第21話 幼児退行は突然に

「ふぅ……調査しても特に何もなしって感じでしたね」


「うん。こんな領地のために争うなんてバカバカしい」


 レイカさんはどうしてか杖を握り直すと、俺との距離を半歩ほど詰め始めた。

 なんだ? 俺のことを睨んでるし……まさか戦闘態勢に入ったのか……?


「もうそろそろ暗くなりますし帰りませんか?」


 嫌な予感がした俺は咄嗟に帰宅を提案をした。

 名も無き領地の全ての調査という名の散歩を終える頃には既に夜の帳が下りかけていたので、あと一時間ほどで辺りは暗闇に包まれてしまうだろう。

 不自然な提案ではないはずだ。


「……どうして私が……えっと」


「ゲイルです」


 すかさず教えてあげる。

 本質的に俺に興味がないのかもしれないが、ここまで一緒に行動したんだからいい加減覚えてくれ。


「そう。どうして私がルーくんを連れてきたがわかる?」


 レイカさんは表情を変えずに俺の胴体を薙ぎ払うように杖を振るった。


「っと……なにしているんですか……」


 俺は焦ったような声を上げながらわざとギリギリのところで回避し、勢いそのままに十メートルほど後方へと移動した。


 やっぱりか……こうなると思ったよ。

 

「私が倒す」


「……断る権利は……?」


 念のため聞いておくが期待はしていない。


「ない」

 

「ですよね……っ!」


 テンポのいいやりとりを終えるのと同時に、レイカさんは氷の上級魔法を放ってきた。

 かなりの魔力が込められており、俺の実力は既に透けているとわかる攻撃だ。


 俺はすぐさま抜刀し、ものすごいスピードで直進してくる無数の氷の矢を斬っていく。

 同時に斜め前に跳躍することで放たれたばかりの氷の矢を踏み台にスピードを上げ、杖を構えてこちらを見据えるレイカさんを目掛けて刀を振るう。


「ぐっ……っ!」


 レイカさんは堪らず瞬時に魔力を込めて氷の障壁を目の前に張るが、そんなものは俺の前では何の役にも立たず一瞬で破壊される。


「まだやります?」


 俺は衝撃から思わず膝をついてしまったレイカさんに言った。

 かくいう俺はピンピンしており、ほんの小さなかすり傷なければ、全く息も上がっていない。


「……も、もういい。早く殺して……完敗したのに生かされてても惨めなだけ……」


 レイカさんは悔しそうな顔で訳のわからないことを言い始めた。

 その姿は野蛮で強欲な盗賊に襲われたか弱い女の子のようだった。


 ん? 待て。そうなると俺はレイカさんの中では悪人になっているのか……?


「殺しませんよ」


 俺はすぐさま否定し、膝をつくレイカさんに手を伸ばした。


「じゃ、じゃあ私をどうする気っ!」


 が、しかし、レイカさんは目の前にある俺の手を弾くと、ギリッと奥歯を噛み締めて睨みつけてくる。

 その瞳は薄らと潤んでおり、今にも泣き出してしまいそうだった。


「……どうもしませんよ……はぁ……」


「嘘! Eランク冒険者のふりしてアノールドで悪事を働こうとしているんでしょ! 数十キロにわたってモンスターを殺して、気配まで完全に消して、その調査に協力するふりをして……何が目的か知らないけど、悪さしようとしているなら許さないんだから!」


 語尾に、だから……って……。

 俺の知っているレイカさんはクールビューティーな美人だったはずなのになぁ……。

 今はその身長も相まってどこか幼く見えてしまう。


「俺は本当にEランク冒険者ですし、悪いことなんてしませんよ。それに調査だって本当にアノールドのためを思ってやっていますから。信じてください」


 俺は女の子座りでこちらを見上げるレイカさんと同じ目線になるようにしゃがみこんだ。

 

 感情を込めて言葉を伝えたが後ろ半分は嘘だ。

 アノールドのことよりも自分のために動いているしな。マクロスに自分のことをわからせるためには、何をするのが最も手早いかを常に考えている。

 嘘を交えた真実はより効力を増すのだ。


「……ほんとぉ……?」


 レイカさんは完全に幼児になってしまった。

 くしくしと瞳に溜まる涙を手で拭い、上目遣いでこちらを見上げてくる。


 チョロい。


「ええ。本当です」


 普段とのギャップに若干動揺したが、ここは俺の自慢のポーカーフェイスで乗り切っていく。

 神妙な面持ちを作り、優しく頭を撫でた。

 今でこそキザなことをしているが、普段のレイカさんにやったら社会的に地位を失ってしまいそうだ。


「よかったぁ!」


 レイカさんは可愛らしく笑顔を弾けさせると、俺の背中の上に優しく手を置いて、ぽんぽんと叩き始めた。


「ん?」


 俺は何が何だかわからなかった。

 これまで互いに体を触れることは一切なかったからだ。


「送って……腰が抜けちゃったみたい」


 どうしようか……いや、ここは仲を深めるチャンスだし、せっかくだから派手に行動していこうか。


「いいですよ……ほら……しっかり捕まっててくださいね」


「うんっ!」


 俺はレイカさんを背に乗せて、慎重に立ち上がった。

 小柄で華奢なレイカさんの体は予想以上に軽く、この分なら軽く走ってもすぐにアノールドに到着できそうだ。


 悪いとは思うがレイカさんが幼児退行している間に色々と約束を取り付けてしまおう。






「では、さようなら。レイカさん」


 俺はレイカさんを宿の前で下ろした。


「うん。私、アノールドを守らないとって思って先走っちゃった。ごめんなさい」


 レイカさんは気がついた時にはいつものクールビューティーな姿に戻っていた。

 ただ、さっきまでの幼児退行した自分のことも覚えているのか、どこか顔が赤らんでいる気がする。

 暗いからわからないが恥ずかしいのだろう。


「いえいえ。では、色々とお話しした件について、よろしくお願いしますね?」


 俺は念を押すように笑いかけた。


「うん。わかった。またね……」


 俺はレイカさんが宿に入っていったところを見届けて、自分が泊まっている宿へ向かって歩き出した。


「……やったぜ……」


 周囲の人々にバレないように小さくガッツポーズをした。それくらい収穫のある日だったからだ。


 名も無き領地からアノールドへ向かう道中。

 俺は幾つかレイカさんと約束を交わした。

 約束の内容を簡単に説明するなら、国王あるいは王宮の偉いさんと面会できるようにすること。俺の実力についてバラさないことの二つだ。

 幼児退行中で完全なイエスマンになっていたレイカさんは双方とも簡単に了承してくれた。

 特に自身にデメリットがないからというのもあるだろう。


 そして話を聞いたところ、レイカさんは俺のことを本当の悪人だと思っていたらしく、あのような行動に出たらしい。名も無き領地のようにアノールドから離れたところなら周囲を気にすることなく戦えるため、そこで俺のことを痛めつけようとしたそうだ。


 まあ、何はともあれ疑いが晴れたのでよしとする。

 その時が来るまでは大人しくクエストでもやりながら時間を潰すとしよう。

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