99. 二度目のプロポーズ
「ユアン──」
思わず声が震えた。
「先に帰ったんじゃなかったの?」
「ごめん、ちょっとまだ時間大丈夫」
ユアンの緊張した声を聞いて、メアリーは小さく頷いだ。
☆──☆
学園から少し下った街が一望できる広場にユアンはメアリーを連れ出した。
「…………」
「…………」
しばらく無言で眼下に広がる街とその先にどこまでも続く海を見詰める。
そういえば告白の場所もこんな風に海が見える場所だったと、ユアンはそんなことを思い出す。
「……メアリー」
メアリーの頬に手を添え、真っ直ぐにその若草色の綺麗な瞳を見据える。
「メアリー、知っての通り僕は君が好きだ」
──何度生まれ変わろうときっとこの気持ちは変わらない。
「君の笑顔も、君の料理も。実は負けず嫌いで、頑張り屋なところも、全部」
──君ともう一度こうして愛し合うためだけに、いままで生きてきた。
「僕のこの気持ちは、この先何が起こっても変わることはない」
──何度生まれ変わっても、僕は君を愛さずにはいられないだろう。でも
ギュッと目をつぶると覚悟を決める。
「ただ、僕たちには子供ができないかもしれない……そのせいで、この先君に辛い思いをさせてしまうかもしれない、それでも僕は君を諦めたくない、ずっと一緒にいたい。こんな我儘な僕を君は受け入れてくれるだろうか」
絞り出すようにユアンは告白した。
☆──☆
メアリーはユアンの愛の言葉を語りながら何か思い詰めた苦しげな雰囲気に自分は振られるんじゃないという考えが一瞬頭をよぎった。
好きだという言いながら、紺色の眼差しが不安で揺らいでいるのがわかった。
(両親の賛成を得られなかったのだろうか?)
心がズキリといたんだ。しかしユアンの口から出たのは、メアリーが考えていたこととは全然違う言葉だった。
(子供ができない──?)
確かにそれは凄く悲しい告白ではあった。
(ユアンは子供の頃高熱を出して倒れたことがあるときいたことがあった。もしかしたらその時の熱が原因で子供ができないと医者からいわれたのかもしれない)
ショックを受けなかったと言えば嘘になる、しかしそれ以上にユアンが婚約を躊躇った理由が、そのことを伝えることによって、自分に嫌われると思ったんだと思うと、メアリーは何とも愛おしい気持ちになった。
真っすぐすぎるユアンが眩しくさえ思える。
高貴な令嬢でもなく、特に目を引く美しさがあるわけでもない自分を、真っ先に見つけて駆け寄って来てくれたのはいつもユアンだった。
家族でさえ、せっかく持って生まれた魔力を使って、学園に残るなり裕福な家に嫁ぐことを願ったのに、町で自分の料理の腕を試してみたいというメアリーの我儘な夢を、呆れもせず応援してくれその背中を押してくれたのもユアンだった。
(子供のことだって、黙って結婚することだってできたのに)
でもそうして子供ができなかった時、周りからメアリーがどんな目で見られるか、また自分のせいなんじゃないかとメアリーが責任を感じてしまうことをきっと彼は危惧したのだろう。
ユアンはいつも周りの心配ばかりしてしている、そのせいで自分が貧乏くじを引くことになってもかまわないというように。
「私ユアンが好き。大好き。だからもしこの先ずっと二人だけでも、きっと私は大丈夫。あなたがいてくれるだけでいい」
メアリーは自分よりずっと大きくたくましい体をしているのに、罪を告白し怒られる前の怯える子供のようなユアンの姿に目を細める。そしてその不安を取り除くようにギュッと抱きしめた。
「メアリー……」
「ユアンは?」
「僕も、メアリーが一緒にいてくれればそれだけでいい、メアリーが好きだ」
ユアンもそういうとギュッとメアリーを抱き返した。
「メアリー、僕と結婚してくれませんか?」
「はい。喜んで」
☆──☆
一度目の人生は、結婚に何のためらいもなかった。ただお互い好きならそれだけで十分だった。しかし今回、ユアンはこの先彼女の身に起こる不幸を知っている。
いままでのように、自分の努力でどうにかできる問題なら、ユアンは全力で回避するために力を注いだし、彼女を守るために自分の身がどうなろうとためらわなかっただろう。
しかし子供のことばかりは努力でどうにかなる問題ではなかった。
前の人生でも調べたが流産してしまう原因は結局わからなかった。どちらの原因かも。
それでもメアリーと一緒になりたい、一緒になれないのなら、二度目の人生なんていらない。自分の我儘を突き通すのだから、せめて原因はユアンにあると思わせたかった、もしまた同じことが起きても、少しでもメアリーの心が傷つかないように、一人で重荷を背負ってしまうようなことがないように。
それでもショックを受けたに違いない。いくらやさしいメアリーでも、ためらわずにはいられない内容だろう。
しかしメアリーの反応はユアンが予想していたものとは全く違っていた。
メアリーは一瞬驚いたような顔はしたが、その後すぐに優しく微笑むと、まるで聖母の様に優しくユアンを包み込んでくれた。
「幸せにする。寂しい思いなんて絶対にさせない。最後の瞬間まで僕は君を守ると誓うよ」
ユアンは心からそう誓った。
☆──☆
「ごめん、メアリーまだ婚約指輪は用意していないんだ」
二人の気持ちが通じ合い。笑顔で見詰めあっている時に、ユアンは気が焦るあまり、指輪を用意することなく先にプロポーズしてしまったことに気がついた。
「今から街に買いに行こう」
「今から?」
でももう日はだいぶ傾いている。
「指輪なんていつでもいいですよ」
「でもまた──」
慌ててユアンが自分の口を押える。
「でもまた?」
いぶかるようにメアリーがユアンを見上げた。
「さてはユアン、私が告白されるの見てたのね」
ユアンが少し気まずそうに小さく頷いた。さすがに会話まで聞いていたとは言わなかったが。
「だからこんなに慌ててプロポーズしてくれたんですね」
頬を膨らまして怒ったかと思ったら、プッとメアリーが噴き出した。
「だって。メアリーと僕は付き合ってるのに、それでもいいよる男がいるなんて」
「私の心が揺れると心配した?」
慌ててユアンが首を振る。
「そんなことはないと信じてるけど……」
本当はメアリーの価値が”聖女”といわれてる今しかない。かのよう口ぶりの男たちに、これ以上関わらせたくなかった。
指輪をつけて婚約者がいるとはっきりわからせれば、変な虫も寄ってこないだろう。
「なら明日学園をさぼって買いに行きましょ」
メアリーが笑いながら言った。
「さぼって……」
真面目なメアリーから、さぼるなんて言葉が飛び出したことに少し驚くユアン。
「そうだね。ついでに両親にも報告しに行こう」
しかしすぐに微笑みを返すと、楽し気にそう言い返した。
「えっ。明日!」
今度はメアリーが驚いた声をあげたて、そして頬を染めながら微笑みながら頷いた。
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