第32話 決着の時
俺は攻撃を開始する前にコロシアム全体を見渡して、無関係の人々に被害が及ばないように観客席までの距離を確認した。
人間同士の剣を用いた近接戦闘ならまだしも、今回の相手は悪魔だ。ボルケイノスに強大な魔法か何かを放たれたりしたら防ぎようがなさそうな距離感だな。
ここは攻撃の隙を与えないように攻め続けるしかなさそうだ。この細剣でどこまで戦えるかわからないが、この場に立っているのは俺だけだ。やるしかない。
「……ふっ……!」
俺は宙に浮いてこちらを見下ろしているボルケイノスを目掛けて地面を蹴った。
刀にはないリーチを生かして、周囲の地形に影響が出ないほどの強さで細剣を振るう。
「甘い」
しかし、ボルケイノスは余裕綽々といったような態度で眼前に迫る細剣を爪でいなすと同時に、しなやかな脚で蹴りを放ってきた。
蹴りのスピードは中々のものだ。少し硬くなった表情や隙のない雰囲気から察するに、本気に程近い攻撃に見える。
しかし、その中にはほんの僅かだが慢心が感じ取れるので、早い段階から仕掛けたほうがよさそうだ。
「お前もな!」
俺はそれをギリギリのところで細剣で弾いてから重力に従って地面に着地した。
空中戦だと中々厳しいかもしれないな。まずは体勢を立て直して、こいつを空中から引きずり落とすか。
「どうした。それで終わりか?」
頭の中で対策を練っている俺をよそに、ボルケイノスは翼をゆっくりとはためかせながら静かに腕を組み、明らかに俺のことを見下している視線を向けてきた。
「……よッと!」
今がチャンスだと見た俺は、ボルケイノスに向かって細剣を全力で投げ飛ばした。
投げた細剣がボルケイノスのもとへ到着するまで僅か数秒。
俺は細剣を投げ飛ばすと同時に、宙に浮くボルケイノスの真下に向かって走り出す。
「っ! ど、どこだ!?」
ボルケイノスは目の前から勢いよく回転しながら迫り来る細剣の方に意識を奪われたせいで、全力で走り出した俺の姿を見失ったようだ。
こいつがこんなに感情を出すのは初めてだな。
俺の姿を終えていないということは、多少の油断があったのだろう。
「……」
俺は静かに、それでいて素早く地面を駆けていき、ボルケイノスの視界に一切収まることなく、ボルケイノスの真下で跳躍した。
そして、俺は勢いを全く落とすことなくボルケイノスの真上に到達し、空中で小さく首を振っているボルケイノスを背中を背後から蹴り飛ばした。
「なっ!? きさ——がはッ……!」
ボルケイノスは蹴られる直前で俺の気配を察知したのか、首を捻って後ろを見ようとしていたが、もう遅い。
その時には既に体はほぼ直角に折り曲がっており、地面に向かって突き進んでいたのだから。
「っし!」
俺はボルケイノスを蹴りをいれたことで崩れた体勢をすぐさま立て直し、こちらに回転しながら向かってくる細剣を受け止めてから地面に着地した。
突発的に細剣を陽動に使う作戦を思いついたが、まさかこんなにうまくいくとはな。
「……まだ生きているんだろう? 次は俺の土俵で戦ってもらうぞ」
俺は舞い上がる砂煙を細剣で振り払い、倒れ伏すボルケイノスに声をかけた。
ボルケイノスはリングの四分の一ほどを破壊してしまうほどのスピードで地面に衝突したが、まだまだ濃密な殺気と強大な気配を感じる。
「ぐ……やるではないか……下等な人間よ」
ボルケイノスは膝に手をついて立ち上がったが、外傷だけを見るなら中々のダメージが入っていた。
俺の蹴りで片方の翼は折れ曲がり、地面に衝突した勢いで立派なツノの先端が綺麗な欠けている。
「悪かったな。下等な人間が悪魔を圧倒しちまってよ」
俺は慣れない細剣の剣先をボルケイノスに向けた。
「ふっ……ほざいてろ! 混沌の魔弾(カオスバレット》!」
それを見たボルケイノスは鼻で小さく笑うと、見たことのない魔法を無詠唱で発動させた。
すると、闇を帯びた無数の弾丸がボルケイノスの周りに出現していく。
弾丸の一つ一つに多大な魔力が込められているため、結構な破壊力がありそうだ。
「喰らうがいい。これを浴びて生き残った人間はただ一人だけだ!」
ボルケイノスが空気を震わすように一つ指を鳴らすと、無数の弾丸はまるで意思を持っているかのように攻撃を始めた。
「……キリがないな」
前後、上下、左右、至る所から迫り来る多段攻撃を、俺は細剣で慎重に斬り裂いていく。
観客席の方にだけは被害が及ばないように器用に立ち回りながら、無数の弾丸を相手取る。
「どうした! どんどん次の魔弾が迫ってきているぞ!!」
ボルケイノスは俺に対してだけの攻撃にとどまらず、観客席にまで攻撃を始めていた。俺がそれを嫌っているのを理解しているのか、嫌味ったらしい笑みを浮かべながら弾丸を創り続けている。
「くそ。流石に面倒だな」
このままでは埒があかないな。
破壊するまで追尾してくる無数の弾丸を引き連れてボルケイノスに攻撃を仕掛けることも考えたが、観客のことを考えると良い策とはいえないので、行動に起こせずにいた。
それに何年もともにした刀と細剣では勝手が違いすぎて、いまいち実力を万全に発揮することができない。
「本気を出さないのはこいつらが心配だからか?」
中々仕掛けず、観客のことばかりを気にしている俺を見かねて、ボルケイノスは再び小さな弾丸を創り始めたが、その数はこれまでとは桁違いだった。
おそらく数千はあるだろう。
「……」
俺は細剣を振るいながらボルケイノスの問いを無視した。
何か嫌な予感がするな……。
この笑み、そして弾丸の数。流石の俺でも一度では捌き切れないだろう。
「こいつらがいるから貴様は本気を出さないのだろう? なら——皆殺しにすればいいだけだ!」
ボルケイノスが長い両腕を目一杯広げると、数千の弾丸をコロシアム全体に散っていった。
「くそ! やっぱりか!」
ボルケイノスの狙いは観客を殺すことだ。
俺はそれを恐れて中々仕掛けられずにいたが、勘付いたボルケイノス自らが実行に移してきた。
俺は魔法を強制的にキャンセルさせるため、魔法を創り出した張本人——ボルケイノスを目掛けて考える間も無く駆け出した。
「人間よ……無様に死ぬがいい……!」
が、しかし、ボルケイノスは俺の攻撃など待つわけがなく、両腕を振り下ろし無数の弾丸を観客席に放った。
「やめろッ!」
ボルケイノスまで後数歩のところで及ばなかった俺は、歯を食いしばってその場に立ち尽くすことしかできなかった。
「フハハハッ! 悔しかろう! 人間の豊かで無様な感情ほど美味いものはない!」
観客席に着弾するまでものの数秒だ。
今からではどう足掻いても食い止めることはできず、残酷な光景を何もできずに見ることしかできない。
俺が無力な自分を嘆いて細剣を握る手に力を込めたその時だった。
「——魔法の
突如として、観客席は何者かが発動させた魔法の障壁で覆われ、無数の魔弾は最も簡単に空気に飲まれて消失した。
この声? まさか!?
「なにィッ!? この魔力……? 何者だ!」
ボルケイノスと俺は別の意味で驚き、同時に上空を見上げた。
すると、そこにはここにいるはずのない人物が俺の刀を手にして宙に浮いていた。
「ゲイル! どういう状況かわからないけど、この人たちは僕が守るから思う存分戦っていいよ! それとこれ! 受け取って!」
魔法の障壁を発動させて観客の命を救ったのは、タイニーエルフのユルメルだった。
ユルメルは赤黒い鞘に収められた刀を俺に向かって投げると、ニコニコ笑いながら手を振っていた。
「ユルメル……事情は後で話す。ありがとな」
「ううん! 僕は攻撃魔法なんて全くだから、あとは頼んだよ!」
「ああ。任せろ」
刀を受け取った俺は細剣を投げ捨ててすぐさま腰に差し込み、驚きと怒りで佇むボルケイノスを見た。
「……命拾いをしたな、人間! 次で最後にしてやろう!」
ボルケイノスは黒々しい魔力を全身に纏い始めると、これまでにないほどの殺気を俺にぶつけてきた。
「俺もそのつもりだ」
対して、俺は重心をグッと低くして、ゆっくりと目を閉じ、風や空気の流れ、地形と敵の位置から攻撃のモーション、これら全てを頭の中で計算してから刀に手をかける。
ああ……やっぱりしっくりくるな……今ならなんでもできそうだ。
「……いくぞォォッッ——ァァ……ァ……?」
ボルケイノスはこれまでに見たことがないほどの気迫で俺に迫ってきたが、お前がもう動き出した時点でもう決着はついている。
「……終わりだ」
俺は刀についた紫色をした悪魔の血を振り払ってから、静かに鞘に収めて、倒れ伏すボルケイノスの胴体と、独立して転がるボルケイノスの生首を一瞥して、空に浮かぶユルメルを見上げて戦いの終わりを告げた。
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