第23話 エルフの工房

「先程はすみませんでした。てっきり迷子になった子供かと思っていました……」


 衝撃の事実を聞かされた俺は敬語でユルメルさんに謝罪と弁明をした。

 まさかタイニーエルフだったとは思わなかった。

 

「全然平気! あ、こっちこっち! 僕の工房はこっちにあるんだー」


「……っとっと……ここに工房が……?」


 俺はユルメルさんに言われるがままについていく。

 ユルメルさんの工房はマルジェイラの武器屋があるようなアノールドの中心部にはないのか、その真反対とも言える街の外れの方へと向かっているようだった。


「ふふん! 何もないように見えるでしょ?」


 ユルメルさんは小さな体を目一杯逸らして、自慢気にこちらを見ていた。


「はい。どこを見ても工房なんて見当たりませんが……」


 到着した先は閑散とした街の外れだった。

 周囲には店や住宅はもちろんのこと、人の姿も見当たらない。

 ここはアノールドを囲っている外壁までの距離もそう遠くないところなので当たり前と言えば当たり前だが、こんなところに工房があるとは思えないな。


「見てて! えいっ!」


 ユルメルさんが手を前に翳してほんの僅かな魔力を込めると、突如として目の前にレンガ造りの四角い建物がゆっくりと姿を現した。


 俺は思わず目を見開き、その建物を二度見してしまう。


「……すげぇ……これがエルフの魔法ってやつか……?」


 エルフは魔法が得意なのは有名な話だが、まさか無機物にまで有効だとは……。

 詳しくはわからないが、魔力の少ない俺にはあまり関係のない話か。


「詳しい話は中でするから取り敢えず入って!」


「っとっと……自分で入りますから……」


 俺が建物を眺めて感心していると、俺はユルメルさんに背中を押されて半ば強引に建物の中に押し込まれたのだった。





「お茶をどうぞ!」


「……どうも」


 ユルメルさんはテーブルの上にお茶を置くと、テーブルを挟んで俺の対面に設置された椅子の上にちょこんと座った。


「うん! それでさっそくだけど、お兄さんの武器を見せてもらってもいい?」


「はい。どうぞ。それと俺はゲイルです。冒険者やってます。よろしくお願いします。ユルメルさん」


 俺は腰に下げていた刀を鞘ごと取り出してユルメルさんに手渡した。

 そして今更ではあるが、恭しく自己紹介を済ませた。


「ありがと! 来る時も思ってたけど話しやすいように話してくれていいよ! 僕もそうするから!」


「悪い。じゃあそうさせてもらうよ」


 正直なところ初対面で子供扱いしていたこともあって敬語はかなりむず痒かったので、その提案をしてくれるのは非常に助かる。

 俺は特に考えることもなく従うことにした。


「それにしても……いい刀だね。かなり使い込んでるし、持ち主以外だと扱えなさそうだよ」


 ユルメルさん、改め、ユルメルは俺の刀を鞘から抜くと、じっくりと観察し始めた。

 自分の工房を持っているくらいだ。結構な腕を持っていそうだな。

 それに刀のこともわかっているし、不安要素は少なそうだ。


「まあ俺専用の特注品。つまるところオーダーメイドだからな。本当はさっきの武器屋のところにこれを作った店があったはずなんだが、いつの間にかなくなっててな」


「そうなんだ。僕、アノールドに来たのはつい最近だから知らなかったよ。それで本題に入るけど、ゲイルは刀の整備をお願いしたいんだったよね?」


 お願いというより、割と無理やり連れてこられたに近いのだが……まあ、そこは触れないでおこう。

 合意の上で今があるわけだしな。


「ああ。どうだ? 頼めそうか?」


「うーん……。正直、このままの形を残してってなると厳しいかなー」


 ユルメルは小さく首を傾げてツーッと指で刀を撫で始めた。


「どういうことだ?」


 俺は単純な疑問を投げかけた。

 俺の見立てだとそこまで刀は消耗してはいないはずだからだ。


「つまり今ある刀をドロドロに溶かしてから打ち直すことになるってこと。ゲイルは多分だけど結構強いでしょ? 強すぎて細かな刃こぼれを見逃していたから、この刀はかなり傷んじゃってるよ。ほら」


 ユルメルは俺の目の前に刀を置くと「自分の目で確かめてみて」と目配せを送ってきた。

 俺は重厚感のある刀を右手で持ち、普段はモンスターの血を拭く時以外見ないような距離でじっくりと刀を観察していく。


「……本当だな……。しっかりと見ないと気がつかないが曲線が少し乱れているな」


 買った時の刀は綺麗な曲線を描いていたはずだが、今の刀はどこか乱れている感じがした。


「そう! 同じところで斬りすぎているのと、連続して使いすぎているのが原因かな! 力任せに使っていた時期とかあるんじゃないかな?」


 そんなことまでわかるのか。

 確かに四年前ダンジョンに潜り始めた当初はやり場のない憤りをモンスターにぶつけていたな。

 感情に任せて大切に刀を扱えなかった自分のせいだな。


「そうか……で、整備のプランとしてはどうだ?」


 大まかに原因がわかったところで、俺はユルメルに単刀直入に尋ねた。

 大切にしていた刀がこんな状態になった以上、早く整備してもらいたいからな。


「そうだね……。刀には鉱石の他に頑強なモンスターの素材も混ぜることが多いんだけど、そのモンスターの素材を回収さえしてきてくれればいつでも打てるよ! 鉱石は裏にあるからね!」


 ユルメルは刀を見ながらも必要な材料を紙に綺麗に書き並べていた。

 見たところそれほど強力なモンスターではなさそうだな。


「それは俺がやろう。何か刀の代替となる武器を貸してもらえないか?」


 俺はすっかり冷めてしまったお茶を一気に腹に入れた。

 モンスターの素材の回収とあれば俺の出番だ。

 生憎今日はクエストも受注していないし暇だからな。


「え! 今から行くの!? 元の刀の斬れ味からするとAランク相当のモンスターの素材が必要になるけど……大丈夫……? 外注した方が安全だよ?」


 ユルメルは驚くと同時に心配してくれているが特に問題はない。

 しかもギルドにクエストとして掲示板に張り出すよりも、俺がやった方が早いし金も浮くしな。


「いやいい。おっ、これ使っていいか? 少し軽いが形は似ているからな」


 俺は壁にかけられていた細剣を手にした。

 刀よりも刃渡りが数十センチほど長く、それでいて細い作りになっている。

 繊細かつ冷静な攻撃を心掛けないと壊れてしまいそうだ。


「い、いいけど……気をつけてね? ゲイルはアノールドに来てから僕の初めてのお客さんなんだから!」


 ユルメルは心配そうな顔を作って俺のことを見上げていた。

 まだ会ってから数時間も経っていないというのに、感情的で優しい人だな。


「心配ありがとうな……これ持ってくよ。じゃ、行ってくる。すぐに戻ってくるからよ」


 俺はユルメルの手から材料のリストが書かれた紙を受け取り、真新しい扉をゆっくりと開いて外へ繰り出した。

 外はまだまだ明るく、時間に余裕もありそうだ。

 ここは手際良くモンスターを討伐して素材を回収するとしよう。

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