第118話 サルビア女兵曹その2

「“金環形邪蟲”(メタルワーム)どもさ。

 この地域一帯を災いの魔獣が荒らしまわった。

 酸を撒き散らし、土中に潜り地形さえ変えちまう。

 街なんてあっという間に崩れて行った」


「この傷痕もそうさ。

 魔獣の体液にやられたんだ。

 父親が庇ってくれたから死なずに済んだがね。

 替わりに父親は一人じゃ立てない身体になっちまった」


「あの災いの魔獣から助けてくれたのは誰だった。

 ムラード大佐、アンタ達じゃないぜ」


サルビアの言葉は続く。

鋭い目をした女兵曹。

その上半身ははだけている。

黒い帝国軍の制服。

ボタンが外され、胸元が大きく広げられているのだ。

しかし好色の目で見る男はいない。

右胸には大きな傷跡。

赤黒く肌が染まっている。

胸を隠す包帯の上からも分かってしまう。

“金環形邪蟲”の酸にやられた傷痕。

彼女が縛られながらも大佐を睨みつける。

大佐は苦い物を呑み込むような表情で言う。


「そんな頃ワシはまだ軍に入りたての新人だ。

 重要な作戦に関わっていない」


「はっ、そんなコトを言ってるんじゃない」


「この辺の領主、貴族のアンタに言ってるんだぜ。

 鉱山と国境の街を仕切る貴族だったアンタら。

 普段鉱山から得られる利益で贅沢三昧してたアンタらは何をした」


「その金で冒険者を呼んで来たのか。

 帝国に直訴して大軍を派遣してもらったのか。

 さぁどうだ、あの時アンタらは何をした」


大佐は黙り込む。

面の皮が厚い男。

司令官が女兵曹の言葉に下を向く。


「思いだせないか、ムラード。

 あの時街に住んでいた人間なら全員知ってるぜ。

 忘れるモノか。

 オマエラは逃げたんだ。

 金目の物だけ持って逃げ出した。

 ご丁寧に軍隊まで自分達の護衛に連れて行った」


「後に残ったのは武器も持たない市民達。

 そんな中にまだ子供だったアタシもいたよ。 

 救いは勇気の有る冒険者達が居てくれた事くらい」


「しかしね。

 その冒険者達は一人、又一人死んでいった。

 勇気の有るヤツから死んでいくのさ」


「昨日戦いから帰ってきて、

 アタシの頭を撫でてくれた男。

 そいつが今日は帰ってこないんだ」


「そんな日々が続いて、

 アタシ達は全滅を覚悟した。

 自分達を死人だと思う事にしたのさ。

 まだ生きてはいるが、もう死人と一緒だってね。

 死んでいった仲間、友人家族と一緒だ。

 そう思えば怖く無いだろう」


女兵曹の言葉が響く。

闇色の様な言葉。

絶望に染められた響き。

アイリスは全く知らなかった。

いや知っている。

絵物語にすらなってる有名な話。

心ときめかせる冒険譚。

しかしその陰で市民達がどんな思いでいたか。

そこまでは知らない。

考えなかった。


サルビア兵曹が続ける。


「もうみんな生きながら死んでるようなもんだったろうね。

 通りを歩いても誰も笑わない。

 話もしない。

 話したって、誰が死んだアイツが死んだってそんな話題しかないからね」


「その時だ。

 来てくれたんだ。

 彼らが、あの人が」


そう。

その先はアイリスでも知っている。

女冒険者サラ。

その英雄譚。

“金環形邪蟲”(メタルワーム)退治。

彼女が遠く離れた地下迷宮からわざわざ野獣の森まで遠征したのだ。

彼女は勇気ある冒険者達を募った。

迷宮都市から、王国から、帝国のあちこちからツワモノがサラの下に集結した。

『名も無き兵団』。

そう呼ばれた冒険者達。

彼女とその冒険者達が必死の戦いで“金環形邪蟲”を退治したのだ。


周りにいる若い下士官達。

彼等も言葉を返せないでいる。

恐らくは彼らも知っていただろう。

女冒険者サラの“金環形邪蟲”退治。

そこには書いてあった筈だ。

子供の頃聞いた事が有った筈だ。

サラは苦しんでいた人々を救いました。

苦しんでいた人々。

苦しんでいた人々とはどういう人達だったか。

そこまでは考えなかっただろう。

下士官達は言い返す言葉を失っている。


言葉を無くす男達の中。

ムラード大佐だけは黙っていない。


「フン。

 それが職務怠慢の言い訳か」


下士官ほど若くは無い。

女兵曹に気圧されてはいるが。

糾弾されたまま済ますほど青臭く無いのだ。


「我らは逃げた訳じゃない。

 あの時いたのは小規模な軍勢だけ。

 帝都方面へ撤退し、本軍と合流する。

 合流した上で進軍する予定だったのだ。

 正しい軍事行動だ。

 我ら貴族たちはそれを手伝ったに過ぎない」


言い残して女兵曹の前から大佐は去った。

モノは言い様だ。

軍事行動としては正しい側面も有るだろう。

だが市民を連れず貴族だけが軍隊と一緒に逃げた。

いくらなんでも正当化するのは無理が有る。

そうアイリスは思う。


「キサマラ行くぞ。

 明日は出撃だ、準備をしておけ」

「やめろムラード。

 行くな。

 後悔するぞ」


動き出すムラード大佐と従う下士官達。

サルビア兵曹は最後まで言っていた。


アイリスは兵曹の部下が逃げるのに協力した。

自分が大佐に報告した情報。

それが招いた事態。

何かせずにはいられなかった。

二人の兵士は亜人の村に行くと言う。

亜人に状況を伝える。

それとあの人にも。

白いローブを着た男。

サラソウジュホウガンの指輪を持つ男。

彼なら何とかしてくれるかもしれない。

そして夜の闇の中亜人の村へ急いだのだ。

しかし亜人戦士達のリーダーキバトラは聖者には伝えないと言う。

「聖者サマは『野獣の森』探索に向かうハズだ。

 あの人には恩義が有り過ぎる。

 巻き込まないで済むならそれが一番だ」

本当にそれでいいのだろうか。

今日には帝国軍三個中隊が出陣してしまう。

行先はアイリスが今居る亜人の村だ。


「アイリス、大丈夫だ。

 悩み過ぎないで」


ムスターファが言う。

再会出来た愛しい人。


「聖者サマには女神が付いている。

 きっと何とかなる。

 私はそう思う事にしたよ」


彼が笑いながら言う。

こんなに余裕の有る人だっただろうか。

国を出る前、いつもピリピリとしていた少年。

分かれていた月日で成長したのか。

それとも先程会った聖者サマの影響。

愛しい人の笑顔にアイリスも顔を綻ばせる。


「そうね、私も信じるわ」



「チッ」

大佐は舌打ちする。

勝手な事をほざいてた女兵曹。

昨日はイヤな事を思いだした。

あの事件で被害を被ったのが自分達だけだと思っているのか。

我々だってえらい目に会ったのだ。

冒険者達の株が上がった。

そのせいで逆にムラード達、貴族の株は下がった。

この辺の住民達は貴族の言う事に従わなくなった。

せっかくベオグレイドが大きな街として復興したと言うのに。

ムラードの親戚連中は美味しい利権に有りつけていない。

しかも鉱山の権利まで帝国に取り上げられたのだ。

軍の官給品の横流し、そんなせこいマネをしなければいかんのはそのせいだ。

しかも魔法効果の有る防具、最も金になった品が売れなくなってしまった。

亜人の村にその原因がある。

亜人どもとホウガンの関係者。

そいつらを痛い目に合わせる。

どうやら儲けているらしい。

不当な利益を貪っている。

それを全てこちらが戴いてやる。




「今日はじゃあ、『野獣の森』の奥へ行ってみよう」


ショウマ一行は『野獣の森』探索。

今日は森の奥を目指す。

最大最強の“双頭熊”、石化の呪いを使う蛇雄鶏(コカトリス)、猛毒の鴆のナワバリが有ると言う。

ついでに“埋葬狼”のナワバリ。

“埋葬狼”は傷ついた戦士や弱い子供を攫って行く魔獣。

迷惑極まりないが強さは大したことない。

その“埋葬狼”のナワバリにだけは言ったこと有る。

と言っても『野獣の森』の壁の外から。

本来は通っちゃダメな道を強引に通ったのだ。

時間は夜で森は暗かった。

奥がどんなだったのかは良く分からない。

今回は本来の道、『野獣の森』の奥に有るゲートから入って行く。


冒険者が行くならばLV30無ければ厳しいと言われてるエリア。

でもショウマの感覚ではイケそうな気がするのだ。

オレ行けんじゃね。

とかテキトーに思ってるワケでは無い。

『地下迷宮』の4階だって本来LV30無ければ厳しい場所。

確かに苦戦したけど何とかなったのだ。

その時に比べれば従魔少女は遥かに成長してる。

今なら“動く石像”くらい普通に戦える。

おそらく“双頭熊”だって。

手強くはあっても勝てない相手じゃない。


ショウマ一行は『野獣の森』入り口から進む。

先頭は武闘家ケロ子、斧使いにして忍者タマモ。

中列に槍使いハチ子、賢者にして運び人みみっくちゃん。

後列に弓使いハチ美、魔術師にして従魔師ショウマ。



“火鼠”が攻撃してくる。

飛んでくる火をスッとタマモは避ける。

一瞬後には“火鼠”本体のそばへ。

ハルバードの先端槍部分で突き刺す。


タマモはナデシコさん、イチゴちゃんの造った革装備。

攻撃力上昇(小)の革鎧、魔法防御力上昇(小)の革兜、速度上昇(小)の革マント

コザルさんを真似た忍者装束にしてみようか。

ショウマは思案中。

コザルさんは布の服。

余裕を持たせた布でアチコチを帯で締めている。

中にはサラシを身体中に巻き付けているのだ。

何重にも巻いた布は見た目より防御力が高い。

汚れたり傷んでもサラシを取り換えればいいだけ。

そう考えると便利だ。

装備の度に身体中に巻き付けるのが大変そうだけど。



“飛槍蛇”(ヤクルス)が木の上から従魔少女達を狙う。

「ホッ」

ケロ子がジャンプして裏拳を見舞う。

軽く手を振った位にしか見えなかったのにアッサリ魔獣は消えていく。

攻撃力が上がってるのだ。

棒を使わないのは準備運動のつもりみたい。

今も軽く飛び跳ねるように歩いてる。


ケロ子の体にピッタリした鎧は壊れてしまった。

現在は作ってもらった革の上着。

肩、腕、胴体、腿、脛がそれぞれ独立してる。

それぞれ多少の余裕を持たせてる。

『身体強化』使っても負担無いヤツ。

ナデシコさんイチゴちゃんの処に有った既製品で間に合わせ。

『身体強化』使うと筋肉が太くなるらしい。

伸縮力の有る革だったから今まで保ってきたけど。

固い金属鎧なんかは今後着せられない。



“森林熊”木々に似た外見で居場所の分からない魔獣。

ハチ子の頭から黒い毛が立ち上がる。

「そこだっ」

突きを放つ。

ショウマから見ると何も無い空間。

姿を現す。

苦悶の叫びを上げ倒れる魔獣。


ハチ子はまだ聖槍じゃない。

それは奥に行ってから。

現在は木の柄に鉄の刃先の槍。

業物では無いけれど使う人間の能力が高ければ、“森林熊”くらい一撃で倒せる。

素肌の透けて見える鎖帷子。

その上に要所は白銀の防具。

胸当て、腕、腰、脛アーマー。

聖戦士の貫禄少しは出て来たかも。



まだ誰も気付かないウチからハチ美は弓矢を番える。

“鎌鼬”

風魔法に良く似た攻撃を放ってくる魔獣。

攻撃を放つ前にその体に矢が突き刺さる。

数体いた細長い胴体の魔獣が一匹残らず仕留められる。

「鎌鼬ぃ、殺す殺す殺すぅ」

ハチ美、まだ根に持ってるのか。


ハチ美はハチ子と同じく鎧帷子に金属アーマー。

鎖帷子は黒。

金属鎧も抑えた色合いでハチ子と差別化してる。

良いよね、黒の鎖帷子。

エロカッコいい。


彼女は『聖弓召喚』覚えてる。

昨日試している。

金色に輝く弓、自動的に矢が装填される。

矢そのものが何処かから湧いて出る。

便利だけど、おそらく魔力を消費してる。

使い放題とはいかない。

これもいざという時用。



“暴れ猪”が走ってくる。

牙を前に突き出し暴走する数頭の魔獣。


『眠りの胞子』


みみっくちゃんが唱える。

暴走して来たイノシシが一行の近くでバタバタと倒れる。

グースカ寝てる魔獣。

ケロ子が蹴り飛ばす、タマモが斧を振るう。


彼女はスケイルアーマー。

正式名称はロリカスクワマタとか言うらしいけど。

言いにくいし語感も変。

スケイルアーマーでいいや。

革の下地に金属片を付着させた防具。

余裕の有る貫頭衣をワンピース風に。

足元は革のロングブーツ風履物。

みみっくちゃんは魔術師、賢者。

直接戦闘はしない。

そこまで防御力高くなくていい。

重くてジャマにならない方が重要。

更に木製の杖。

男に襲われでもしたらぶん殴るくらいは出来そう。



『吹きすさぶ風』


魔力を少し込める。

風魔法のランク2、その2回分くらい。

“土蜘蛛”が数体吹き飛ばされる。

木の上からこちらを窺っていた魔獣。

糸を吐き出そうとしていたが糸ごと風に切り割かれ消えていく。


魔術師、従魔師、ついでに聖者になってしまったショウマ。

職業一度も自分で選んでないよ。

職業選択の自由はどうしたのさ。

基本的人権じゃ無かったの。


『賢者の杖』を持っている。

身に着いた魔法属性が所有者の魔力で使えるランクまで全て使用できる一品。

ショウマの魔力はチート級。

結果、覚えた属性の魔法ならランク5まで全部使えちゃう。

これってショウマ以外が持ったら大した装備じゃ無いのかも。

普通の魔術師は魔力に余裕ない。

ランクが上がっても魔力が足りなくてなかなか使えないらしいのだ。

ショウマが持ってこそ価値の有る特殊アイテム。


体は真っ白な革ローブで覆う。

中は革の服。

これも造ってもらったヤツ。

出来るだけ動きやすそうに軽く造ってもらった。

魔法防御力上昇(小)の上着、速度上昇(小)のズボン。

革装備重ねると蒸れて熱い。

季節がそろそろ冬だからいいけど。

夏場は着てられないな。

どうしよう。


ショウマと従魔少女5人は進む。

行先は『野獣の森』その奥。



【次回予告】

“鴆”。ちん と読む。中国の伝説の鳥だ。羽根から毒を撒き散らし、この鳥が飛んだ後は田畑が全滅したと言う。中国の歴史書には鴆毒、この鳥から取った毒薬を使った供述が有り実在している様に扱われている。

近代化の中で単なる空想上の生き物とされたが、更に近年では実在した可能性が指摘されてる。ニューギニアで羽毛に毒を持つ鳥が発見されたのだ。ピトフーイと呼ばれる鳥の羽根にはステロイド系の強い神経毒が有る。この鳥に近い種類がかつて中国にいたのではないか、もしくはこの鳥の情報が中国に伝わって伝説化したその様に言われ出しているのだ。

「ゲホン、ゲホン。気持ち悪いですっ」

次回、ケロ子は咳こんでる。 

(ボイスイメージ:銀河万丈(神)でお読みください)

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