第17話  四日目その3

カトレア達『花鳥風月』の子チームは犬と戦っている。

ただの野犬では無い。

“狂暴犬”

れっきとした魔獣である。

こいつは行動も早く、矢や剣を避けるし体力もある。

攻撃力まである。

まともに噛みつかれたら、腕くらい持っていかれかねない。

新入りにまかせるには荷が重い。

斧戦士が前に出て片手盾で攻撃を受けとめている。


「クォーーン」


「お、なんじゃ。

 動きが止まったぞ」

「えへへ、

 タマモの必殺技です」


昨日参加していなかった斧戦士はタマモの特殊能力を知らない。

従魔師コノハの連れた“妖狐”は魔獣をマヒさせる能力が有る。


「よし。

 おれの出番だな」


 『炎の玉』


魔術師の火属性魔法が決まる。

“狂暴犬”に避けられると魔力の無駄使いだ。

魔法は攻撃力が高いが魔力を使う。

何度もは使えない。

ここが使い時だろう。


燃え上がる“狂暴犬”はまだ倒れない。


「トドメもらうよ」

カトレアの強弓から放たれた矢が“狂暴犬”の躰を貫く。



カトレア達は小休憩に入った。


「コノハちゃん、スタミナは大丈夫」

「はい。まだ平気です」


「コノハちゃんは防具はそれだけでいいのかい?」


従魔師の少女は麻の服に革のマントを羽織っているだけだ。

手には一応杖らしき物を持っている。


「戦うのは従魔の方だからな。

 革のマントを付けてりゃ防御にもなる。

 これでいいんじゃないの」

「と言ってるアンタは魔術師なのに革鎧じゃないか」


「『花鳥風月』の前列はオッチョコチョイだからな。

 おれのガードを忘れて、戦いに行っちまう。

 自分で自分の身は守らないと。

 その点コノハちゃんは頼りになるタマモが守ってる」


今もコノハの横には図体のデカイ“妖狐”が寝そべっている。


「私、重い装備を身に付けたら体力が持ちません。

 それに軽くて良い装備を買うだけのお金も有りませんし。

 もう少しお金に余裕が出てきたら装備を揃えます」

「ああ、そうだな。

 買うときは言ってくれ。

 案内するぜ。

 大通りにある店で買おうなんて思っちゃダメだ。

 あそこは金持ち用だ」


「そうだね。

 組合を出たら左側の方に行くのさ。

 そうすると武器、防具を扱ってる店が集まってる。

 中古の買取もしてくれる。

 中古で探せば安く買えるぞ」


カトレアが中古の店を教えると斧戦士も負けじと良い盾の選び方を語りだす。

冒険者なのだ。

武器、防具にはみんなウンチクを持ってる。

 

「2階探索するとたまに武器が手に入るってのは本当か?」

「ああ、“骸骨戦士”を倒せば結構出るよ。

 でもなぁ。汚れてるし、死んだ人が持ってたモノだろ。

 ウチは使う気になれないよ」

「売っぱらって、新しい武器を買えばいいぜ」


小休憩のつもりが大休憩となった。





「なんですか、なんですか。

 なんですか、あのクソヒゲ親父」

「そう思うでしょ。

 私もそうよ。

 がめついヒゲ親父よ」


怒っているのは冒険者組合の受付嬢アヤメと主任のキキョウだ。

二人はルメイ商会に行ってきたのである。

キキョウの用事は申し入れだった。

『毒消し』の値段を下げてもらえないか。

ルメイ商会で売っている『毒消し』の値段は相場の20倍なのだ。

対応したのは商会の会長と迷宮都市の店長2名だ。

ところがヒゲを生やした店長はまったく申し入れを受け入れなかった。


「何が、

 「冒険者さんのために『毒消し』を必死で手に入れてるんです」

 「その分手間もかかりますし、お値段は上げざるをえません」

 ですって~。

 分かってるわ。

 他の商店に残ってた『毒消し』の在庫を全部買い占めて、独占してから値段を釣り上げたくせに」

「そんな事してたんですか。

 あのヒゲ店長、最悪です。

 「『毒消し』の材料が手に入らないとどうしようも無いですな」

 なんて、まるで冒険者と組合がサボってるのが悪いみたいな言い方して~」


「あのヒゲ店長は最悪として、

 『毒消し』の材料が手に入らないのは本当なのよね。

 そこは本当に痛いわ」

「キキョウ主任…」


『毒消し』の材料と言えば『カエルの死体』だ。

アヤメは最近『カエルの死体』を見た気がするのだ。


「キキョウ主任。

 ショウマです。

 彼が『カエルの死体』持ってます。

 この間見ました!」

「なんですって。

 彼はなんで持ってるの?

 いや何故かはこの際置いといて、

 組合に渡す気は有るのかしら?」


癪な事にルメイ商会は冒険者組合より高い値段で『カエルの死体』を買い取っている。

功績より目の前の金が欲しいと言う冒険者はそちらに売ってしまうのだ。


「あ、でもそういや、

 クラス:ドッグにしてくれるなら渡すような事を言ってたかな」

「クラス:ドッグ?

 冒険者になってまだ4日なのに…

 そうか。地下迷宮で活動しやすいようにクラスを上げる、

 そのために組合が欲しがってるモノを用意してきたのね。

 さすがはスゴ腕の密偵。

 まさに腕利きだわ」


「いつの間にか腕利きの密偵になってる…」


もう冒険者組合の前まで帰って来ている二人だ。

冒険者組合の入り口に何やら騒がしい人たちがいる。



「みみっくちゃん、読み書き出来るよね。

 そうしたら僕はクラスアップの手続きするから加入手続きしておいて」


「はい、ご主人様。読み書きくらいできますとも。現在の文字だって『失われた技術』時代の文字だって神代文字だってエルフ文字だっていけますよ。

 あれ、でもよく考えたらみみっくちゃん字は読めますけど、書いたことないですね。箱だったんだから当然です。

 みみっくちゃんぴーんち。でも字は分かるんだから書くくらいなんとかなりますよね…」


「キキョウさん、あれ」


「…さすがね。私たちの行動までお見通しなのね。

 タイミングを合わせてやってくるなんて」

「いや、それは無いと思いますが…」





「くしゃん」

その頃、ヒゲ親父ことルメイ商会の店長はくしゃみをしていた。


「うーむ。

 さっきの冒険者組合の女どもが何か言ってやがるな」

「店長、体調でも悪いのかね。

 どうする?冒険者組合にあそこまで言われたんだ。少し値段を下げるのか」


店長に話しかけているのは商会の会長である。

ルメイ商会は迷宮都市だけではない各地に店を持つ大規模商会なのだ。

会長はその全ての代表だ。

しかし各店の裁量は店長に任されている。

会長はよほどの事が無い限り店の経営には口を差し挟まない。


「いえいえ。ウチの店も仕入れに手間もお金もかけております」

「フム」


「ウチに文句を言ってくるとは見当違いも甚だしいというモノです。

 他の商店では『毒消し』を手に入れられておりません。

 ウチだけが用意できているのです。

 努力の結果なのです。

 多少の利益を上げるのは当然でございます。

 組合が文句を言うのなら必要な物を用意できない他の商店に言うべきでしょう」


「まあ、業績は上がっている。

 しかし組合に多少の文句を言われるくらいならいいが、顧客である冒険者にまで嫌われないようにしたまえ」


他の商店に『毒消し』や材料が売っていたら店長が自分の部下を使って買い占めているのだ。

他の商店に売ってないのは当然だ。

しかし店長はそんなことはおくびにも出さない。


「会長のおかげで帝国からさらに『毒消し』が届く予定でございます」

「ああ。ルメイ商会は帝国に顔が利く。

 他の商店より有利に仕入れられる筈だ。

 入荷したら値段を下げてやれよ」


「はい。勿論でございます」


店長はそう答えながら心の中では考えていた。


誰が値下げなどするものか

帝国の役人にワイロを掴ませ他の商人には帝国から持ち出せないようにしたのだ

払った金は大きかったが、しかしこれでしばらくは独占商売だ

価格はウチの自由だ


そして帳簿上は値段を下げたことにすれば、差額は全て店長個人のモノだ。

笑いの止まらないヒゲ店長である。





アヤメは新人冒険者のショウマを別室へ案内した。


「どうぞ、こちらへ。

 主任からお話があるとの事です」

「なにこれ、特別扱い。

 未成年監禁?」


ショウマは冒険者組合に顔を出した途端別室に閉じ込められた。

みみっくちゃんは受付の方で加入手続きをしてるハズだ。

大丈夫だろうか。

なんだか居心地が悪い。

隠し事や知られるとマズイ事の多いショウマだ。


「ショウマさまっ。

 ショウマさまは悪くないですっ。

 ケロ子、昨日この手甲拾ってネコババしました。

 それで閉じ込められてるのかもですっ」


「いや、そんな事は無いよ。

 倒したガイコツが持ってた防具だよね。

 ドロップ品でしょ」


と言いつつ迷宮の決まりに詳しくないショウマだ。

どういうルールになってるか良くわからない。


「お待たせしました」


女性が二人入ってくる。

一人はすでに知ってる、アヤメだ。

もう一人年上の女性も一緒だ。


「うわ、美人。

 女教師タイプ?

 何これ、女教師密室指導?」


「ショウマ君とケロコさんですね?

 私、冒険者組合で主任を務めているキキョウと言います」


「は はいっ。

 ワタシ、ケロ子ですっ

 ショウマさまのジュ…

 ショウマさまのシモベです?」


合ってるかな~という風にケロ子がショウマの方を見てくる。 

従魔と言いかけて何とか堪えたらしい。

「従魔ってコトは内緒、聞かれたら亜人の混血って答えて」と伝えておいて良かった。


「ショウマです」


ショウマはうつむいている。

初対面の相手でしかも美女だ。

ショウマにうつむくなという方が無理なのだ。


「先日はウチの者が失礼しましたのでそのお詫びと思いまして」


アヤメがお茶を配る。


「いい香りですっ」

「紅茶、有ったんだ。

 やったね。

 水筒で水だけ飲んでた日々よグッバイ」


やはり怪しい。

キキョウは疑いを深める。

ショウマという男、下を見てキキョウに表情を読ませないようにしている。

ケロコという子の方もウソをついてる。


「ショウマ、この前『カエルの死体』持っていたよね。

 あれ、頂戴。

 キキョウ主任がそしたら、クラス:ドッグにしてもいいって」


アヤメはズバッと切り出した。

ルメイ商会のヒゲ店長に腹を立てた気分のままなのだ。

いちいち敬語使ってられない。

いいのかな

いいや

相手は新入りの冒険者だ。

成人したばかりの16歳。

年下だしいつまでも敬語を使う必要は無い。

ちなみにアヤメは18歳、受付の職について2年目だ。

アヤメはいつも荒くれの冒険者の相手をしている。

冒険者相手に丁寧に話してたらまどろっこしいと怒られる職場なのだ。


「えーと『カエルの死体』ね。

 有るよ」


ショウマはちょっと動揺している。

女の子に名前を呼び捨てにされた事の無いショウマだ。


「ちょっと待って、ツレが持ってる」



「へへへ、ご主人様やりましたよ。みみっくちゃん一人でミッションやりとげました。冒険者組合加入です。褒めてくれていいですよ…」

その胸元には冒険者証が揺れている。

『冒険者証

   階級:ラビット

   名前:みみっくちゃん

   発行:冒険者組合』


「みみっくちゃん。

 担ぎ袋に入れてた『カエルの死体』を出したいんだけど」

んがっと口から荷物を取り出すみみっくちゃんをショウマとケロ子で他人の視線から遮る。

背中の木箱から荷物を取り出してるフリをするショウマである。


「はい『カエルの死体』」

「本当、5体も。

 1体で10本は『毒消し』が出来る筈。

 50本じゃまだ全然足りないけど、

 急場は大分助かるわ」


「ルメイ商会に一泡吹かせられますか?

 あのヒゲ店長が慌てて値下げするような」

「アヤメ、急場はしのげるけど『毒消し』の相場を下げるにはまだ足りないわ」


「これで3人クラス:ドッグになれる?」

「何言ってんの。

 ショウマだけよ」


「えー、なんで?

 ケチ臭くない。

 『カエルの死体』がスゴク必要なんでしょ。

 重要な案件て言ってたじゃん」

「無理言ってんじゃなーい。

 ケロコさんはともかくそっちの娘は今日加入したばかりでしょ」


「ショウマさん」


アヤメが無茶をいってくるショウマに対応しているとキキョウ主任が口をはさむ。


「ショウマさんはこれを何処で手に入れたのですか?」

「何処って、迷宮の湖が有る場所だよ」


「なら又『カエルの死体』を取って来れますか?。

 今日のところはショウマさんのみクラス:ドッグにアップ。

 あとのお二人は『毒消し』か毒消しの材料になる物を持ってきていただいたらという事にしましょう」


あれれ。

アヤメがあれれと思う間にキキョウ主任がまとめてしまった。



【次回予告】

警戒を忘れた。冒険者失格だ。

後ろからだ。後ろから魔術師が狙われた。

巨大なクチバシが上から降ってきた。

魔術師もベテランだ。急所は避けた。

避けたと思う。けど倒れたまま起き上がらない。

「毎週100万円 なにそれ

 ボロ儲け? 夢の年収一千万?」

次回、ショウマは黄金の夢をみる。 

(ボイスイメージ:銀河万丈(神)でお読みください)


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