第84話 雌雄同体両性具有

「まあ、ざっとこんなもんじゃな。ギルドや商会、王宮の代わりとなるバベルなど、一応一般的な国にあるような機関は全て取り入れたつもりじゃが、人手が全く足りてないおらん。そのせいでほとんど機能しておらんのが現状じゃわい」


 ワイナルドゥエムは照りつける太陽によって温められた風で髭を靡かせながら言った。

 太く長い垂れた眉毛をひそめており、その表情から深刻さが伝わる。


「外壁の上から見ると、かなりわかりやすいな。それと失礼なことを言うようだが、ドワーフは建築に関する知識は豊富な分、それ以外のことをやらせると……まあ、何というか残念だな」


 ワイナルドゥエムに連れられて外壁の上にやってきた俺は、発展した名も無き領地を上から見渡していた。

 上から見て、バベルの左側にある建物がギルドで、右側にあるのが商会だ。

 下界にいる数百のドワーフたちは、腰に酒瓶をぶら下げながらせっせと動き回っている。しかし、全員が建築作業に力を注いでいるため、せっかく造りあげた数々の建築物はもぬけの殻になっていた。

 

「ゲイルさんの言う通りじゃ。現状、国としての機能はないも同然。自給自足を可能にするためには、その他の発展が必要不可欠になると思われる」


「そうだな……。まあ、その辺りは俺が何とかしよう」


 俺は特に考えもなく、そう言い切った。

 これまでも目の前に立ち塞がった問題は何とかなったからだ。断る余地はなかった。


「うむ。ゲイルさんならそう言ってくれると思っておったわい。そこで、ドワーフとしての意見を一つ述べるなら、まずは住民を増やしてくれると助かる。どうじゃ?」


 ワイナルドゥエムは長くチリついた顎髭をワシワシと撫でながら言った。

 やることはたくさんあるが、俺にとって最優先事項は、バベルの下にあるダンジョンの攻略だと考えていた。次にヘレンのこと。最後に食糧のことだ。

 ドワーフの意見を尊重するなら、住民を増やすことを第一に考えるべきだろう。

 といっても、今回はドワーフを勧誘した時のような情報は持っていないので、先行きは不透明だ。


「わかった。食糧はまだバベルにあったはずだから、住民を増やすことも考えておこう。だが、あまり期待しないでくれると助かる。俺は俺でやりたいことがあるからな。それでもいいか?」


 俺は視線を斜め下に移し、ワイナルドゥエムの目を見て言った。


「うむ。構わぬ」


 それに対してワイナルドゥエムは、首を大きく一回縦に振ることで納得の意を示した。


「そこでだ。ワイナルドゥエムに一つ頼みたいことがあるんだが……」


 俺は天に聳え立つバベルを見ながら言った。

 同時に生温かい風が、俺たちのことを吹きつけた。


「ワシは手が空いておるから、何でも頼んでくれて構わぬよ」


「バベルの真下を螺旋状に掘ってほしい。実は名も無き領地の下にはそこそこ大きなダンジョンがあるんだ」


 元はと言えば、名も無き領地はダンジョンを上手く活用した国にする予定だった。

 しかし、ダンジョンを攻略する前に様々な障害が発生したせいで、中々手をつけることができなかったのだ。 

 今の俺は比較的暇を持て余しているので、真っ先にダンジョンの攻略に臨みたいところだ。


「ダンジョン……とな? それは真か?」


 ワイナルドゥエムは「むむむむ」と唸り声をあげると、疑わしい目で俺のことを見てきた。

 まあ、当然の反応だろう。誰に聞いたとしても疑念を抱くのは間違いない。


「ああ、本当だ。どうだ? 可能か?」


 俺が攻略する予定だ。

 次回からはユルメルやニーフェ、ドワーフたちが攻略してほしい。

 というのも、身の危険を守れるだけの最低限の力を全員につけてほしいからだ。

 時間はかかるかもしれないが、全員にダンジョンの攻略をしてもらう予定だ。


「……可能じゃ。ワシ以外に手が空いている者もいるだろうしのぅ。真下のダンジョンに繋ぐだけの歪な螺旋階段であれば、数十分で掘り終えることができるわい」


 ワイナルドゥエムは指先でこめかみの辺りをリズム良く数回叩くと、数秒後にその太い指でバベルを差した。

 何らかの計算を頭の中で行っていたのだろう。建築に関しては超一流な種族ということもあって、その意見は信用に足るものだと言える。


「本当か! それは助かる!」


「では、早速向かうとしようかのぅ。その様子だと、今すぐにでも行きたいのじゃろう?」


 ワイナルドゥエムは驚きの声を上げた俺の顔を一瞥すると、屈曲させた右腕の力コブを左手でぽんぽんと叩いた。さらに、真白い歯を剥き出しにして嬉しそうに笑っており、本当に建築作業が好きなんだとわかる。


「悪いな。じゃあ早速頼む。あ、その前に一つ聞きたいことがあるんだが、どうしてドワーフには男しかいないんだ?」


 それを確認した俺は、今まで気になっていた質問をワイナルドゥエムにぶつけた。

 砕けた口調で話してもいいという許可を取れても、これに関しては中々聞きにくかった。

 絶滅の危機などの深い事情があるかもしれないからだ。


「ぬわっはっはっはっ!! そりゃあドワーフ族以外の種族が知らなくても無理はない質問じゃな! じゃが、答えは簡単じゃ。ワシらドワーフ族は”雌雄同体”なのじゃよ」


 ワイナルドゥエムは特に気にする様子もなく堂々と答えた。

 雌雄同体とは男女それぞれの生殖機能を持ち合わせていることだ。つまり、下界にいる数百のドワーフは皆が皆、男の見た目をした両性ということになる。


「そういうことか。悪いな、変な質問をしちまった」


「いいんじゃよ。数年に一度人間に会うと、同じようなことを聞かれたりするからのぅ。まあ、そんな話は今は置いておこう。ワシはこれから仲間を募りながら、少し遅れてバベルに向かう。だから、ゲイルさんは先にバベルで待っていてくれ」


 あまり種族の深い事情に踏み込むのは良くないため俺が軽く謝ると、ワイナルドゥエムは特に気にする様子もなく黄昏た。


「わかった」


「うむ。では、また後でな! どりゃぁぁぁぁぁぁっ——」


 ワイナルドゥエムは俺のことを一瞥すると、分厚い外壁の内部に設けられた階段に飛び込んでいった。そして、低身長でゴリッとしたその肉体を限界まで小さく丸めると、ゴロゴロと音を立てて下へと転がっていった。

 確かに転がればスピーディーに移動をすることが可能だが、「何もそこまでしなくても」と言いたくなるほど、真意も移動方法も全く意味がわからなかった。


「……ドワーフってのは奇想天外な種族だな」

 

 そんな俺の呟きは生温かい強風によってかき消されたのだった。

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