第66話 別れと叫び
「後はここを道なりに行けば到着します。到着したら、現地にいる二人の女性のどちらかに声をかけてください。きっと話が伝わるはずです」
「うむ! 中々の距離があるが、酒を飲めるとあらば力を振り絞るとしようかのぅ! フォッフォッフォッ! 行くぞぃ! 皆の衆! 先頭のワイナルドゥエムに続くのじゃ!」
しんがりにいる族長の言葉を聞いた数百人のドワーフたちは、呼応のあった小さな歩幅で一斉に歩き始めた。
皆が楽しそうな様子で鈍く低い声で歌を歌っており、酒への期待と情熱がよく伝わってくる。
「……行ったか。よし、アルファ。待たせたな。俺の用は全て終わったし、イグワイアに帰るか」
ドワーフたちの大行進を後ろから見届けた俺は、洞穴を出てから舗装された道に案内するまでの間ずっと無言だったアルファに目を向けた。
「……そうだナ」
「おう。ここら辺はモンスターも出現する地帯だしな」
アルファはこれまでの素っ気ない返事というよりかは、何か難しいことを考えているような返事だったが、俺は特に気にしないことにした。
アルファだってクララ女王に命令されて嫌々来たのだし、何か思うところがあるのだろう。
「っと、言ったそばからお出ましだ。とっとと片付けるか」
「私がやル。盗賊の時は邪魔されたから手を出さないデ」
なんてことを考えているうちに目の前からモンスターが現れたので、俺は敵の姿を見据えて刀を抜き去ったが、そんな俺のことを制すようにして、アルファが俺の前に出てきた。
どうやら俺の出番はないらしい。
「わかった。気をつけろよ」
俺は鞘に刀を収めてから、改めて対峙するモンスターの姿を確認した。
モンスターの数は三体。実力はCランクの中でも下の方だろう。名前はヒュームフォーム。夜になると現れる人型モンスターだ。ここまで聞けば大したことのないモンスターだと思ってしまうが、実はヒュームフォームはかなり厄介な能力を持っているのだ。
ヒュームフォームは対象の記憶の中からランダムで人物を選択し、その人物に細部まで似せた変身をするのだ。
それにヒュームフォームはとても頭のキレるモンスターだ。力やスピードはそれほどでもないが、モンスターらしからぬ冷静な性格と素早い判断をすることができる。
「……一分以内ダ」
アルファは真っ赤なマントの袖口から何の前触れもなく短剣を出現させると、敵の姿を見据えてグッと腰を低くした。
どうやら攻撃を仕掛ける準備は整ったようだ。
イグワイアの女王の直属の護衛がどの程度の実力なのか確かめてみるとしよう。
先に動き出したのはアルファだった。
アルファは全く音のない動きで荒野を蹴ると、保った体勢を一切乱すことなく、中央にいた一体のヒュームフォームに接近し、一瞬で首を刈り取った。
「中々のスピードだな」
「……ァァァ……!」
元々他のモンスターのような立派な声帯を持っていないヒュームフォームは、声にならない呻き声をあげて絶命した。
残すは二体。まだアルファとヒュームフォームの目は合っていないので、ヒュームフォームは未だ変身前の闇に溶け込むようなダークグレーの色をした姿のままだ。
つまり今はチャンス。変身される前に倒せば、無駄な思考をせずに済むからだ。
自分の記憶の中にいる人物に変身されると、戦いにくいにもほどがある。ヒュームフォーム相手には素早く決着をつけることが大切なのだ。
「……ァァァ……」
しかし、ここでヒュームフォームは思いもよらない行動に出た。
「ほう。目を合わせる作戦に変えたか。まあ、仲間が真っ向から殺されて真剣勝負をしようだなんて思わないから当然か」
二体のヒュームフォームは器用にバックステップを踏んでアルファから結構な距離を取ると、黒々しい目に力を込めて、アルファのことをジッと見つめていた。
「先に殺せばいいだケ」
だが、アルファはそんなことはお構い無しに、数十メートル先で二体揃って並んでいるヒュームフォームに突進していった。
「……愚策だな」
これを最善の策と取るか、それとも無謀な決断と取るかは、数秒後の結果を見ればわかる話だ。
「……ァァァ! ァァァ……っ!」
一体のヒュームフォームは眼前にまで接近してきたアルファから距離を取り、残されたヒュームフォームはその場で仰向けに寝転がった。
「死ネ!」
アルファはそれを僥倖と見たのか、仰向けに寝転がった状態でアルファのことを見続けるヒュームフォームの首を目掛けて短剣を振るった。
「ァァァ! ァァァ!」
しかし、ヒュームフォームはその短絡的な攻撃を見切っていたのか、迫り来る短剣をギリギリのところで回避すると、息が詰まったようなぎこちない笑い声をあげて黒い目に生気を宿した。
「くっ!」
「これはうまく嵌められたな」
アルファは「やられた」というように、ヒュームフォームから距離を取って顔を上げたがもう遅い。
事前にアルファから距離取っていたもう一体のヒュームフォームが、アルファの事をじっと見つめていたのだ。
これでアルファは残された二体のヒュームフォームと目が合ってしまったことになる。
チャンスが一気にピンチに変わった瞬間だった。
「仰向けになってからわざと眼前までアルファのことを誘導することで互いの視野を狭くしたのか。モンスターのくせに中々頭が回るな」
アルファは真っ赤なマントのフードを深く被っているので、地に足をつけた状態で目を合わせるのは厳しいと判断したのだろう。
だからこそ、ヒュームフォームは強制的に視野を狭められる盤面を作り出したのだ。
「ァァァ……! ァァァ! ァァァ!」
アルファが距離をとった隙にヒュームフォームは変身を開始しており、既にヒュームフォームの全身は淡い光に包まれていた。
そして僅か数秒後。変身を終えたヒュームフォームは、貴族のような高級感溢れるドレスを身に纏った二人の女性の姿になっていた。
二人の女性の手には血のついたナイフとフォークがあり、どこか表情は猟奇的に見えた。
「……なあ、この二人の女性はアルファの知り合いか?」
俺にはもちろん見覚えのない人物だ。
おそらくアルファの知り合いが何かだろう。倒すのが憚られるだろうが、所詮相手はモンスターだ。
無駄な憐れみを抱かずに、早急に決着をつけるべきだろう。
「ぃや……なんで……いやいやいやいや! いやァッァァァ!」
俺の問いにアルファは答えることはなく、突如として、その場に膝をついて頭を抱えると、嗚咽混じりの叫び声をあげた。
「おい! アルファ! くそ……何も聞こえてねぇか」
アルファは顔を伏せて黒い仮面を取ると、男と呼ぶには長すぎる髪の毛を垂らしていた。
息を荒げながら顔面を掌で覆うように隠しており、その様子からただ事ではないことが容易にわかる。
「ァァァ! ァァァ!」
「ァァァ! ァァァ!」
その光景を見た二人の女性に変身した二体のヒュームフォームは、やってやったと言わんばかりの鈍い笑みを浮かべていた。
対象の記憶の中にいる人物に変身しただけなので、ヒュームフォームは何が起きたかは理解していないはずだが、どういうわけか良い方向に転がったことで喜んでいるらしい。
「……何が何だかわからないが、取り敢えず殺すか。お前らのせいでアルファがおかしくなっちまったからな」
俺は地面を蹴ってからすぐに刀を抜き去り、その勢いを保ったままヒュームフォームの首を刎ねた。
一秒足らずでの決着になったが、今はそんなことはどうでもいい。
「……くそ、意識を失ったか。一体何なんだよ……。取り敢えずはイグワイアに帰還するしかないか」
ヒュームフォームは絶命の声を上げる間も無く絶命したので、俺はうつ伏せになって意識を失ったアルファのことを背中に乗せてから、イグワイアを目指して全力で駆け出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。