいいものの、そこで待ち受けていたのは数十人ものドワーフの群れだった。
ドワーフたちは帰還したばかりの俺のことをグルリと囲い込むと、薄暗くなった空の下に連行し、半ば強制的に宴を開催したのだ。
以前から礼をしたいという旨は聞いてはいたものの、あまりにも突然すぎて俺は驚いていた。
ユルメルとニーフェに挟まれたヘレンは、巨大な焚き火を挟んで俺の向かい側で、楽しそうに食事をしていた。元気になったようで何よりだ。
「——ゲイル殿。お久しぶりですな。ワシのことを覚えていらっしゃいますかな? こちらをどうぞ」
たった一人で俯いて考え事をしていると、俺の視界に何者かの茶黒い素足が入り込んだ。
「……ん?」
疑問に思った俺は顔を上げて、一体誰がそんなことをしたのか確認してみたが、そこにいたのは乾杯の音頭をとった七色の髭を持つおっさんだった。
もはやドワーフなのか怪しいその巨体は、見る者全てを圧倒する。
「やはりわかりませぬか。ワシは族長のダンクルマーンです。名前を聞けばピンときましたかな? いやぁ、貴方には感謝してもしきれませんよ。あ、隣失礼。皆が宴の場ではメシアと気安く接してはいけないなんていっているせいで、貴方を一人にしてしまいました。何卒、ご理解してくれると助かります。それで——」
「——ま、待ってくれ! 誰も俺に接近してこない理由はわかったが、一つだけ言わせてくれ。あんたは誰だ? 俺の知ってる族長は小柄でシワだらけでヨボヨボで百二十歳にもなる爺さんだったぞ!?」
俺は気持ちよさそうに話を続けるおっさんの言葉を遮り、カウンターと言わんばかりの早口で捲し立てた。
俺の目の前に座り込んだおっさんは、早口で捲し立てた俺の決死な表情を見て、「あぁ」とでも言いたげな感服した顔になっていた。
「んぐ……ぐっ……ぷはぁ! いやはや、名乗っても信じてもらえないとは。ワシもニーフェさんの酒を飲んで随分と若返ったのですなぁ。族長の名に恥じぬ体躯を再び手に入れることができて嬉しく思いますよ」
ドワーフ族の族長を名乗る、七色の髭を持つおっさんは、体躯に見合った大きなジョッキに口をつけると、喉を鳴らしながら一気に酒を飲み干した。
艶のある肌をくしゃっとさせながら、満面の笑みを浮かべている。
「……ほ、本当にあの族長なのか……?」
俺はそんな純粋無垢な笑みを浮かべるおっさんのことを見て、もしや本当に族長なのではないかと感じ始めていた。
いや、もう目の前にいる七色の髭を持つおっさんは族長で確定だろう。微かに感じる強者の気配がそう言っている。
「ええ。ニーフェさんの酒は端的に言うと”ヤバイ”です。なぜなら、百二十歳の老いぼれが、このような見た目に様変わりするのですからねぇ。百歳ほど若返った気分ですよ。さあ、信じてくれたようですし、お話でもしましょうか!」
族長は鼻息を荒くしながら、両の腕の筋肉をムンッと盛り立てて、自身の若さと力強さをアピールした。
「族長に折り入って相談がある。場所を変えても良いか?」
俺はジョッキを置いて立ち上がり、地に尻をつける族長のことを見下ろした。
ここはお世辞にも静かな場とは言えないので、落ち着いた話はできなさそうだ。
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