第81話 狂信者
「訳がわからん。まさか、これら全てがドワーフの力だというのか……?」
門を潜り、ヘレンを背負いながら歩くこと数分。
俺は辺りを見回しても、何が何だか理解することができなくなっていた。
閑散とした更地だったはずの名も無き領地は、統一された無数の建造物が立ち並んでおり、今俺が歩いている道も綺麗に舗装されている。
以前のような無法地帯とは大違いだ。
だが、そんなことは序章に過ぎなかった。
「メシアだ! メシアの帰還だ!」
「ああ、メシア……我々の救世主よ。背負われていらっしゃるのは、神の世界で授かったご自身の子供でしょうか……」
「酒と仕事を与えてくれて本当にありがとう。我々はあなたに死んでも付き従います……」
俺が道を歩いて軽く一瞥するだけで、道の端にいる数十人ものドワーフが何かしらのおかしな反応を見せるのだ。
ある者は喜びの舞を踊り、またある者は指を組んで天に祈りを捧げていた。中には立ったまま気を失って、口から泡を吹いているものまでいる。
「……狂信的だな」
皆が俺のことを神を見るようなキラキラとした瞳で崇めており、ここが本当に俺の知ってる名も無き領地なのか不思議に思えてきた。
ちなみに、俺の子供だと勘違いされているヘレンは、規則正しい呼吸をしながら俺の背中の上で静かに眠っていた。
「というか、何で名も無き領地のど真ん中に巨大な塔があるんだよ……。ますます理解が追いつかないな」
門を潜ってからすぐに気がついていたが、あえて触れずに目を逸らしていたことがある。
それは天高く伸びる巨大な塔だった。
遠方からでも薄らとその姿を確認できるほどの大きさがあり、いざ近くで見るとその迫力に圧倒されてしまう。
「ゲーイールーーーーーッ!!!!!」
俺が呆然と立ち尽くしながら、巨大な塔を眺めていると、ドドドドドドドという地面を勢いよく駆けているような轟音が、徐々に近づいてくることがわかった。
同時に、妙に耳馴染みの良い声が俺の名前を呼んでいる。
「ひーさーしーぶーりーーーーッ!!!!!」
声の主の正体は、金髪ショートのタイニーエルフこと、ユルメルだった。
ユルメルはその小さな体を投げ出して、俺の胸に強烈なタックルをお見舞いしてきた。
タイトなショートパンツと通気性の良さそうなキャミソールを着ており、その声色や雰囲気からパワフルな性格がビンビンと伝わってくる。
「ぐっ……ユルメルか! 胸にタックルするのは全然構わないが、一つ聞かせてくれ。これはどういう状況だ? 一体名も無き領地で何が起きたんだ? さあ、早く教えてくれ。気になって仕方がないんだ!」
俺はユルメルのことをすぐさま剥がし、肩をぐわんぐわんと揺さぶった。
ユルメルに久しぶりに会えたのは嬉しいことだが、今はそれどころではない。俺は頭の中にある無数の謎を解消したくて堪らないのだ。
「わか……っ……ら。落ち着……イル……!」
ユルメルは首と頭が前後にカクカクと揺られており、言葉を発することすら満足にできていなかった。
「あ、それじゃあ喋れないもんな。悪い悪い」
遅ばせながらそれを察知した俺は、すぐにユルメルの肩から手を外した。
ユルメルは目をぐるぐると回しながら足元をヨタつかせており、生まれつき小柄なタイニーエルフということを黙っていれば、遊び疲れた子供にしか見えなかった。
「……うぅ……頭がズキズキするよ」
「頭が混乱していたのと、ユルメルに会えた喜びから少しテンパってたんだ。許してくれ」
最も付き合いの長い仲間と久しぶりに会えたことで、俺はついつい大胆な行動をしてしまった。
「僕も全力でタックルしちゃったし、おあいこだね! それより、おかえり! 話したいことは色々とあるから、まずはバベルに行こっか」
ユルメルは軽く謝ってから俺に背負われたヘレンを一瞥すると、意味ありげな笑みを浮かべた。
「バベル? なんだそれ?」
「あれがバベルだよ。ゲイルが勧誘したドワーフたちが一生懸命造ってくれたんだ。僕とニーフェはもっと小さくていいって言ったんだけど、恩返しのためですーって中々聞いてくれなくてさ」
ユルメルは巨大な塔を指差して答えた。
「……なんのために?」
俺には意味がわからなかった。王宮の代わりかなんかだろうか。それとも名も無き領地の象徴として建造したのだろうか。何にせよ、人が住むにはあまりにも高すぎるし大きすぎる。
「その辺りは追って説明するから、取り敢えずバベルに向かおう! ニーフェが待ってるからね! えいっえいっおーっ!」
「お、おーっ……」
ユルメルは満面の笑みを浮かべて天に右の拳を突き上げると、俺の手を取ってスタスタと歩き始めた。
俺はそれにつられて、恥ずかしながらもユルメルに呼応した。
ドワーフの見た目、名も無き領地の異常な発展、そしてバベルと呼ばれる巨大な塔。謎は深まるばかりだが、それを知るためには、ユルメルについていくのが一番手っ取り早いのだろう。
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