第76話 ベオグレイドへその4


「おいおい。まだまっ昼間だぜ。

 騒ぎを起こすのはまずくないか」

「いや、暗くなると戦士達が戻ってくる。

 やるなら今のウチだ

 今なら村にいるのは老人と子供だけなのさ 」


紳士服の男とイタチが話している。

場所はコノハの家の近く。

戦士の恰好をした男達が数人一緒にいる。

ショウマがすれ違った冒険者達だ。


「手強そうなのは

 革鎧の女戦士と剣を持った生意気そうな女の二人だ。

 槍と弓を持った背の高いのが一番上等な女だ。

 この二人はそこまで手強くないだろう」


「あと注意すべきは従魔だな。

 あそこには従魔師のコノハがいる。

 従魔は“妖狐”。

 2Mは有る狐だが、攻撃力はそこまで高くない。

 スキルで『マヒの遠吠え』を使う。

 コイツが厄介だ」


イタチが男達に説明する。

紳士服の男はイタチが出入りしている店の男である。

彼が暴力沙汰に使える者達を連れてきたのだ。

イタチは男に約束している。

荒事に強い連中を借りる事が出来れば極上の女を渡すと。


「その手強そうな戦士はオレが相手をしよう」

言ったのは二本の刀を持つ戦士。

剣士のタケゾウと名乗った。

荒事を前に楽しそうにしている。


「フフン。まずその“妖狐”を片付けるべきでしょう」

弓を持った男も言う。

弓士のムゲンだと言う。

帽子を深くかぶり、マントを羽織っている。

マントの中からチラリと弓が覗いているのだ。


イタチの見たところ、男達も全員同じ立場ではないようだ。

この二人はプロ、完全なる戦闘屋だろう。

後の数人はもう少しチンピラじみている。

盾を持った男をリーダーとしたグループのようだ。


「男はいないのか?」

盾を持った男が言う。

イタチが答える。


「男は一人だけだ。

 ローブを着た神聖魔法を使うヤツだ。

 神聖魔法の能力は高いみたいだが、

 戦闘能力は無いと思うぜ」


「女神教団の神官か。

 こんなところに珍しいな。

 しかし男は金にならん」

紳士服の男が言う。

この男だけは暴力の臭いがしない。

だが、スポンサーなのだ。

一行のトップという事になるだろう。


「なら殺してかまわないな。

 よーし、みんな聞いたな。

 女は出来るだけ傷つけるな。

 捕えたらオレを呼べ。

 眠らせる」


号令をかける盾を持った男。

イタチの読み通り彼がチンピラ達のリーダー格。

男達はコノハの家に近付いていく。


「あれか、出来そうな女ってのは」


刀を持った男、タケゾウが言う。

視線の先にいるのはケロ子だ。

しかし、彼女はコノハの家には一瞬立ち寄って声をかけただけ。

隣の家に入って行く。

さらに小柄な女の子も一緒だ。


「アレは確かに、

 革鎧の上からも分かるいい体だな」


盾を持った戦士が言う。

紳士服の男も同意する。


「ふむ、確かに巨乳好きに人気が出そうだ。

 それ以上に価値が有るのが隣の娘だな」


うん?


全員揃って紳士服の男を見る。


「オマエ、となりに居たのは子供だったぞ」

「アンタとは短くない付き合いだが、まさかそういうシュミだったのか」


「いくらなんでもマズイだろ」

「子供だぞ、子供」


「違う違う、違う―!

 オレの趣味じゃない!

 商品価値を言ってるんだ。

 まだ手が出せない年齢の娘を好きな客は必ずいるんだよ。

 幾らでも金を出す客がいるって。

 間違いないって」


まだ全員ジト目で見ている。


「とにかく、あの娘は高く売れるんだ。

 傷つけないようにうまくやれ」


「まぁいいだろう。

 いくらアレな趣味でもスポンサーには逆らえないからな」

「そうだな。アレな趣味でもスポンサーだ」


「そうですね。アレな趣味でもスポンサー様です」

「そうだな。アレな趣味ではあるが」


「違うって言ってんだろ!」





ショウマとミチザネは相談している。

帝国兵の検問に引っかかっている

ハチ子とハチ美に男性兵士達が群がっているのだ。

亜人の疑いが有るから別室へ連れ込んで調べたいと言っている。

どうしてもとなればショウマは実力行使するつもりでいる。

しかし出来れば騒ぎを起こさずに通りたい。


「マズイですな。

 普通なら小銭でも掴ませればいいのですが、

 帝国兵は賄賂が通じないので有名なのです」

「ワイロ、ホントに通じないの。

 金貨なら有るし、

 価値の有りそうな指輪も有るけど」


帝国兵は意外と規律正しい。

王国や他の自治領から見ればベオグレイドは帝国の入り口。

しかし帝国全体から、その中心部帝都から見るなら遠い辺境なのだ。

兵士が多少の賄賂を受け取ってもおかしくない。

しかし受け取らないのだ。

帝国には情報部という組織がある。

帝国の法令を破った兵士は情報部が処罰を下す。

その情報網は広く深くどこで何が知られるか分からない。

たかだか小銭を受け取ったくらいで情報部に目を付けられてたまるか。

兵士達はそう思っているのだ。


では今ハチ子とハチ美に絡んでるのは何なのか。

規律を乱してるんじゃないの。

そんな事は無い。

帝国の街に入ろうとする者に亜人と思われる者がいた。

亜人は特殊能力を持つ者も多い。

キチンと身体検査を行う。

それは職務に則った行動だ。


イヒヒヒー。

あまり出会えない美女だ。

ちょいと服を脱がせて目の保養と行こう。

ケケケケケ。

怒った目つきでこっちを睨んでるのがたまらん。

自分の手でストリップさせてやろう。

もしも兵士達が内心はこんな思いだったとしても。

行動だけ見れば仕事の内なのだ。


ショウマは金貨を取り出している

みみっくちゃんから持ち歩きしやすい金貨だけ貰って来た。

ついでに指輪だ。

お婆ちゃんに貰ったヤツ。

お金になるかもと思ったのだ。

ワイロ使えないのか。

仕方ない、仕舞おうか。


「その指輪は!

 少し見せてください」

「うん?」


ミチザネの目が変わっている。


「これはどうされたのですか?」

「貰ったんだよ」



『鑑定』


いきなりスキルを使うミチザネ。

その顔は興奮している。


「間違いない。

 ショウマさん、この指輪をはめてください」


なになに?

良く分からないけどミチザネの言うとおりにするショウマ。


「お待ちください。

 この方たちに下手な事はしない方が良いと思いますよ」


女隊長に呼びかけるミチザネ。

兵士達の隊長は振り返って言う。


「ミチザネさんよ。

 侯爵家に一筆持たされてるアナタ達と揉める気は無い。

 しかし、この女達はアナタとは関係ない。

 亜人の疑いが有るならタダで門を通すわけにはいかないね」


女隊長は怖い雰囲気になっている。

鋭い目つきをした女性兵士。

職務に口出しされるのは不愉快なのだ。


「私は忠告しているのですよ。

 帝国の兵士の方たちにはお世話になっていますからな。

 隊長に不幸な目に会ってほしくない。

 だから忠告です」


ミチザネはまったく怯んでいない。

言葉は丁寧だけど、態度も内容も完全に上から目線。

 

「なんだ。

 どういう意味だ?

 まさか帝国軍を脅してるんじゃないだろうね」


女隊長も先程までは気を使っていたのだ

そこから素が出てくる。

鋭い目が圧力を帯びる。

暴力のプロの顔になるのだ。

ンだ、コラ!

誰にクチきいてやがる。

こちとら戦争屋だ。

一般人に脅されてビビると思ってんのか。


ミチザネも隊長のガンつけに応える。

戦争屋だ~?

ここ何年も実戦なんて無いだろうがよ。

こっちは正真正銘バケモノと毎日実戦詰んでる冒険者サマだ。

訓練して遊んでるだけのママゴト軍隊がナメんじゃねーよ。


ゴッゴゴゴッゴゴゴゴゴ!

凄まじい迫力で睨み合う二人。

いやまあ。

心の中でそんなやり取りが有ったかどうか知らないが。

ショウマの見たところそんなフンイキ。


女隊長に睨まれながら、ニヤリとミチザネは笑う。


「紋章官殿。

 この指輪を見てくだされ。

 誰の物かお分かりのハズ」


一歩離れたところで机に付いていた男がショウマの指輪を見る。


紋章官。

要するに貴族や王族の紋章を記憶し確認する仕事だ

だが誰の紋章か確認したり、ニセモノと判別するだけが仕事というワケでも無い。

今でいう、弁護士や交渉人に近い仕事もしている。

遺言状を託されることも有れば、貴族同士の結婚の証人になる事も有る。

新たな貴族の紋章デザインも行う。

争う貴族同士の仲を取り持つことも有った。

単に知識だけあればいい存在ではないのだ。


その紋章官が震えてる。


「こ、これはホウガン一族の紋章 それも…」


「ホウガンだと!

「ホウガンだって!

 大公クラスの貴族じゃねーか」


「何だってんだよ。

 帝国の貴族じゃねーんだろ。

 気にする事はないじゃねーか」


「アホウ。

 ホウガンと言えば、帝国に責められても、

 王国と争っても屈しなかった荒ぶる一族だ」

「ホウガン家を敵に回すのだけは避けろって言うぜ」


兵士達がざわつく。

興奮して言い合う。

ざわめきの中、紋章官は言葉を続ける。


「それも、小さな2対の沙羅の木が加わっている。

 サラソウジュ。

 辺境の猛女、サラソウジュ・ホウガンの紋章です」


ざわついていた兵士達が静まり返る。

誰かがゴクリと唾を呑み込む。

サラ。

サラだって。

俺達はサラソウジュ・ホウガンを敵に回しちまったのか。


兵士達が静まり返る中。

女隊長がいきなり頭を下げる。

90度、直角礼。


「ホウガン一族所縁の方とは知らずに失礼しましたっ!」


ショウマに頭を下げているのだ。

見事な手のひら返しである。

1mmの躊躇も無い。

兵士たちに向かって言う。


「お前ら、全員失礼を詫びろ!」


呆然としていた兵士達。

女隊長の言葉に今やるべき事を理解する。

頭を下げるのだ。

兵士達、全員直角礼である。


「失礼しましたっ!」

「失礼しましたっ!」

「失礼しましたっ!」


「どうぞお通り下さい」


頭を下げる兵士達を後にするショウマだ。

いい気分というよりはなんだコレみたいな。


「うむ。良く分かりませんが、

 さすがショウマ王」

「さすがショウマ王です」


ハチ子、ハチ美、僕も良く分かんないよ。

サラさんから貰った指輪であんなコトになるとは。

あのお婆ちゃん、一体何したんだ?


門を通るショウマ。

兵士たちはまだ直角礼でショウマ達を送ってる。

エリカやハチ子は鼻高々に歩いてく。

ドヤ顔である。

ショウマは違う。

メッチャ落ち着かない。

なんだコレ。

10数人の兵士達が最敬礼で見送ってるのだ。

いやサラお婆ちゃんとは知り合いですけど。

単に練習に付き合ってあげただけなんで。

指輪貰ったけどプロポーズじゃありませんし。

門を通していただければそれだけで。

別にオジキまでしなくても。

んじゃあ通させて貰いますね。

逃げるように先に進むショウマだ。



【次回予告】

何故整然とした印象を受けるのかショウマには分かった。

道路がキレイに直線なのだ。区画が整理されてる。無駄な空き地というモノが無い。

空間のスミに造られた変な形の建物が存在しないのだ。そう思って見ると、露店商や屋台も存在しない。だから人が多いのに、迷宮都市ほど活気ある雰囲気に見えないのだろう。迷宮都市はもっと雑然としていた。所せましと無理やり立てたような建物が

並び、木造の物も石造りの物も入り混じってた。

「ええー。この貧乏組合からお金を取ろうなんて、オニ、アクマー」

次回、ショウマは逃げる。 

(ボイスイメージ:銀河万丈(神)でお読みください)

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